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交換ノートでもう一度

作者: 絹ごし春雨
掲載日:2018/08/19

 コールが鳴って出たけど切れた。掛け直したら話し中。まあ、なんてことないことだ。ただ、僕らの間にはよくあることだった。妻がせっかちなのか、僕がノロイのか。


僕が出かける時、妻を起こさずに紙切れ一枚残して行くのも、良くあることだった。当然反応はわからない。だから、なのかな。


「ねえ、交換ノートってしたことある?」

彼女は唐突にそう言った。僕はないな、と答えた。

「私ね、小学生の時したことあるよ」

やってみない?と彼女は言った。僕は面倒なと思いつつ、彼女は何を考えているのだろうと思った。


「毎日顔をあわせるじゃないか。やる意味あるのか?」

「あるわよ。やってみればわかるわ」

と彼女は笑った。


しぶしぶノートを受け取ると、その1ページ目には、“よろしくお願いします”という文字。


僕は思わず二度見してしまった。なんというか、普段くだけた口調で話しているのに、文字に起こすと改まるんだな、と思った。


 それから彼女と僕の交換日記が始まった。

“好きな色は何ですか?”

そんな当たり障りのない、けれど普段聞きもしないような質問から始まって、彼女は1日ひとつ質問をしてくるようになった。僕は書くことが思いつかずにただそれに答える。


“好きな食べ物は何ですか?昨日のカレーちょっと苦手でした?”

当たりだ。僕は強がって何も言わずに食べたけど、辛すぎるものは苦手だ。


不思議と、顔を合わせると言いづらかったことまで、ノートには書けてしまった。


 もうひとつ変化と言えば

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「いってきます」

なんてことない会話だが、ノートのやりとりを始めてから、彼女と交わす言葉が大事に思えるようになった。


ノートの中では別人のようにかしこまる彼女に、やきもきした。僕らの距離感はどのくらいなのか考えるようになった。


 結論から言えば、もう一度恋をやり直したんだと思う。

交換ノートをはじめて、僕らの距離は少しづつ近づいて、また遠ざかって、そこには間違いなくときめきがあった。


彼女はいつも交換日記を笑顔で受け取った。

だから、つい気が緩んでしまったんだと思う。


僕は、結婚記念日にノートに珍しく自分から、詩人みたいな照れ臭い言葉を書いた。


“君と同じものを食べて

同じものを見て

僕らは 少しはひとつになれたかな?

これからもよろしくお願いします“


彼女は、いつもと同じように笑顔でノートを受け取って、でも返ってきたノートには涙の跡があった。


“こちらこそよろしくお願いします。

交換ノートは別々の人間同士だからできるんですよ“


なんだろう。直接的に言われたわけじゃないけど、僕にはなんとなく彼女も同じなのかなって思った。彼女もひとつになりたくて、でも出来ないってわかっていて、だから交換ノートなんて言い出したのかなって思ったんだ。彼女は寂しかったんだろうか。


だから、僕は交換ノートにこう書いた。

“なれなくてもいいじゃないか。

ひとつになれるまで

言葉を尽くそう

続けよう交換ノート“


僕は書き終わって二度目のプロポーズみたいだなと思った。

ノートを渡して、しばらくして、彼女は走ってきて僕に抱きついた。

「ありがとう」

と一言告げた。なんだろう僕も言いたいことは同じで

「こちらこそありがとう」

と言った。


何がとかは言わない。ノートはノートで生活と切り離すのが僕たち流だ。でもこの一言だけは言っておきたかった。


全くの異物である僕らは、相互理解を諦めないだろう。


僕らをつなぐのは、日頃抑えがちな心情を吐露する交換ノート。

当たり前の日々を、交わす言葉を、輝かせてくれる交換ノート。


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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく素敵でした。 当たり前になっている日々。小さなすれ違い。分からないけど、まあいいか、で流しているお互いの気持ち。 そんなものが交換ノートを通じて、知り、もう一度恋をする。 》全くの…
[良い点]  感想を書かせて頂きます。  一言でこの作品を表すなら「窓を開けた時の澄んだ風」という雰囲気の作品でした。  交換日記――このキーワードを最初に見た時「青春ものかな?」と思いました。そ…
2018/08/19 19:19 退会済み
管理
[良い点] >交換ノートは別々の人間同士だからできるんですよ 真理ですね。 >なれなくてもいいじゃないか。 >ひとつになれるまで >言葉を尽くそう いい言葉です。 なれないのに、というより、なれ…
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