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ツン騎士シリーズ

侯爵家令息の悔恨

作者: たかやす

 はあ、なぜこうなってしまったのか。何がいけなかったのだろうか。


 バーバラとは幼い頃から五大侯爵家の一員として大人達が集まるときには、顔を合わせて年頃の子供達で遊ぶことが多かった。その中で歳の近い者や力関係で婚約者が決まることが多い。私もバーバラとそうやって婚約が決まった。私たちは年も近くよく遊ぶことも多かった。よく二人で庭で遊んだり、お茶をしたり悪戯をしたりして楽しかったな。あの頃が一番楽しかった。他にも同じ年の子供たちがいたが、一番仲の良かったのは私達だった。バーバラのご両親と私の両親が私達の婚約を決めたのは間も無くだった。あの時は嬉しいとも嫌だとも思わず、なるべくしてなったとしか思わなかった。バーバラは顔を赤くして、よろしくお願いします、といっていた。だからよろしく、と答えたらとても嬉しそうだった。でも私は、彼女と結婚し、子を成し侯爵家を継ぎ、次代へと受け継いでゆくのだとしか思わなかった。好き、嫌い、愛しているなんて考えられなかった。ただ、握られたその小さな手を守り、幸せになってほしいとしか思わなかったんだ。


 婚約が決まってから、バーバラは婚約者としてよく尽くしてくれていた。教養、立ち振る舞い、礼儀、表情や口調に至るまで私に相応しくあろうとしていた。私の家族からもとても良い印象で、気難しい父や母までもバーバラを暖かく迎えていたと思う。私もそんなバーバラに相応しくあろうと勉強や剣の腕前、魔法の習得に力を入れていた。バーバラを守り、幸せにしようと思っていたんだ。バーバラはそんな私の様子に何も言わずにただ黙って側にいてくれた。その当時はそのことがどんなに心強く感じていたのか、当時の私にはさっぱりわからなくて……。彼女が側からいなくなってからようやくそのことに気づいたんだ。


 事が始まった切っ掛けは、私たちが国立の魔法学園への入学が決まったことだった。私たちは将来の領地運営に必要なものを学ぶために、家庭教師ではなく、そこへの入学を話し合って決めたんだ。魔法学園は貴族階級が入学する学園であった。庶民もはいれるが何か卓越した能力、魔力、お金、権力……そういったものがなければ入ることが難しいところだった。今までは五大侯爵家の中だけの付き合いだったが、ほかの貴族達や庶民とも接する機会が多くなった。それはとても新鮮で心が躍る感覚だった。バーバラはそんな私に浮かれている、自覚を持てと苦言を呈して来た。最初はそれもそうだ、と気をつけるようにしていたんだ。自分の行いがどうだったのか振り返ったり、派閥間のことを考えながら仲間達に声をかけたり、情報を聞いたり……。小さな貴族世界でちょっと息が詰まりそうになっていたんだと思う。バーバラともクラスが違い、会うことも以前よりも少なくなっていた。それももしかしたら関係していたかもしれない。

 

 私のクラスには庶民からの入学生がいた。とても可愛らしい女性で、とても新鮮な気持ちになったのを覚えている。黒い長い髪と黒い瞳の背の少し低い小柄な可愛らしい女性で、一目で引きつけられてしまった。彼女のその自由な思想と行動に魅せられてしまったのかもしれない。彼女の言動、行動全てが真実のように感じられたんだ。彼女は貴族社会は間違っている、みんなが自由で同じ収入、財産を得るべきだ、好きな人と結ばれるべきだ、家のことなんて関係ない、身分の上下のある社会をなんとかしたい、そんなことを言っていた。そして彼女は王家だろうが、公爵だろうが、それこそ私達五大侯爵家だろうが関係なく近づいていった。彼女を遠ざけ者達も多かったが、賛同する者も少なくなかった。

 バーバラには、彼女には必要以上に近づくな、と釘を刺されてしまっていたが、そんなことはどうでもいいように感じていた。バーバラが庶民である彼女と私が仲良くしているのが妬ましいのだろうと。なんて心の狭い婚約者なのだと、邪な思いなんて何もないのだと、何故バーバラはわかってくれないのだと、何故か湯水のように湧いてきて、バーバラを倦厭するようになってしまった。

 バーバラはしつこく彼女に近づくな、侯爵家としての自覚云々、親密そうな付き合い方は許されない、と色々言ってきた。時には彼女に直接いうこともあった。手をあげたり、悪口をいうことは私の見る限りはなかった。そう、なかった。バーバラはいつも正しいことを言っていた。彼女も彼女の正義の中では正しかったのかもしれないが、それはこの世界では到底受け入れられないことだった。今ではそう思う。


 私は彼女に夢中になっていた。彼女を手に入れるため、バーバラとの婚約を解消したいと両親に言ったが、到底聞き入れてはくれなかった。だから、バーバラと仕方なく婚約を続けていたが、私は彼女にその思いを告白し彼女と添い遂げたいと思うようになっていた。バーバラはそんな私のことを何となく気づいていたと思う。彼女と親密になり人目を憚らずに彼女と会うようにもなっていた。幸せだった。彼女とこのままずっと一緒にいられるのだと思った。バーバラのことは少し煩わしく思っていたが、もうどうしようもなかったから、そのままにしていた。彼女からの接触もその頃には殆どなくなっていたんだ。


 彼女が時々泣いていたり、怪我をしている様子があって話を聞くと、重い口を開いてバーバラがやったというんだ。静かにしていたと思いきやそんなことをして、とその当時は頭に血が上ってしまったんだ。しかもそれだけではなく、ずっと前から嫌がらせは続いていて、最近激しくなったと言われたんだ。怒りが止まらなくなってバーバラのところへ慌てて行ったんだ。話をするためではなく、彼女を虐めたことを詳かにし謝罪を要求しようと考えたんだ。うまくいけば婚約が破棄できるかもしれないなんて思ったんだ。

 バーバラのことなんか婚約者なのに何一つ考えず、その当時は会ったばかりの女性にうつつをぬかしていたんだ。彼女のために彼女の意に沿うように動いていたんだ。バーバラの姿を認めた途端に、皆がいるのも構わず大声で断罪したんだ。バーバラは最初はぽかんという顔をしていたよ。それが何を言われているのか飲み込み始めて、弁解を始めたんだ、何も知らないと、何もやっていないと。それは私には言い訳にしか聞こえなかったんだ。だから勢い余って言ってしまったんだ。婚約破棄だ、と。バーバラは表情を無くしてしまって、今にも倒れそうになっていたけど、そんなことは関係なかった。彼女に仇なす者は私が迎え撃つという気持ちだったんだ。バーバラは気丈にも倒れず、理由も聞かず、ただわかりました、と言ってその場を逃げるように離れていったんだ。私は彼女のために正義を行使できたんだと思った。実際に、彼女や彼女の取り巻きからは称賛を得られたし、バーバラと婚約破棄もできた。全ては上手くいっていると思っていたんだ。


 それから数日後、両親から至急の呼び出しがあってタウンハウスへ戻ると、すぐに部屋に軟禁されてしまった。理由も何も言われず。父には失望したと。母はただ泣くばかり。部屋の外には護衛という名の見張り番が不寝番までもがついており、厳しい監視の日々が始まってしまった。両親経由で学園もいつの間にか退校していたようだった。彼女達と正義を成したと思っていたら、いきなりの軟禁で何が起こっているのかもわからなかった。1ヶ月ばかり過ぎてからようやく軟禁が解け、部屋の外に出ることができた。まず、理由もわからないまま軟禁された理由を父に聞きにいった。するとまず、激しく叱責された。婚約を解消したことを。婚約を解消したことはいいが、相談もなく勝手にしたことを叱責されてしまった。その後に続く話にはただただ顔色を失うばかりで、自分が何故それを嬉々として成したのかわからなくなってしまっていた。


 父の話によると、彼女の父親が懇意にしている貴族から彼女の学園の入学の推薦状を貰ったと。そして彼女を入学させるために、五大侯爵家以上の子息のお気に入りになれと。そして推薦状を手に入れた貴族との橋渡しをしろ、と。その先のことは何も言われなかったが、領地の一部没収と役職の降格、謹慎が申し付けられたと。子どものやったことに対しての罰にしてはあまりにも重いものなので、そこには法に触れてしまうこともあったのではないかと予想される。

 この件に関しては、関係者は皆放校処分や退校扱いとなっていた。関わった者達が、どんな処分が下されたのかは知る術がなく、私は今では弟に爵位を譲り、父の手元にあった小さな男爵領を継いでいる。

 バーバラには悪いことをしたと思い、あの後謝罪の手紙を書いてはいるが、返事は返ってきていない。バーバラの手元に届く前に兄弟、姉妹達によって葬られていたり、読んでも返事は貰えないだろうとは思っていた。バーバラは私との婚約解消の後には、皇太子殿下とも婚約して円満解消したり、その後も誰かと婚約したとかしないとか聞くが一体どうなったのか。まあ、もう私には関係のないことなんだ。


 時々どうしてこうなってしまったのか、とも考えないこともないがなるべくしてなったのだと考えるようにしているんだ。そうでもしないと、わかるだろう?どうしようもなく考え込んでしまうんだ。

 

 そうそう、偶々だが、ある社交界に参加したときにバーバラの姿を少し見かけたが、とても綺麗になっていたのを見たんだ。声をかけたくなってしまったんだけど、彼女がどこかの騎士と楽しそうに話をしていたから。彼女はもう私とは違う道を歩き始めたんだ、そう思ったよ。そう思えるようになったのかな?

 私は自分自身の手で彼女を手放してしまったが、できることなら幸せになってほしいと。ずっとそう願っていたんだ。そう、ずっとそう思っていて、小さい頃から自分の手で幸せにすると思っていたのに。何故か学園に入ってからはそんな気持ちがなくなってしまっていたんだ……。今思えば、不思議だったな。バーバラを守り幸せにするために日々研鑽を重ねていたというのに……。学園のことを思い出そうとしても、もやがかかったかのように思い出すのが難しくなってきているんだ。歳のせいかな、と執事にいうとまだまだ若いのに、と溜息をつかれてしまうんだ。困ったな。



***



「うちの旦那様がまた、歳のせいかな、なんておっしゃるんです」

「まあ!まだまだお若いのに」

「そうでございます。まだ20代というのに、台詞は私のような枯れたものばかり。困ったものです」

「バーバラ様とのご婚約を解消されてから、すっかり塞ぎ込まれて……。お労しい」

「どこかで素敵な出会いがあればまた違うものでしょうが……」

「旦那様にはそんな気はございませんしねえ」

「それもこれも、あの学園にお行きになり怪しげな魔法にかかられてしまったから……」

「まあ、まあ、泣かないで。旦那様にわからないように魅了と混乱の魔法をかけられたのでしょう?仕方のないことですわ」

「そのせいで坊ちゃ……、いえ、旦那様は後継を弟様に譲られ……うっ……っ」

「もう過ぎたことじゃないか!旦那様はくよくよしてないよ。しっかりおしよ」

「……そうですね。旦那様はなにかと抜けておられるので、ここでゆっくり過ごされることが良いのかもしれませんね」

「何気に旦那様を貶してないかい?」 

「私が旦那様を貶すなんて……。はっまたあの雌猫……旦那様を狙って……」

「……旦那様の出会いがないのは、全てあんたが潰しているからじゃあないのかい?」

「私は旦那様に相応しい方を査定しているのですよ!!というわけであの雌猫め!また懲りもせず旦那様に近づくとは……!」

「ほらほら、隣の領地のお嬢さんじゃないか。お茶とお菓子も持っていかないとね。ほら準備するよ」

「ああ!離してください!私には猫退治という大事な仕事がーーーっ!!」

「死にゃあしないから、こっちで一緒に仕事するよ!」

「ああ!旦那様ーーーーっ!!!!」



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