第25話 生きていた大召喚士
『異世界ミスカルダル 前編』
本城庄一郎達が異世界のプライベートビーチに行った日の夜の事であった。
「私は大召喚士パ・オなのです。とても、とても、とて~も偉大な召喚士であるのです」
東海林志織との勝負で惨敗しただけではなく、乱入してきた男が志織に勝ち、お泊まりデート確定になってしまった事で、校内で誰からも後ろ指を指されるようになった千堂常次郎の夢にパ・オが出てきたのである。
「見ていて不憫に思ってしまうほど、あなたは不幸すぎるのです。私はとて~もとて~も手助けしたくなったのです」
千堂常次郎は声を出そうとしても何も言えず、パ・オの話を聞く事しかできなかった。
「このラッキーアイテムを受け取るのがいいのです! 不幸なあなたの願いを3つだけ叶えてくれる素敵なアイテムなのです! これを使って、ハッピーになるのです! ハッピーになるんで~す!」
夢はそこで終わってしまった。
「あの夢は……?」
千堂が目を覚ますと、夢の中で召喚士と名乗る男から手渡された、干からびた手のようなものを両手で握っていた。
あれが夢であったのか、現実であったのかは、千堂には分からなかった。
最初は人間の手かと思ったのだが、三本指であったので、そうではないのだと分かったが、何の手なのかは分からなかった。
だが、猿の手とやらを受け取ったのは事実だと実感できた。
「これが、俺の願いを3つだけ叶えてくれるラッキーアイテム?」
いささか信じられなかったが、試しにとばかりに千堂は願う。
「東海林志織が不幸になればいい! 不幸のどん底に落ちればいい! 俺をこんな不幸にした報いを受けろ!」
千堂の願いが通じたのか、次の日、東海林志織は交通事故に遭い、ロードバイクに二度と乗れないほどの怪我を負った……。
* * *
異世界のプライベートビーチへの日帰り旅行は成功だったかもしれない。
最後のプログラムでもあった花火大会は、クラディア十五世の取り計らいで盛大に行われ、みんな喜んでくれたし。
『水に流せと言われても、水に流せぬ事があるのは承知してるにゃ。だが、この花火で多少は水に流して欲しいにゃ。本来ならば、恨まれ役は余が引き受けたというのに、ジオールはバカにゃ。舞姫も、ドンゴも、リヒテンもそろいもそろってバカにゃ』
クラディア十五世はそんな事を言って、花火大会が始まる前に去って行った。
リヒテンという名前は初耳だったが、ジオールが言っていた元リーダーなのかな。
さすがに訊く事はできなかったが……。
日帰り旅行はつつがなく終わった。
埋められたままだった舞姫の事をすっかり忘れて一度帰宅した事を除いては……。
* * *
翌日の日曜日、俺は苦しんでいた。
すっかり忘れていたのだ。
昨日、自分自身に日焼け止めオイルを塗ることを。
「あああああああああああああっ!」
朝起きた頃には、肌がヒリヒリと焼けるように痛み、ベッドの上でもんどり打つしかないような状態になっていた。
我慢の限界を超えた。
「ええい、奥の手だ!」
痛みに耐えながらも、俺は召喚獣アプリ『メソポタミア』を起動させた。
『コンニチハ、本城庄一郎サン』
いつもように異次元空間に転送されるものと思ったのだが、今回はそうではなく、スマホの画面に白い球体の変な奴が表示されただけだった。
「どうかしましたか?」
「ポイントを交換したいんだが」
「現在メンテナンス中でポイントの交換サービスはできません」
「ガッデム!!」
なんていう事だ。
治療アイテムでこの日焼けをどうにかしてやろうと思ったのに!
今日一日、この痛みに耐え続けなければならないというのか……。
「にーに、大丈夫?」
俺の痛切な叫びが聞こえたのか、サヌが心配顔でドアを開けて、俺の部屋をのぞき込んでいた。
サヌ達が来た初日は俺の部屋にすし詰め状態だったが、今では、別の部屋で寝てもらう事にしたので、快適になったと言えなくもない。
だが、ちょっとだけ寂しくなったような気もする。
「この程度、瀕死状態だな」
「よしよし、痛いの、痛いの、飛んでけ」
心配して俺の傍まで来たサヌに頭をなでられている俺。
兄と思われているみたいだし、気丈に振る舞わなければ。
「大丈夫だって。俺は不死鳥のような男だ」
痛みを堪えつつ、俺はベッドから起き上がった。
この程度、召喚獣ランクナンバー1の俺にはどうということはないはずだ。
我慢さえすれば……。
「うむ、平気だ」
そして、サヌに笑顔を見せようとした、その時だった。
空間が歪み、俺とサヌは強制的にどこかの異世界に転送されていた。
数秒のうちに転送とか、今までなかったはずだ、なんだこれは。
しかも、俺のいる空間そのものを転送していたようだ。
転送と言うよりも、転移か、これは?
「来たね」
転送が終わると、目の前に眼鏡をかけた笑顔の似合う優男が立っていた。
左頬の小さく『47』という文字がタトゥーのように刻まれていた。
ヒロインではないのでいつものようにがっかりしたが、この優男は俺が今まで見知っている召喚士とは別物の気配をまとっていた。
「……なんでおまけが付いてきているんだ? 邪魔だな。殺すか」
サヌの存在に気づいた優男が言う。
優男の無機質な目に光が宿り、肩の筋肉が微かに動く。
反射的に繰り出されたサヌへの手刀を即座に弾き、優男の右頬に拳をたたき込んでいた。
俺の拳を受けても、男は優男の表情を崩さずにぶっ飛んでいき、民家らしき家に激突した。
衝撃が凄まじかったのか、家が瞬く前に崩壊した。
「……あれ? 何で、僕、殴られているんだ? あれ? なんか上手く立てないな」
崩れ落ちた家から優男は出てきたのだが、上手く歩けないようでヨタヨタとふらついていた。
「お前、本当に召喚士か?」
「ごめんね。そのおまけ、君のつがいだったのか。殺しちゃいけないよね、つがいは。ごめんね」
サヌをおまけ扱いする、こいつは何なんだ。
はらわたが煮えくり返るほどの怒りがわいてくるんだが。
しかも、悪びれた様子が全くない、こいつは何なんだ!
「もう一度、言う。お前、本当に召喚士か?」
「でも、おまけは邪魔だな。殺しておくのがいいのかな」
頭で考えるよりも早く俺は手が出ていた。
ハッと正気に戻ったときには、優男に迫り、『47』と書かれている頬に本気の一撃を叩きこんでいた。
「手加減して欲しかったな。回避が遅れていたら、僕、死んでいたじゃないか」
俺の本気を食らった優男は、地面に打ち付けられた余威で地面にクレーターを作るほどの攻撃を受けた事もあって絶命していてもおかしくはないのに、のそりと立ち上がった。
「やるつもりだったんだが」
優男はもう立ち上がれないほどのダメージを受けているはずなのに、立っている上、表情に変化は見られなかった。
「仕方ないな」
相当なダメージを受けているはずなのに、優男は立ち上がった。
次で止めを刺す。
その気概で構えようとした時にはもう俺の視界から優男の姿が消えていた。
「……にーに」
今にも泣き出しそうなサヌの声を聞いて、俺は自分の甘さを呪わずにはいられなかった。
二の句を継ぐ前に、さっさと倒しておくべきだったと。
「ごめんね、人質なんて本当は取りたくないんだ。そうしないと、君は僕の言う事を聞いてくれないだろ?」
そう言いながら優男は俺の背後に回っただけではなく、サヌを盾にするようににっこりと微笑んでいた。
「何言っているんだ、お前? 普通に話せば良かったじゃないか」
「ああ、そうだね。そうすべきだったね。このつがい、一秒で肉片にできるから問題はないよね。だから、これでいいんだよ」
「……は?」
話が全く通じない、こいつは何者なんだ。
危険人物そのものじゃないか。
「ね、この世界をさっさと滅ぼしてよ、召喚獣」
「ああ?」
「作り方を間違えちゃったのさ。なんでこうなっちゃったんだろう。また失敗して、ダメな世界になっちゃったんだよな。何が悪かったんだろう。もう十何回目だよ」
「は? どう間違ったっていうんだ?」
「この世界はさ、老若男女が安楽死施設に行列を作っているんだよ? どうしてこんな世界になっちゃったのかな? どう間違ったんだろう。僕のための世界を作りたかったのにさ」
上手くいかないことによる、奥底にある憎悪を思い出して苛立ったのか、優男に一瞬の気の緩みがあった。
俺はその隙を見過ごすことができず、数瞬のうちにその懐に飛び込み、左手でサヌを抱き寄せながら、右ストレートを優男の顔にたたき込んでいた。




