映画の撮影?
《キャリバータウン》は元々、【キャリバーNX09】のガントリー付き格納庫に掘っ立て小屋やプレハブを持ち寄ってつくられた一大集落だ。
電力等は巨大ロボの特大ジェネレーターを各家庭に配分することで賄っている。
他の物資は行商として旅団を形成しているNPCが他の拠点から持ち寄ることもある。
しかしながら、もっとも集落に影響を与えるのが”RESULTER使い”であるプレイヤーやその他NPCがクエストカウンターから受けた依頼を果たしてくれることである。
特定物資の納品、ロケーションに巣食うクリーチャーの討伐、NPCの救助などなど。
様々なクエストのクリア状況によって《キャリバータウン》等の拠点は利便性を増していく。
サーバー選びが重要なのは、こういった拠点のクエスト達成度合いがプレイヤー間で共有されるためだ。
達成度が低ければ低いほど街はプレイヤーに対して冷たくなる。
さっきのプレイヤー二人組が言っていた『NPCがキャトルミューティレーションされる事態』もとあるクエストがクリアされていなかったために引きおこるものだ。
大抵はショップ店員のNPCが一定期間消失して、物の売り買いができなくなる。
……つまり、このサーバーはハズレの可能性が高い。
いや、はじまりの拠点が蔑ろにされるのはプレイヤーがより高いレベルの拠点を利用しているから、というのも考えられたが……。
鉄板が金網で固定された街道を進み、タイヤや金網フェンス、鉄鎖で固定された造りの粗いゲートにたどり着く。
さっきの女の子の悲鳴。突発のイベントクエストが発生したのかと思ったけど、どうやら違うらしい。
〈クリーナー14〉とプレイヤーネームが頭部上付近に表示されたプレイヤーが、さっきの二人組の片割れに泣きついている。
彼女もまた【バニラ】シリーズのRESULTER装着者だったが、カスタムパーツらしきものは何もつけていない。
おそらくは僕と同じでゲーム始めたてのプレイヤーだ。
彼女はヘッドアーマーも外さずに男へと詰め寄っている。
表情が見えなくとも悲痛な声音で感情は伝わってくる。もしかしたら泣いているのかもしれない。嗚咽混じりに鼻をすする音も聞こえた。
思わず本気になりそうなくらいの演技だ。
「くそっ。即応課程の連中、やっぱ駄目だったか。
回復アイテムもなしに行かせたから……!!」
片割れが片割れの腹部を叩く。
一瞬、一方の男が睨んだがもう一方もにらみ返す。
「やめろ、グラッド。豚鼻が来る……。滅多なことは言うな」
「だがっ!」
泣きじゃくる女の子に対し、グラッドと呼ばれた男は何も声をかけようとはしない。
徐々に女の子の語気とグラッドの胸を叩く勢いが増す。
「わたしのせいなんです!
わたしが臆病で、敵を撃ってしまったから……代わりにヴィスカとフェルトが身代わりになったんです!!
お願いします。二人がキャラロストしても、もう一度だけチャンスを――」
「わりぃが無理なんだよ。 そういう決まりなんだ。
……運が悪かった。クリーナーの嬢ちゃん、キミは生き残れたんだ。彼女たちの分まで――」
少女を諌めようとした男をどけて、グラッドは女の子の肩を一度二度叩く。
「――わかった。 訓練は《星間観測所》で行なっていたな?
そこで間違いはないか?」
「っ、はい!! 案内しますから、私と一緒に……」
……はっ、何魅入っているんだ僕は。
もしかしたらゲーム内で映画撮影でもしているのだろうか。
案外クラッシュポイントサーバーは、撮影用に貸し出しているところなのかもしれない。
だとしたらそのうち運営側から問い合わせがくるかな。
カメラの位置を探しながら、些か悪いとは思いつつもゲートへ近づく。
「ぐへっぇっ!?」
その瞬間、背中に衝撃が走った。
身体が前のめりに倒れこみ、ヘッドスライディングさながらの勢いでグラッドや女の子の足元まで滑る。
「小さいからって蹴とばしていい思う……なよ?」
伸びる巨影に怒気が収まる。
目の前で仁王立ちしたRESULTER使いは、足元の僕――ではなくてグラッドたちをヘッドアーマーから覗く鋭い眼差しで睥睨していた。
〈コロッサス6〉と称するプレイヤーの体格は2mを優に超えている。
装着しているRESULTERは【ベオウルフ・レイス】、シュナイダー専用のレアアーマードスーツであり、接敵した敵へ装甲から突出させた棘を撃ち込んでダメージ量を増やすユニーク効果がある。
少しでもダメージディーラーとして貢献したい盾役が持つ、献身的なRESULTERなのだが、アバターの体型になって初めて気づく。
このアーマーのおどろおどろしさに。
ヘッドアーマーには猪のような逆巻いた牙が伸びているし肩部は伸びた棘のせいで魔王じみた様相を醸し出している。
ひぇ……。
「ゼルシウス、軍曹殿……。」
グラッドが少女の肩においた手をしまう。
困惑気味に小首を動かした少女だったが、今度はゼルシウスへと向き直り膝をつく。
土下座、いや祈るような形で彼女は指を組んだ。
「ゼルシウス様! どうか、わたしと同じ部隊に所属する〈クリーナー13〉と〈クリーナー4〉へもう一度チャンスをください。」
「……」
ゼルシウスと呼ばれたヒューマの男は、依然として沈黙を貫いている。
しかし視線は少女へ注がれているのがわかった。そして彼女が祈りをやめて顔をあげたとき、その剛腕が彼女の首を掴み上げていた。
短い嗚咽が少女の喉から漏れる。
「ワタシの命令だ。
ワタシがクリーナー隊を物資なしで送った。
そしてその場で【アルターブラッド:リッター】を討伐するまで帰るなと命令した。
”おかげで貴女のような優秀な人材が生き残った”。」
「…………あ、ぁ」
「言ってみろ。 わたしはあの二人よりも優秀です、と。」
彼女の身体が宙に浮かぶ。
マナー違反の真っ赤な警告表示がゼルシウスの付近へ浮遊するが、彼は特にやめようとはしない。
「それとも三人とも無能だったと月面露出の地に屍を晒すか?
その場合は貴様ら揃って前線で異形のバケモノに喰われて終いだ。」
「……。」
メニュー画面を開く。
すぐさま問い合わせフォームを開き、今まさにプレイヤーへと迷惑行為を働く〈ゼルシウス〉のスクショを貼り付ける。
送信ボタンを押そうとして、迷う。
映画の撮影、あるいは配信者のPV撮影とか……。
だってあまりにもプレイヤーがこの雰囲気を受け入れている。
普通に考えてあのゼルシウスとかいう奴の言動はロールの激しい迷惑プレイヤーそのものだ。
でも、僕以外に不審がっているヤツがいない。
プレイヤーネームの表示されている付近の人たちは皆、〈ゼルシウス〉の一挙手一投足を緊張の面持ちで眺めているだけだ。
「わ、わたしはあの二人よりも、優秀です。 だから、生き残りました」
ゼルシウスに掴まれていた少女の首が自由になる。
粗末な甲冑のぶつかる音が空しく響いて少女は小さく泣いているようだった。
「よし、優秀な〈クリーナー14〉よ。 後でワタシの部屋へ来るように。
……貴女をより優秀な兵士にしてあげよう……」
下品な笑い声が響く。
もぉーっ付き合い切れない!
映画の撮影でも胸糞展開は御免被る。
赤子みたいに這い這いしながらプレイヤーの足元を縫うように移動して僕はようやく《キャリバータウン》の外へ出ることに成功した。




