第4話 学園生活その2
朝来学園のカリキュラムは、勉強というよりも基礎体力作りや戦い方に比重が置かれている。
通常兵器では倒せないわけではないが、撃破には相当な火力を必要とするアウトサイダーズが跋扈するような世界にさせない事が朝来学園の理念である。そのためにも、異世界の門が出現するようになったのと時を同じくして人類が扱えるようになったヒロイックウェポンの使い手をエリートへと育てる事が学園のもう一つの理念であり、急務であった。
その一環として練習試合が体育の授業として取り入れられている。
今日は校庭の一角で模擬戦が繰り広げられていた。
「くあっ!?」
レイシアに一撃を加える事もできずに、開始して一分も経たないうちに宇喜田は尻餅をついていた。
どこでどうやられたのかが思い出そうとしても思い出せない。
ようは実力差が歴然としていて、他の同級生もだが、宇喜田も全く歯が立たないのだ。
『君が一番反応が速いんだよね。今のところ、僕を超えられそうなのは君くらいじゃないかな?』
そうレイシアに評されていたとしても、この体たらくだ。
「今の敵ばかり見ていて、敵の動きを予想していないんじゃないかな? それが君の悪いところだよ」
レイシアは尻尾を左右に嬉しそうに振りながら、倒れている宇喜田を見下ろしていた。
「動きなんて早々読めるもんじゃないだろ」
「それは違うかな? 初見の相手では無理だけど、見慣れた相手なら動きに癖があるはずだから分かるはずだよ」
「……癖、か」
レイシアには癖があるのかとこれまでのレイシアの動きを回想してみたが、癖らしきものが宇喜田にはわからなかった。
「……ッ」
不意にレイシアの尻尾が動きが止まり、白銀の耳がピンと立ち、些細な音さえ聞き逃すまいとするかのようだ。
目つきが鋭くなり、何かの気配を探るように視線があらゆる場所へと向けられる。
「……時間軸が割れる音がする」
レイシアは彼女の耳にしか捉える事のできない音がした方へと身体を向けたようであった。
宇喜田も何か見たり聞こえたりはしないかとレイシアの横に立ち、彼女が捉えているものを確認しようかと思ったのだが、何も見ることができない上に、何も聞き取る事はできなかった。
「……来る。気を緩めないで」
レイシアのその言葉と共に、校庭の一角がまるでガラスであるかのようにパリンと割れて崩れ落ちた。
ぽっかりとどこまで深さがあるのか分からない穴が開いた。
その深淵は周囲の背景を侵食し、黒く染めていく。
黒が支配を拡大していくと、見慣れた異世界の門が黒から突如生み出されたように出現した。
宇喜田もレイシアも、そして、同級生達も模擬戦どころではなくなっていた。
学園の敷地内に異世界の門が現れる事など想定していなかったため、どう対処していいのか逡巡している者達が多く見受けられた。
宇喜田はレイシアから聞かされていたから心の準備ができていたので、それほど動揺はしていなかった。
「お前達は下がっていろ! これは授業ではない! 実戦なのだからな!」
教師の一人が大声でそう叫ぶと、緊張感が一気に高まった。
模擬戦だからとかったるいような雰囲気を出していた者でさえ真剣さを隠さなかった。
「距離を取れ! ヒロイックウェポンを構えろ! 逃げたい奴は逃げろ! そういった判断は実戦では大事だ! 覚えておけ!」
門が開き始めると、ぴりぴりとして、胃にずっしりと来るような空気が宇喜田たちを支配しはじめる。
半分ほど開いたところで門が止まったが、何者かが出てくる気配はなかった。
ずっと耳を立てているレイシアは何かを感じ取っているようで、額に汗をかき始めている。宇喜田はレイシアに倣って耳を澄ませると、何かを引きずるような音が門の向こうからしている気がした。
「ここまで歓迎されているとは痛み入る」
門から出てきたのは、黒のトンガリハットをかぶり、膝の辺りまであるぼろ布のような黒いコートをはおった長身の女であった。何かをひきずっているのか、足取りには重量感があり、前に歩を進めようとする度に女の身体が軋むような感じがした。
「……なんだ? 人?」
ヒロイックウェポンを構えている教師が面妖なものを見る目でそのトンガリハットの女を凝視していた。
「……臭い。この匂いは!」
レイシアが吐き捨てるように言ったのを聞き逃しはしなかった。
ちらりと横目で見ると、警戒態勢に入って^いるようで、尻尾の毛が逆立っているだけではなく、ツンと高く上げていた。
「……レイシア。あれは……」
宇喜田があの女を知っているのかと質問しようとした時にはもうそこにレイシアの姿はなかった。
どこに行ったと視線を様々な場所に向けてようやくレイシアを見つけたのだが、
「来い! ガリアント!」
ヒロイックウェポンを手にして、もうトンガリハットの女に飛びかかっているところであった。滞空している最中に円月輪を全力で投げつけているレイシアの姿があった。
「無粋な輩だ」
放たれた円月輪を引きずって運んでいた黒い箱状のものを振り回してはじき飛ばすと、トンガリハットはため息をついた。
目をこらしてみると、円月輪を防いだのは箱は鎖で繋がれた棺桶であった。
「私達を探している白銀の女がいると噂に聞いて、このローワイズが折角会いに来てやったというのにガリアントを献上する気もないのかね」
ローワイズは肩をすくめて見せた。
「アウトサイダーズは滅する!」
レイシアに続けとばかりに、二刀流の教師と巨大なハンマーを自在に操る教師がローワイズへと迫るも、鎖鎌か何かを操るかのようにたやすく棺桶を振るい、二人の教師を地面へと叩き落としていた。
「……強いな」
教師に続こうと思っていたのだが、宇喜田よりも先にレイシアが前に出ていた。
レイシアは円月輪を投げるのではなく短刀のように構えて、ローワイズへと突進していった。
棺桶の突進を紙一重でかわし、距離をつめていく。
左から来る棺桶を上体を反らして避け、右から迫ってくる棺桶を前進でやり過ごし、振り降ろされた棺桶を後ろに飛んで回避した。
そして、レイシアがローワイズを間合いにいれた時であった。
これで決まるのかと宇喜田は思ったのだが、そうはいかなかった。
「なっ?!」
棺桶のふたがこの時を待ち望んでいたかのように開き、周囲を黒い霧で染めていったのだ。レイシアの姿も、ローワイズの姿も霧の中へと消えていった。




