第13話 このふんどし変態野郎が!
『異世界ダブルアーク その1』
シャーリーとの事がしばらくの間、澱のように心に沈殿してしまっていた。
他の異世界にも行っていたのに、心に傷が付いたように残影として有り続けてしまっていた。
あれはアンドロイド達が望んでいた事ではあったが、もっと別の良い解決方法があったんじゃないか。
そう何度も考えてみても、俺が導き出した結論にたどり着いてしまい、堂々巡りが続いて、次第に気持ちが沈んでいった。
それに加え、エンテの件も俺の中でわだかまりとして残ってしまっていた。
どうして俺は東海林志織なんかと……。
俺は東海林志織が好きなんだろうか?
いやいや、そんな事はない。
決してない。
好きの反対は嫌いだから、そのせいだなどと考えて、ようやく平静になれた。
そんな考えの逡巡でやるせなくなってしまい、その気持ちをとある方法で発散したいと思うのは、俺が他に良い解決法を思いつくことができなかったからでもある。
「ええい、今日は鬼になる!」
沈鬱な気持ちが続くようならアドレナリンで霧散させようと思い立ち、俺はクロスバイクにまたがることにした。
中学校時代はママチャリだったが、今はランクアップしてクロスバイクだ。高校に入ってから通学は電車に代わってしまったので出番が少ないが……。
そこそこ有名なメーカーの奴で、全力を出し切ると、時速40キロオーバーは軽く行ける。
「今日はあの山だな」
中学校までの通学コースでは信号があるため不完全燃焼になりやすい。
標高290メートルほどあるのだが、山を周回するようでいて、直線が続く山道が近くにある。
コーナーはあるのだが、直角に近く、曲がると直線がまた続く。
しかも、山頂までの道は傾斜が2%ほどなのできついワケではなく、速度を出そうと思えばいくらでも出せる場所だ。
交通量は少なく、気兼ねなく本気を出せるのが魅力的なスポットでもある。
俺はクロスバイクを走らせ、その山へと向かった。
「さて、行きますか!」
山に入る前に一旦停止した。
ここがスタート地点だと定めると、俺はペダルをこぎ出し、変速したりして、スピードを上げていく。
後は、がしがしとペダルを踏んで、トップスピードへと近づけていくだけだ。
「ん?」
ある程度走っていると、どこかで見た事のある後ろ姿のロード乗りが前方に見えてきた。
時速30キロは超えているんだろう。
「ぬるい奴だ」
だが、俺の敵ではない。
当然抜き去るのみだ。
ちらりと後ろを見て、その顔を確認するが、ヘルメットとサングラスをしていて、誰なのかがさっぱり分からなかった。
だが、見覚えがあると思ったからには知り合いなのだろう。
もしかしたら、どっかで見かけた程度の人かもしれない。
「……お?」
さらにスピードを上げると、ロード乗りの後ろ姿がもう1つ。
「おお?」
しかも、見覚えがありまくる。
あのレーサージャージは、東海林志織!
可愛い猫が描かれているデザインのを俺が忘れるはずはない。
それに、あのレーサーパンツに包まれたあの尻を俺が見間違うはずもない。
「前を行くは、東海林志織か! 相手とって不足なし!」
ケイデンスを上げに上げまくる俺。
もし、俺がロードバイクに乗っていたら、余裕綽々で追いついていただろうが、生憎クロスバイクだ。
自転車の重さが数キロ違えば、当然スピードも変わってきてしまう。
「だが、ハンデは承知!」
さらに踏み込んで加速する。
俺にやれないことはない。
地球では重力に魂が縛られすぎるから実力が出ないと異世界の誰かが言っていたが、地球であっても俺は本気が出せる。
地球においての限界って奴をよ!
「カトンボが」
ようやく東海林志織と並ぶ事ができた。
「ッ!?」
俺が横に並んでいるだなんて予想だにしてなかったのだろう。
志織が誰だろうかとなにげなく流し見してきたと思ったら、目を大きく見開いて、俺の事を凝視した。
「霞通りの鬼参上! 抜かさせていただく!」
ダンシングをして前に出る!
「むっ!?」
志織の方も負けじとダンシングし始め、俺の先行が阻止された。
「やらせない!」
俺も志織も前に出られず、抜くタイミングを探り合うように併走し続ける。
さすがは女子インターハイの勝者。
簡単には抜かせてくれない。
プレッシャーが半端ない。
「これは駆け引きだ!」
数十メートル先に、左コーナーが見えてきた。
志織の遮るようなコース取りをするように左側に幅寄せしていく。
刹那、接触を恐れて、志織がひるんだ。
その隙を見逃さずに、俺は前へと出る。
そして、一気に突き放すべく、最後の力を振り絞って、ペダルを思いっきり漕いでいく。
「勝ったな」
後ろを振り返って、ニヤリと不敵な笑みを送ると、志織は諦めてしまったのか、ダンシングを止めてしまい、俺との距離がさらに開いていった。
「俺に恐れをなしたか。東海林志織、恐るるに足らず」
後は山頂を目指すだけだと、今のスピードを維持しつつクロスバイクを走らせようとした時だった。
『突然ですみません、ジオールです』
どこからともなく、聞き覚えのある声が飛んできた。
この声は、紛れもなく、召喚獣アプリ『メソポタミア』のジオールの声であった。
「んぁ?!」
ペダリングの速度を抑えて、周囲をきょろきょろと見回しても、白スク水のジオールの姿は見える周囲にはない。
『他の召喚獣では手に負えないミッションへのお誘いです』
「またか」
もうどこから声が聞こえているのか気にせずに前を見て、クロスバイクを翔らせる。
アプリを起動させてもいないのに、ジオールの声が聞こえてくるだなんて、もう設定やら何やらを無視しすぎにも程がある。
これでは、スマホのアプリと呼べる代物ではない。
宇宙を創造した奴らは何でもありってところだな。
『今回の獲得ポイントは4000万ですので、お話としては悪くないと思いますよ』
「4000万……か。それだけ難易度が高いってところか。で、暴れられるミッションなんだろうな」
『……どうでしょうか。ミッションの内容までは分かりませんので、異世界へと転送後のお楽しみといったところです』
「そっか。暴れられれば、俺はそれだけで十分だ」
『受けてくれるんです?』
「ああ。だけど、転送はもうちょっと待ってくれ」
『どの程度待てば良いんです?』
「頂上に着いて落ち着いたら異世界へと飛ばしてくれればいい」
『分かりました。用意ができたら、言ってください』
「おう!」
俺は一気に頂上を目指す。
思いっきり暴れる事ができるミッションであれば、と望みながら……。
* * *
眩しい。
目が開けられないほどに眩しい。
その理由は簡単だった。
空に二つの太陽が昇り、大地を焼き尽くさんばかりに照っていた。
「太陽が……二つ?」
この異世界には、太陽が二つあることに驚かされながらも、俺が召喚されたこの世界を知ろうと視線を周囲に走らせる。
すると、俺の視界に白ふんどしをはいたトレンチコートのおっさんが俺の傍に立っているではないか。
「このふんどし変態野郎が!」
変態に危害を加えられると思って、俺は反射的にそのふんどし野郎をぶん殴っていた。
もちろん手加減はしたが。
そのおっさんが俺を召還した召喚士とは知らずに……。