第20話 ゴブリンの王が猫?
「……遅かったな、へたれ野郎」
学校から帰ってきて、リビングルームの扉を開けると、ドンゴが当然のように床に寝転んでいた。
他には誰もいなかったからなのか、大の字で寝ているだけでなく、酒やらつまみやらを広げていて、我が物顔だ。
「なんで、俺の家にいるのよ? しかも、一人で酒盛りしているし」
「文句があるなら、かかってきな。へたれ野郎じゃ、どう足掻いても勝てやしねえからよ」
そう言った後、イカのげそを口に入れて、もぐもぐとかみ始めた。
どうやら、俺とやり合う気は当初から皆無のようだ。
「やってみないと分からないだろ?」
あのアプリの運営側の奴と一度本気でやり合いたいと思っているから、俺的には願ったり叶ったりだ。
「百年早ぇよ、雑魚が」
「そこは、かかってこいよ!とか言わないと」
「雑魚をひねり潰したところで自慢にもなりゃしねぇ。消えな」
「消えなって言われても、ここ、俺の家だし」
「ここ、お前の家だっけか? ああ、それで思いだしたわ。お前、俺のミッションをやれ。やれじゃねぇや、これは命令だ、ボケ」
「それが人にものを頼む態度なのか?」
酔っていて酒癖が悪いのか、これが平生の状態なのか判断に迷う。
だが、どっちだとしても、態度が横暴な事には変わりない。
「うるせぇ。俺のダチの手伝いをやれっていってんだよ。成功したら、2000万ポイントくれてやるからやれよ」
「本当にそんなポイントがもらえるのか?」
俺は半信半疑だった。
1000万ポイント以上のミッションともなれば、高難易度なのだから。
「俺の所有ポイントをくれてやるよ。今のシステムになる前のが、累計で209億あるからな。2000万程度、屁でもねぇ」
「そんなに……」
ようやく累計ポイントが16億くらいに到達したくらいで、俺とダブルスコア以上の差が付けられていていることに喫驚した。
「当時のランクで俺は5位だ。上には上がいるってところだな。ちなみに、ギルバラルトが201億、舞姫が145億、ジオールが121億ってところか、お前が知ってるメンツだとよ」
「なんか、それ、累計ポイントが強さを表すものになったりしてない? 某作品の賞金首にかかっている賞金と同じような感じじゃ……」
そうだとすると、俺の強さはまだまだということになる。
累計ポイントが強さの指針なら、ジオールにさえ勝てないというのか、俺は。
「はぁ? 賞金首? 知るか、そんなもん」
「ならいい。で、ミッションの内容は?」
「ああ、そうだそうだ。ゴブリン王国の王は俺のダチなんだが、最近、元気がでなくて生きているのがつまらねえって言ってんだよ。そいつをどうにかしてくれ」
「どうにかって、何をすればいいんだ?」
遊び相手にでもなれって事なのか?
「お前が考えろ。ま、王って言っても猫なんだけどな。可愛がってやってくれよ。猫だとしても、俺のダチだ」
「ゴブリンの王が猫?」
美女と野獣みたいなビジュアルが想像できたが、いまいちしっくり来ない。
それに何故猫がゴブリンの王なんだろう。
「猫1匹で、ゴブリンの王国を1日で落としたんだよ、ミケは。しかも、ゴブリンを一人も殺さずにだ。そして、奴は王になった。結構慕われているんだぜ、ゴブリン達によ。外見が可愛いしよ、憎めないんだろうな」
「なるほど」
「上にいる四人の女のうちの一人を連れていきな。俺が許可してやるよ。これを機会に、へたれを卒業して、すけこましになれよ、糞野郎」
ドンゴはそう言って、缶ビールを一気に飲み干した。
こいつ、言動は横暴だが、案外、俺に気を遣っているのか?
俺がヒロインを求めて居ると知っているから、距離を縮められるようなイベントを発生させようとしているのか?
だとしたら……
ただの気まぐれかもしれないし、そんなわけはないか。
* * *
今回、俺が一緒に行くことにしたのは、リリ・ポーアだ。
誰を連れて行くのか決めかねたので、サイコロを振って出た番号で誰と行くのかを決めた感じではあったが。
「リリは正装でないと、外界にはいけません」
意外に強情というべきか、貸せる服が母親のものばかりだったから、ジオールに無理を言って、四人分の彼女達の正装を取り寄せた。
もちろん、ポイントは消費して、だ。
ジオールは俺にだけは融通を利かせてくれるようでもあった。
「リリは、この格好じゃないといけませんね。リリは召喚士なのです」
リリは正面にスリットの入ったローブに、白ふんどしという出で立ちになると、ご機嫌になった。
この姿じゃないと、心が落ち着かないのかもしれない。
しかしながら、その格好は、俺の世界においては、露出狂か、お祭り参加している女子にしか見えない。
「それじゃ、ドンゴ。転送をしてくれ」
「あいよー!」
もうしらふではないドンゴは床に大の字で寝たまま、そう叫んだ。
その直後に俺とリリは異世界に飛ばされていた。
「むお!?」
自宅のリビングルームが消失したのかと思った次の瞬間、俺達はごついゴブリンがひしめき合う、宮殿の中のような場所に転送されていた。
敵陣のまっただ中に放り出されてしまったかのような状況だ、これは。
「て、敵なんですか?! リリ、召還はもう……」
そうだった。
リリと他の三人はもう召喚獣を呼び出したりはできない。
リリ達は、俺の住む世界に転送された代わりに、召喚士の能力を剥奪されているのだ。
能力を剥奪といっても、一回のみ召喚獣を召還する事ができるらしい。
だが、それにはリスクがあるとの事だった。
どんなリスクであるのかは、リリ達の口からは言えないという事なので、俺は知り得ては居ない。
「こいつら程度なら、俺一人でどうにかなる。俺が守ってやるよ」
これだけのゴブリンを俺一人で相手にするのは問題がない。
しかしながら、リリを守りながらというと話は別だ。
「……は、はい」
俺はリリをかばうような体勢を取った。
「貴様らがドンちゃんの言ってた奴らか」
その声を共に、ゴブリン達がうやうやしい態度でさっと引いていき、道をあけていった。
その道の先には、玉座に座っているというよりも、寝転がっている猫が1匹いた。
どこをどう見ても普通の猫だ。
俺の近所でみかけてもおかしくないくらい普通の猫だ。
この猫がドンゴのダチ?
しかも、この猫にドンちゃんって呼ばれているのか。
「……ぷっ」
俺は吹きそうになった。
あのドンゴが友達には、ドンちゃんと呼ばれている事実を笑わずにはいられない。
「まあ、ドンゴの依頼で来たのは確かだな」
「我が輩は王である。名前はミランジェローヌストファントドーロシフォンシンオンミストラディアンマニュケ。略して、ミケである」
長い名前を一度も噛まずに言うのは凄い。
本人も本名を名乗るが億劫なのか、ミケという略称まで用意している。
意外と気遣いができる王なのかもしれない。
「で、俺たちに何をして欲しいんだ?」
リリは俺の後ろに控えるような位置にいて、ミケの事をじっと見ている。
険しい表情をしているが、何故だろうか。
「我が輩も分からぬのだ。気分が優れぬ毎日。ゴブリンどもも、気遣ってくれるのだが、ままならん。どうしたものか」
「何か気張らしをしてみるとか?」
「ゴブリン達が毎日宴やら何やらを開いておるのだが、憂鬱が続くのだ。昔はそうではなかったのだが」
「年には勝てないとか?」
「猫と言っても、我が輩は化け猫である。年など関係ない」
化け猫は、猫が妖怪に変化したものだから、分類的には猫ではないということなのか。
でも、化け猫だから猫であることには変わりないか。
「猫ならマタタビで気分が良くなるとか?」
「我が輩はもう飽きたのだ。マタタビよりも酒の方がいい」
マタタビが飽きて酒浸りの猫。それって猫らしくないな……。
「……ならなんだ?」
猫の事はあまり詳しくはない。
動物博士か何かがいれば、妙案が浮かびそうなものなのだが。
「リリはどう思う?」
俺一人の頭では解決できなさそうなので、リリに意見を求めてみた。
「ミケさん、失礼します」
リリはそう言って、ミケの傍まで近づいて目を閉じた。
鼻をクンクンと鳴らした後、ちょっと思案顔を作った。
それだけで何か分かったのだろうか?
「リリ、分かりました。ミケさんはお腹の病気ですよ。初めて見たときから、そんな匂いがしていたのです」
リリは目をゆっくりと開け、俺の方を向くなり、そう断言した。
「病気?」
「病気?」
俺とミケの声がハモった。
「リリの鼻はいいのです」
リリは自慢げに胸を張った。
「確かめねば! 大臣! 医者を呼べ、医者を!」
ミケの声に応えるように、大臣らしきゴブリンが駆け寄ってきて敬礼をするなり『アイアイアー!』と大声で言って、またどこかに駆けていった。
* * *
「同種族だったら分かる奴がいたかもしれないが、ゴブリンの群れの中に猫が1匹。分かる訳がない。他の種族だったから多少の変化を見過ごしていたってところか」
リリの言う通り、ミケは腸に悪性の腫瘍ができていたそうな。
急遽手術が執り行われ、無事に摘出されたという。
わずかな間で解決へと導けたのは、リリのおかげといったところだ。
「リリには分かるのです」
リリは俺の傍まで来ると、あの時と同じように鼻をクンクンさせた。
「リリが信じてもいい人だって、リリの命を預けてもいい人だって、匂いで分かるのです」
リリは俺の目を見つめ、頬を赤らめながら朗笑した。




