第17話 お泊まりデートセット!?
『異世界オールオールド その2』
俺は針のむしろだった。
安らぎの地だと思っていた学校が、一転して地獄のような場所になってしまったのだから……。
千堂にロードバイクを貸した奴がいたり、俺が気づいていなかっただけで観戦していた奴がいたり、その中にはSNSで情報発信した奴までいて、もう逃げ切れない状況になっていた。
こういうのを外堀を埋められるというのかもしれない。
乱入してデートの権利をかっさらった男として学校内で有名になっている上に、東海林志織はまんざらでもなさそうだという話さえ出てきていて、もうつきあう事が決定しているかのようになっていた。
東海林志織は俺の事を嫌っていたはずなのに、どういう風の吹き回しなんだろうか?
校内では俺は逃げるようにしていたし、志織の方も逃げるような雰囲気だったし、今度どうなるのか分かったものではない。
帰ろうとしていると、千堂に高価なロードバイクを貸した生徒会の書記が俺に声をかけてきて、とある封筒を渡してきた。
「60万のロードバイクまで貸したのに負けるなんて、千堂は駄目な奴だな。こんなお膳立てまでしてやったのに、何なんだ、あいつは。それは勝者のお前にやるよ。東海林志織は当然勝てる自信があったからこの件を了承していたんで、お前が誘え。それでも問題ないだろうしよ。ホテルでしっぽりやれよ」
去り際、俺の肩をポンと叩いたのが印象的だった。
「お泊まりデートセット!?」
封筒を開けると、新幹線の往復のチケット、それとホテルの予約表が入っていた。
しかも、二人分の、だ。
「……決定事項なのか、これ」
どうやら俺は東海林志織とお泊まりデートをしないといけないらしい。
デートしなければいけないのであれば受けて立とう。
例え、それがお泊まりデートだとしてもだ。
高校生の男女がお泊まりデートなんていう事が拡散されているのに、学校側は何も言わないことに不信感を抱いた。
学校側はそういった事に対しては至って放任主義なので、問題が起こらない限りは、何も言わないだけなのかもしれない。
「なんで、こんな急展開になっているんだ?」
そう呟くも、誰も答えてはくれなかった。
* * *
足取りがさらに重くなりながらも、俺は家に帰った。
自分の家がもう安息の場所ではなくなった事が分かっていても、ドアを開けると、気持ちが落ち着いてくる。
ここが我が家だからだ。
リビングに行くと、リリ、エーコ、ワサ、サヌ、ジオールの五人がテーブルを囲んで何かを話していた。
人が増えると、活気があるな。
慣れれば、これが日常になって何も感じなくなるかもしれない。
「……」
違和感。
言いしれぬ違和感。
「何故、ジオール!!!」
今朝も見た四人の少女の中に、白スクール水着の何度も見た覚えのある少女が混じっていた。
「ここ地球での生活の仕方について説明するために来ています」
ジオールはさも当然であるかのように言うと、すっと立ち上がり、俺の前へと来た。
他の四人は何か聞いているのか、俺の様子をうかがうように見ているばかりだ。
「あんたはアプリの中にだけ存在するキャラじゃなかったのか?」
俺の中では、アプリの中に出てくるキャラクターの一人という認識でしかなかった。
あくまでもアバター扱いの二次元キャラ、あくまでもマスコットキャラという位置づけだ。
「いつそんな事を言いましたか? 私は実在していましたよ?」
確かにそうだ。
ジオールは自分が二次元キャラだとか、ヴァーチャルな存在だとか、そんな事を一度も口にした事がない。
俺の勝手な思い込みだったようだ。
「なんで、俺の家に普通にいるかな?」
「召喚獣ではない方を異世界に転送した場合、事務手続きが必要です。私はその手続きをしにきているだけですので」
「お役所仕事かよ」
とはいえ、どういう手続きなんだ?
戸籍とか、そんなものか?
それとも、亡命だとか、国籍変更の手続きだとか、そんなものなのか?
「はい。この方々に説明し終わっています。ですが、それ以外にも私にはとある人から任務を与えられています。本城庄一郎さんに言わなければいけない事がありまして。そのために残っていた感じなんですよ」
「俺に? 何を?」
嫌な予感がする。
ジオールが運営側の人間だとするのならば、好き勝手やっている自分にお小言の一つでもあるのかもしれない。
あるいは、俺の召喚獣としての立ち位置について何か言いたいのかもしれない。
「とある方が非常に怒っていました。『異世界ハーレム系主人公みたいなものを目指しているのに、この四人の少女に手を出していないとは何事だ、このへたれ○○○野郎!』だそうです」
何かピー音が入って聞き取れない単語があった。
どうやったら、そんな音を発せられている言葉にかぶせることができるんだと俺は興味を抱いた。
「……なんか今、ピー音が入らなかったか?」
「はい。汚らしい言葉なので聞こえないようにしました」
このアプリの運営側は、俺の想像の上を行くことばかりできるようだ。
この宇宙を創造したような連中のような気がするから、その程度はお茶の子さいさいなのかもしれない。
「それを言ったのは舞姫か?」
「いえ、あの方は面白そうだからと、この四人の転送を提案しただけですよ」
やっぱり、あの狐様か。この状況を仕組んだのは。
「じゃあ、ギルバラルト?」
「いえ、あの方は他種族の色恋下半身事情には無関心です」
そうなると俺の知らない誰か、か。
そいつは、俺のやってきていることを全て観察していたりするのだろうか。
「それでですね、その方の命令で、本城庄一郎さんには、とあるミッションを強制的に受けてもらいます」
「はい?」
「一度、いえ、二度は痛い目を見た方がいいだろう、という事でした。本能に赴くままな奴らに会ってこい、という事らしいです」
「どんな内容なんだ?」
痛い目を見るってことは、俺よりも強い奴がいる世界にでも飛ばすって事なのか?
「十一年ほど前になりますが、敵対していた星がとある化学兵器を使用した事によって、オールオールドに住む人たちは男女関係なく強制的に去勢されてしまったのです。それにより、いくら生殖活動をしても、成功しなくなり、その星の人たちは子孫を残せなくなってしまっています」
シャーリーのいた世界の事を思い浮かべた。
しかし、それ以上にむごいやり方があるのだな、と俺は怖気だった。
「そのオールオールドでは、こんな噂が流れています。異邦人の種なら妊娠できる、と。外から来た人がいると、監禁して種馬のように扱われるんです。増強剤とかその他諸々の薬をうたれて、死ぬまで種馬らしいですね」
「そこに行けと?」
ぞくっと寒気が走った。
種馬というからには、人格やら何やらが全くない、あくまでも『繁殖』目的の竿役でしかないという事なのだろうか。
そんな場所で俺は生き残れるのだろうか。
「はい。二十四時間ほどいてもらいます。二十四時間ずっと逃げ切ることができればいいんですけどね。だいたいの人は捕まって種馬ですね」
ジオールは爽やかな笑顔でさらりと言った。
「その問題って解決しないものなのか? 薬品の効力で去勢なら、治療可能なような気がするんだが」
「解決可能なワクチンはあります。それを投与すれば子孫を残せるようになるのです。何故かしらそのワクチン投与をオールオールドの管理者が嫌がっています。その辺りの事情はよく分かりません」
「その理由を突き止めて、ワクチン投与させるっていう事も可能か」
「その辺りはお任せします。それでは転送しますね」
「いや、ちょっと待てって! 心の準備が!」
俺の言葉はジオールには届かなかった。
転送の光柱が俺の取り囲むように上り始める。
「それでは良い種馬を」
その事が確定事項であるかのように、俺を送り出すのはいかがなものかと思うぞ、ジオール……。