第28話 答えは決まっている。ALIVEだ
『ラストミッション その2』
トラックに特攻を受けたと言っても、感触としては複雑骨折だった。
異世界に行った時に同じような怪我をしたことがあったので、それとなく想像はできていた。
その時の怪我は敵にやられたのではなく、誤って崖から転落してしまった時の怪我だったが。
救急車で病院に運ばれ、精密検査を受ける前段階で、召喚獣アプリ『メソポタミア』を起動させた。
「こんばんは、本城庄一郎さん。今日はどうしましたか?」
今度は白い球体ではなく、ジオールが対応してくれた。マイクロビキニではなく、白スク水に戻っていてちょっと残念ではあった。
メンテナンスが終わっているみたいだし、チートが使えそうなのでホッとした。
「4000万ポイントで、全快の薬を交換してくれ」
この薬を使えば、重傷であってもたちどころに回復する魔法のような薬だ。
チートそのものの全快薬といったところだ。
ただし病気には効果はなく、怪我のみ効果がある。
「4000万ポイント? そうですね、リヒテンから4000万ポイント与えるよう言われているので、相殺しておきますね。実質、ポイント0で交換することになります」
ジオールはさも当然の対応と言いたげにそう話を進めようとする。
「リヒテン? 相殺? 何の話だ? なんか嫌な予感がするからそれなりに回復する薬でいいや。500万ポイントだっけか?」
またリヒテンという名前が出てきた。
これで二度目だ。最初は確か、クラディア十五世のはずだ。
そのリヒテンとやらが、俺にどう絡んでいるというのだろう。
「私やドンゴが向かっていたんですけどね」
それ以上は何も返答しませんよとばかりに、ジオールは営業スマイルを浮かべた。
* * *
500万ポイントの薬は全快に比べると効果が薄く、傷などが三分の二ほど回復する。
速効でその薬を使うと、複雑骨折が簡単な骨折になり、多少身体は楽にはなった。
そんな状態で精密検査を受けたのだが、あばら骨が骨折しているのが見つかった以外、これといった外傷などはないとの結果が出た。
そのためか、医者が首をしきりいかしげる中、その日のうちに帰宅できたのだ。
「……ふぅ」
家に帰ると、どっと疲れが出て、玄関で崩れるように倒れた
薬を使ったとはいえ、身体には疲労が蓄積されていたようで、玄関先から身体が思いのほか動かなくなっていた。
「にーに、大丈夫?」
ドアが開く音を聞いていたのか、リビングにいたサヌが出てきてくれて、ぐったりしている俺の頭を撫でてくれた。
「これくらい大丈夫だ」
そう強がってみたが、駄目だった。
目を閉じると、吸い込まれるようにそのまま玄関で寝てしまったのだから……。
「こんなところで寝ていて、バカじゃないの?」
まどろみの中、エーコのそんな声が聞こえて、毛布をかけてくれたような夢を見たような気がしないでもない。
他にも色々とあったような夢を見ていたが、目を覚ますと、もう夜が明けていた。
誰かが毛布をかけてくれていたとは言え、身体が冷えてしまっていた上に、骨折の影響もあるのか身体が軋んだ。
誰が置いていったのか分からないが、近くに飲み物まで置いてあったのでそれを飲み干すなり、身体を温める必要を感じてか、シャワーを浴びようかと風呂場へと向かう。
「……誰だ、電気を付けっぱなしにしているのは」
お風呂場は電気が点いたままだった。
「……待てよ。これは孔明の罠かもしれない」
誰か入っているかもしれないと思って脱衣所のかごを確認するも衣服は置かれていなかった。
誰も入っていないであろう事が確認できたので、俺は安心して素っ裸になり、お風呂場のドアを開ける。
「ん? リリに身体洗って欲しいんです?」
はい、入浴中でした。
脱衣所で着替えをしない奴がいるのは盲点だった。
次から全裸になる前にお風呂に誰かいないか確認をしよう。
俺は何かを隠す気力も起きなかったし、リリも隠したりせずに自然体だった。
「シャワーを浴びるだけだ。気にしないで、そのまま入浴していてくれ」
俺も雑になったな、と思わざるを得ない。
一緒に住んでからというもの、こういったイベントが目白押しになっていたせいか、どこか鈍感になってしまった。
フィクションの世界のハーレム系だとラッキースケベイベントが起こると、もっとドキドキしていたはずなんだが、これが俗に言う倦怠期という奴なんだろうか?
「リリ、頭洗ってあげるのです」
シャワーを浴び始めると、リリがそう言ってきたので、俺は素直に従うことにした。
交通事故の影響なのか、いつもと比べると身体がだるい。
頭を洗う事さえけだるく感じる。
いまさらながら、全快の薬を使うべきだったと後悔した。
「かゆいところはありませんか~?」
どこで覚えたんだ、そんな台詞。
サヌに髪をわさわさされる事は何度かあったが、リリに頭を洗ってもらうのはこれが初めてかもしれない。
とりあえず、好きなようにやらせたが、これが意外に気持ちがいい。
リリは頭を洗う才能があるのかもしれない。
「なあ、リリ。サリサって誰か分かるか?」
サヌの事が頭によぎった時、その名前も一緒に俺の頭の中を駆け抜けたのだ。
「同じ召喚士だった女の子ですよ。でも……」
一拍間があってから、リリは答えてくれた。
「だった?」
言葉の響きに不穏さが漂いだした。
「役に立たない奴は処分だってパ・オが言い出して、召喚獣を呼び出す事に失敗する事が多い子たちは、召喚獣の強さを試すためって言って射殺されちゃったんです。サリサもたしか……。でも、リリはドーラエ・ノン様を召還できたから殺されなかったけど、サリサは……」
「……すまない。辛い事を訊いちゃったみたいで」
「ううん、リリはもう大丈夫ですよ」
召喚獣に射殺させた……か。人を殺すのが趣味のような奴だったんだろうな、そんな命令に従うって事は。
そういえば……
エーコが銃を突きつけられて固まってしまったのは、そういった光景を見たトラウマだったのかな。
変なところに連れて行ってしまったな。
トラウマを呼び起こさせちゃうようなところに……。
「かゆいところはありませんか~?」
だから、それはどこで覚えたんだよ。
「ないから大丈夫だよ」
それにしても、パ・オって奴は死んで当然のような奴だったな。
それだけは再確認できた。
* * *
早朝から女の子に髪を洗ってもらえた事で案外元気が出てきた。
ちょっとしたきっかけで、気分って変わるものなんだな。
骨折したところはさすがに痛いけど、今日も学校に行かねば。
「あれ? 出かけるの?」
制服を着て、自分の部屋から出ると、湯上がりらしく白ふんどしを着てタオルを肩にかけているワサと遭遇した。
「そんな姿で家の中をうろうろするなよな。目のやり場が……」
「そう? 僕的には、マイクロビキニの方が駄目だったんだけど」
「……なぬ?」
「それに、君はオオカミっぽくないからいいかな、って思ってね」
そう言って、ワサは快活に笑った。
「褒められてるんだか、男として否定されているんだか分からないけど、恥じらいくらいはないと駄目だぞ」
「は~い」
俺はやんわりとワサに注意をして家を出た。
* * *
「……ああ、そういえば」
歩き出してから思い出したのだけど、あの四人の名前を考えておかないといけない。
名付け親に俺はなるんだ。絶対に! きっと!
でも、どんな名前が似合っているかな。
元の名前の一部は残しておかないと悪いよな。
リリ・ポーアはリリっていうのをそのまま使っても問題なさそうだ。
エーコ・ピアッサはそのまんま『えいこ』でもいいかもな。
サヌ・プロシェルとワサ・リアッツは難しいな。
どんな名前にするのがいいんだろう。
悩む。
とても悩む。
リリは、ポーアの『あ』を使って、秋月利里、とかでもいいかな。
どうして秋月なのかは、秋の月っぽい雰囲気があるし、そんな名前が似合っているように思えるし。
エーコ・ピアッサは、エーコはそのままとして、ピはさすがに対応する漢字がないから、アッサをちょっとアレンジした感じで、朝霧詠子なんてどうだろう?
サヌ・プロシェルは、サヌは……そうだな、さえ、っていうふうに変えてみるのもありかな。
漢字にすると彩恵とかその辺りで。
プロシェルは……プじゃなくて『フ』にして、最後のルとくっつけて、ふる……なんとか……古河?
そうだ、それでいい! 古河彩恵。これだな!
最後は、ワサ・リアッツ。ワサは入れ替えをして名字の一部にして、リアッツを縮めて『リツ』ってするのはどうかな?
さわ、が付く名前だと……沢渡とかどうだ? 沢渡律! これだ!
秋月利里、朝霧詠子、古河彩恵、沢渡律。
うん!
我ながら素晴らしい名前だ!
これなら納得してくれるに違いない!
「なんでお前が生きている!! 昨日願ったはずだぞ!」
朝から変な事を叫んでいる男がいるなと思ったが見もしなかった。
俺は今、あの四人の名前を決められた喜びに打ち震えているからだ。
「本城庄一郎が不幸になればいい! 不幸のどん底に落ちろ、本城庄一郎! 俺をこんな不幸にした報いを東海林志織共々受けろ!」
俺の名前が叫ばれているだと?!
誰だと思いつつ、大声を上げた男を凝視した。
「ッ!?」
目の下には隈がくっきりとでき、やつれた顔をした男がどこか見覚えのある干からびた手を持ち、俺の事を殺気だった目でねめ付けていた。
見覚えがあるが、誰だ、こいつは?
あああああっ!! 手にしているのは、猿の手か!
って事は……。
「ヤバイって!」
背後を振り返ると、居眠り運転をしているであろう男の車が俺の眼前にあった。
逃げたり、避けたりする間もなく、俺は……。
「Anotherなら死んでたな」
車にはね飛ばされて、地面に無様に転がった。
複雑骨折ってレベルじゃないな。
とっとと病院に行かないと死ぬぞ、これは……。
身体の中がぐちゃぐちゃになってそうだが、そうと決めつけるにはまだ早い。俺はまだ検査を受けてはいない。
「どうだ! これが俺をコケにした報いだ!」
やつれた男は高笑いをして、俺が倒れている辺りをぎょろつかせていた。
「よくやったのです」
声が天から降ってきた。
これがお迎えという奴かなどととりとめもなく考えて、声がした方へと視線を向けた。
「……なんで、お前がここに……いる……」
太陽の光を背に受けて、まるで後光が差すように宙を舞う一人の男。
いっときは忘れてはいたが、最近は何度か思い出さざるを得なくなった男であった。
その名は、召喚士パ・オ。
「贄は用意できたのです! さあ、我が召喚に答えるのです。邪神レプリカ・ジ・オリジネーション!!」
パ・オの声に応えるかのように、やつれた男が握っていた猿の手が爆ぜた。
「あっ?! ああああああああああっ!!!!」
その破片が黒いもやのようなものとなり、持っていた男を飲み込む。
召喚の幇助アイテムとして猿の手を使用しただけではなく、男を生贄にして召還しようっていうのか、パ・オは。
「……糞が……」
この召喚が成功すれば、あの四人の命が……。
邪神レプリカ・ジ・オリジネーションにあの四人が殺される……。
立ち上がって、パ・オを倒さねば……。
くそが!
召喚獣アプリ『メソポタミア』を起動させて、全快の薬をもらえば、この程度の逆境、はねのけてくれる……。
「君は助けたいのかね?」
スマホを取り出そうともがき始めていた俺の頭上から、今度は全く聞き覚えのない渋い声が頭に響く。
「四人の少女を助けたいのかね?」
倒れている俺の視界を金色に輝くレギンスが遮った。
遮ったのではなく、レギンスをはいた男が目の前に立っているのだと分かるのに時間がかかった。
「さあ、答えたまえ! DEAD OR ALIVE!!」
レギンスだけではなく、プレートアーマーやガントレットまでもが金色の騎士が俺の目の前にいた。
「答えは決まっている。ALIVEだ」




