がーる みーつ おにゃんこさん
この小説に出てくるおにゃんこさんは、「おぬこ様と飼い主さんの日常」や「目が覚めたら、女子にされていた俺」「異世界に女の子として転生したけど、日本へ戻って人生やり直す事になりました」に出てくるおにゃんこさんとは、別猫です。
夕陽は、アキのキャッキャという声を、自分で作った段ボールハウスの中で、聞きながら、参考書とにらめっこしていた。
朝から部屋に、アキの彼氏が来て、勉強を教えているのである。
「 夏樹先輩。ここ教えて下さい。」
「 えーと、ここは、こうして。」
−−− マジでウゼェ。人がおる事知っとって彼氏とお勉強。くそリア充め。
夕陽は、両親と話し合いの結果、姉妹で同じ学校が良いだろうという事になり、アキも通う予定の私立旭ヶ丘学園中等部の編入試験に向けて勉強の真っ最中である。
本来、一度、中学生をやった夕陽にとって、おさらいするだけのはずなのだが、高校受験の時に、必死に覚えた知識は、神様の手によって奪われている。
転生し直した時の代償の一つである。
夕陽的には、どちらにしても、一から勉強し直さなければならない。
集中しなくては、いけないのに、煩くてしょうがない。アキの彼氏が、来ることが分かっていれば逃げたのだが、今今日は、休みなのもあって遅くまで、寝ていた上に、来る直前になってアキの口から告げられたのだ。
おまけにアキからは、「ウチが、おる時は、そこから出てきたら絶対駄目なんよ」と言われる始末。夕陽は、アホなルール作ったもんだと後悔した。
どうにか理由をつけてここから、出ていけばいいのだが、出ていけばいったで、アキにルールを破っただのなんだの言ってこられて、難癖つけてくるので面倒くさい。
夕陽は、仕方なくポータブル音楽プレイヤーを引き寄せるとイヤホンをして、音楽を再生する。
少しでも、アキの声が聞こえないようにするために。だが好きなアーティストの曲なのに、かえって雑音のように感じてしまい、煩く感じる。
――無理!集中出来ん。イライラしとるけぇじゃ。そうじゃ、そらをモフリに行こう。
夕陽は、そう決めると参考書を持って段ボールハウスから、顔を出す。
段ボールハウスは、二段ベッドの上でもあるので、慎重に降りる。
アキは、夕陽が出てきたのに気付くと明らかに、嫌な顔をして訊いてくる。
「 どうしたん。夕陽」
「 リビングで、勉強しようかって思うて」
「 あっ、ほうなん? でも、 リビングは無理よ。父さんと伯父さんが、話しようたよ」
アキの言う伯父さんとは、夕陽の実の父の事だ。
「 じゃあ。図書館にでも、行ってくるよ」
――父さんに会うの避けれるし、アキの声聞かんで済むし
夕陽は、自分の机に提げてある愛用のメッセンジャーバッグを取ると、携帯や財布、参考書やノートを放り込んで、部屋を出た。
ドアを閉める前、アキの彼氏 長谷川夏樹が夕陽に声をかけてきた。
「 夕陽ちゃん。 一緒に勉強しない? 」
あらか様に、アキから閉め出しを食らいそうになってる夕陽への配慮のつもりだろうが、その配慮によって、アキが、夏樹先輩に色目を使っただの。ウチから夏樹先輩を盗るだのと、喚き散らすのはわかってる。夏樹の配慮はありがたいが、そのせいで、部屋を閉め出されるのは、勘弁願いたいものだ。
「 おれ、二人の邪魔する気ないんで。すみません」
夕陽は、そう言うと、さっさと家から出て行った。
―――
「 勢いで家出てきたはいいけど、どうしょ。図書館ってここから、結構距離あったな。バスは駅まで、行かんといけんし」
夕陽が現在いるのは商店街。駅から歩いて五分とかからないが、戻らなくてはいけないので少々面倒である。
夕陽は、携帯で時刻をチェックすると、11時過ぎである。
「 商店街で、少し早いけどお昼でも、買ってどこかで食べようかな」
夕陽はそう決めると、商店街をブラブラし始めた。
しばらく歩いて夕陽は、パン屋さんを発見した。表にはなくなり次第閉店と書いてある。 店内を見るとほとんど、商品が残ってない。
「 パンを買って、そこの公園で食べるかな。お昼は、買って食べます。夕方まで帰りません。って、メールしとこ。」
夕陽は、休みで自宅にいる父と姉に、全く同じ内容のメールをそれぞれのスマホに、送信した。
夕陽は、昼食用に、一つだけ残っていた、サンドイッチと紙パックのジュースを買って、商店街近くの公園に向かった。
丁度、木陰になっている場所に置かれたベンチに座ってサンドイッチの箱を開いて、サンドイッチを食べ始めた。
「 ぶち (すごい)うまい。」
サンドイッチを一口食べて、夕陽は思わず、そんな感想を言う。
レタスはシャキシャキだし。卵もシットリしてて、ちょうどいい塩気だ。
ツナには、夕陽の好きな玉ねぎが混ぜてあるのも、嬉しい。
お腹が空いてるので、どんどん進む。
最後ハムサンドに、手を伸ばした時、夕陽の足元に、グレーと黒のしましま模様でぽっちゃりとした猫が、夕陽のサンドイッチを物欲しそうに、見ていた。
「 欲しいの? 駄目だよ。猫は、人間の食べ物食べたらいけんの」
夕陽はそう言ってサンドイッチを、急いで食べた。
猫がジーっと見つめる視線を無視しつつ食べた。
「 んなー。んなん」
夕陽が食べ終えると、猫は鳴き声を出して、前足を夕陽にのっける。履いてるキュロットとニーハイソックスの間。肌がむき出しになってる場所の為、肉球が当たって、ちとくすぐったい。
「 何? もうないよ。サンドイッチ。食べたから、ないの。ほら」
夕陽は、猫に手のひらを見せる。猫は鼻を近づけて、フンフン匂いを嗅いで一言鳴く。
「 んなん」
――食べ物あるでしょ!隠してるんじゃないのと猫が、抗議してるように見える。だから、納得するかわからないが、猫に話しかけてやる。
「 無いよ。食べ物」
「 んなん。んなー。んー」
猫は夕陽の足にスリスリして、甘えてくる。夕陽は、つい人前ではやらない事をしてしまう。
「 どうしたんでしゅか。スリスリして」
「 んな」
「 抱っこしても、いいの? うあ〜 やらかい。毛、モフモフにゃー 」
夕陽は、猫を見ると赤ちゃん言葉で、猫と戯れてしまう。
この事を知っているのは、実の親と兄弟。それと音無家では、雫のみ知っている。
「 お前、おにゃんこさんっていうの? 可愛いでしゅね」
夕陽は、抱っこした猫の首輪に、名前が書いてあるのを発見し、名前を呼んでみる。
「 おにゃんこさん」
「は〜い」
夕陽は、後ろから声がしたので振り向くと、制服姿の背の高い少年がくっくと笑っていた。
「 ごめん。見るつもりは、なかったんだけど、うちの猫と戯れていたから、ついね」
「 どっから、見てたんですか」
夕陽は、恥ずかしさの余りぶっきらぼうに、訊いた。
「 最初から。さっきまで、凄いデレデレだったのに。今は、ツンツンしてるんだ」
「 別にええじゃん。 猫好きなんじゃもん。ほっといてや」
夕陽はぷぅと頬を膨らませ、少年から顔をそらした。
「 僕が悪かった。図々しいお願いなんだけど、おにゃんこさんを家まで、連れてきてくれないかな。君の事気に入ったみたい。今、絶対僕の言うこときかないから」
「えっ。ほんとに?」
「マジ。ホントだよ。ほらおにゃんこさん、こっちに来るんだ」
と少年の呼びかけには応じず。プイッとそっぽを向いてる。それどころか、キラキラとした目を夕陽に向けてる。
「 ほらな」
「そういう事なら仕方ない。一緒に連れていきますよ」
はあ〜とため息をついて、夕陽が顔をあげると、さっき笑ってた顔と違い、爽やかな笑顔。十人女子がいたなら、
十人中九人までは、キュンとなりそうなそんな笑顔だ。
「助かるよ。あっそだ。名前」
「 夕陽。音無 夕陽」
「 僕は、林原拓人。よろしく。夕陽さん」
と拓人が差し出してきた手を握り返すと、少し悔しくなってきた。男だった頃の自分より大きな手。モデルのようにかっこいい癖に、全然嫌味になってない。女はもちろん男にもモテそうな奴だ。と夕陽は分析してしまう。それと同時に胸の奥がきゅんと切なくなるような感じが、一瞬だけした。
「 ……よろしく」
これが、夕陽と拓人の出会いだった。