第10話 遊びでやってるんじゃないんだよ!
『異世界Third Earth編 後編』
堪忍袋の緒が切れたというか、辛抱たまらんというべきなのか、はたまた、キれたたというべきか。
敵らしきものが一向に現れない上、拘束されて、電波ソングを延々と聴かされ続けていたせいもあるのだろう。
「うがああああああああああああああああああ!!!」
気がつくと、俺は暴走していた。
ベルトを力尽くで引きちぎり、操縦席に拳を何度も叩きこみ、ただの金属片の塊にして、電波ソングそのものを強制シャットダウンに近い形で止めていた。
「じゃああああああああああああああああ!!」
さすがにこれ以上は精神が耐えきれない。
そんな思いがきっかけになったのか、俺は全力を振り絞って、この拷問に近い状況からの脱出を図っていた。
そこがコックピットだとは思えないくらいのガラクタにした後、コックピットのドアを開け方が分からなかったため、思いっきり蹴破って外へと出ると、ようやく落ち着くことができた。
「理由も分からず押し込まれて、変な歌を延々と聴かされる。俺は拷問を受けるためにここに召還されたワケじゃない。あいつらは許さん! 決して許さん!」
恨み言がどうしても口からあふれ出てきてしまう。
召喚獣システムは、あくまでも凄腕の傭兵のようなものだ。
登録している召喚獣が召還されると、どこかの異世界へと飛ばされる。
その異世界の住人では解決できないような問題を解決すると、その異世界にはこれ以上存在してはならいものとして強制的に帰還させられるものなのだ。
最初はその理由がよく分からなかったが、今ではそれがよく分かる。
腰を据える覚悟をしない限りは、召喚獣は異邦人でしかない。
だからこそ、解決ができるのだ。
召喚獣という『外来種』の力でしかどうにもならない異世界の問題というものを。
「まずは俺を召還した奴に話を聞いておくべきだな。何が目的なのかさっぱり分からんし」
敵だなんだと言いながらも、それらしき存在もいない。
ロボットを待機させているのに、街が壊れていたりはしていない。
パラレルワールドらしきこの江戸には、俺が今まで体験してきたような争いの香りが皆無なのだ。
不思議と言えば、不思議であった。
「……いた」
しばらく歩き回って、ようやく例の四人を見つけ出した。
彼らは国会議事堂の前にテーブルを並べて、高級そうな椅子に腰掛けて、優雅にカフェを楽しんでいるところだった。
『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』
そんな事を言いそうな貴族のような不遜さが、その四人からは漂っていた。
当時、お菓子用の小麦粉の方が安かったからそういう事を言ったという解釈もあるが、張本人がその台詞そのものを口にしたという記録もないため、発言の真意は分からない、が正解といったところだ。
この四人が同じ台詞を吐いたとしたら、その真意を必ず聞き出したい。
「おや? 召喚獣くん。君は待機中じゃなかったかね?」
高級そうなカップで、紅茶らしきものを飲んでいる……セブンなんとかという名前だったキザな優男が優美に微笑みながら言う。
「俺をここに召還した理由を教えてくれ。あんな狭い中であんな電波な歌を聴かすために俺をここに呼んだワケじゃないだろうし」
「……おや? あの歌は気に召さなかったのかね? あれは、才能あふれる僕が作詞したものなんだよ。やれやれ、教養がない人は困るね、芸術が理解できない」
俺に怒りのパーセンテージを表示させることができたとするのならば、今は怒りのパーセンテージが20%から一気に50%にアップしたことだろう。
「じゃあ、歌の事はもういい。ここはどこで、何故誰もいないんだ?」
「ここは、サードアース(Third Earth)の江戸だよ。そんな事も知らなかったのかい? 誰もいない理由っていうのはね、パパに頼んで、この江戸そのものを買い取ってもらったのさ。遊び場としては最高だろ? この広くて、コンクリートジャングルなところとかさ。都市防衛ゴッコをするのに最適なんだよ! 召喚獣くんなら、分かってくれるよね?」
今ので、50%から一気に80%に怒りのパーセンテージが上がった。
「最後だ。俺を呼んだ理由はなんだ?」
「決まってるじゃないか。都市防衛ゴッコのためだよ。お友達をたくさん集めたんだけど、みんな、つまらない、もう帰るって言ってね、たった1日で飽きて帰っちゃったんだよ。1日だよ、1日。この遊びにどれくらいお金をかけたと思っているんだか。まったく、薄情なものだねえ。人数が足りないと都市防衛ゴッコは楽しくはないからね。だから、仕方なく、召使いに召喚獣を召還してもらって、強制的につきあわせる事にしたんだよ。名案だろう? 僕は頭が良すぎるんだ。困ったものだね」
ブチッ。
俺の中で何かが切れた音がした。
「遊びでやってるんじゃないんだよ!」
そう叫ぶなり、俺はセブンなんたらに駆け寄り、猫をなでるよりも優しく、その頬に平手打ちをかましてやった。
俺にぶたれた男は盛大に吹っ飛んでいった。
何度か地面に打ち付けられ、ようやく止まったのだが、痛くて身動きが取れないようだった。
理性をなくした俺の平手打ちは人を殺せる。
俺は最後の理性を捨てるまでは達しなかったが、怒りだけがどうしても収まらなかった。
「お前、分かってんか! 召喚獣は遊びで呼び出すものじゃないんだよ! 本当に困っている人たちがいるから俺たちは存在しているんだ! 可愛い美少女だとかチョロインとかに出会わないのは巡り合わせだから仕方がないとあきらめて、人助けはきちんとやってきたが、お前だけは許せない! 歯喰いしばれ! その腐った性根を修正してやる!」
「パパにもぶたれたことないのに! 凄絶神器ナルイハーW! この凶暴な召喚獣を殺しちゃって! いらないや、こんな奴!」
涙目の優男の訴えを召使いか何かが聞いたのか、数秒でどこかに待機していたであろう凄絶神器ナルイハーWというロボットが俺の前に飛来した。
「あんたらのクズさ加減に敬意を評し、全力の45%で戦ってやろう」
この後、俺は凄絶神器ナルイハーWを指先一つで完全に破壊し、パラレルワールドの江戸全域をほぼ瓦礫の山にした。
ついでに、失禁して気絶していた四人のクズを二度とこんなお遊びができないくらい修正した頃には、俺は強制的に転送されていた。
元の世界へと……。
強制転送された後、俺はとある事にハッとなった。
力を出しすぎて、世界そのものを破壊して、人助けができなかった事が何度かあったな、と。
それは、ちゃんと時の種で修正しているから犠牲はでていないし、ちゃんと世界は救っていたからセーフだとも自分自身を納得させたのであった。
* * *
異世界で暴れすぎた事もあって、俺の怒りはすっかりと収束していた。
休みが終わり、授業が始まると、暴れ回るという良い運動をしたせいか、ぐっすりと眠る事ができた。
そして、目を覚ますと、
「今日の授業はもう終わったよ」
どなたかは分からないが、親切な人が俺にそう教えてくれた。
どうやら俺は安眠してしまっていたようだ。
「ありがとう……。ええと……」
その親切な御仁に礼を述べようかと声がした方に身体を向けると、東海林志織が席に腰掛けていて、俺に興味深げな視線を送っていた。
「……見てたでしょ?」
女神のような笑みを浮かべるなり、直球な一言。
「すまない、光の速さでダッシュしたい心境なんだ、トイレに」
当然答えられない俺は逃げるように席を立ち、取るものもとらずに廊下へと走った。
荷物は放置だ。
まずは志織から逃げるのが先決だ。
逃げるついでに、家に帰ろう。
校庭を出て、何の気なしに俺の教室の方を振り返ると、志織の姿が窓際にあって、俺の事をじっと睨んでいた。
「志織にまた嫌われるだろうな」
言いふらしはしないから安心して欲しい。
俺は口の硬い男として有名なんだ。
だから、そこまで気にしなくても良いからな。