お兄ちゃんって呼んじゃうぞ。
『 この意気地なし!』
ひなからそんな罵声を浴びた後、一方的に通話を切られた。
仁は、スマホをポケットにしまうと、ため息をついた。
ひなに説得され、ある事で父と話し合いをすると決めたのは、先日の事。
ある事というのは、夕陽の事である。仁と雫以外の家族に、夕陽の本来の記憶は、ない。
色々な事情から、夕陽は音無の家の養子となった。
雫は、今の夕陽を受け入れてるが、仁は今の夕陽を受け入れられない。だから一緒に暮らせない。
そこで仁は、夕陽を養子にするのは、反対だと父に自分の気持ちを伝えた。
当然、父は激怒し夕陽を家族として受け入られないなら、出ていけと仁に怒鳴った。
こうして距離を置く意味でも、実家を出て、夕陽の実家で仁が暮らしている。
しかし、事情を知ったひなに、きちんと、父に本当の気持ちを伝えた方がいいと説得され、話し合いの場を持つ事になった。
最初は、家の近くまでひなが一緒について来てくれると言っていた。『あんたの事じゃけ、直前で逃げるかもしれん。じゃけぇ、ウチが逃げんように見張っとく』そう言って、ついて来てくれる予定だった。しかし、ひなの兄 茂が知人の家にスマホを置いてきたので、ひなが代わりに取りに行く事になったので、一緒に行けなくなったのだ。
「 ひなに、意気地なしって言われてもしょうがないよな。結局逃げてしもうたし」
仁は、今住んでる家の最寄り駅のベンチに座ってしばらく、考え事をしていた。
どうやって、父に自分の気持ちを伝えようか? 夕陽に会った時どんな言葉をかけようか?
けれど、どんなに考えても答えは出なかった。
父からどんな事を言われるのか怖くて、夕陽からどんな反応されるのか、怖くて結果逃げた。けど、今度はその逃げた事に対して、後悔しはじめるというある意味、堂々巡りのような状態になる。
しまいには、「夕陽が戻ってきたから、何もかも無茶苦茶になるんだ」という責任転嫁ともいえる思考に陥って、事故嫌悪になった。
翌日。もやもやした気持ちのまま、仁は、いつものように、学校に行った。
「 お早う。ひな」
「 お早う。仁」
隣の席に座って、ひなに挨拶する。
一応返事はあるが、顔は、仁の方を向いてない、怒ってる証拠だ。
――このまま、口きいてもらえんじゃろうな。あー。一生意気地なし扱いかな
と思ってると、ひながそっぽ向いたままだが、話しかけてきた。
「 世話焼かす仁に、一言伝言ね。逃げずに、親父さんと話し合いしろ。以上林原さんから」
「 林原って、林原拓人先輩の事?」
「 うん。うちの兄貴のスマホ取りに行った先が、林原さんの家だったん。あんたが私のスマホに電話かけてきた時、たまたまおったんよ。帰る前、あんたがおじさんと話し合いする事をさ、全部話たらさっきの伝言を伝えてって」
――夕陽がお付き合いしとるんは、秘密じゃけどね。
とひなは、心の中で呟く。
「 はあ、そうなん」
「 あとね。雫からの情報で、夕陽が朝からいないって。多分こっちに向かったんじゃないかって」
「 学校は?」
「 創立記念でお休み」
「 あっほうか。忘れとった。放課後おるかも」
仁は、夕陽に会うのが憂鬱だった。
放課後。帰る支度してると、ひなが仁を呼ぶ。
「 仁。あそこ。夕陽じゃない?」
窓の外をひなは、指で示す。
ひなが、示す先には校門がある。そこに、黒髪ロングヘアで小柄な女の子。グレーのパーカに、ミニのプリーツスカートという服装。先程、雫から聞いた、最近夕陽が好んで着ているという服装に特徴が一致する。間違いなく夕陽だ。
心なしか、ひなと仁の教室を睨んでるように見える。
「 ほんまじゃ」
「 行ってみよ」
二人は、教室を飛び出し、階段を駆け下りると校門まで、ダッシュした。
「 夕陽」
「 お兄ちゃん!会いたかったよぉ」
仁は、夕陽の口から発せられた言葉に、思わず鳥肌がたった。
「 夕陽、今なんて言った? 」
「 お兄ちゃん」
仁は、再びゾワゾワと鳥肌がたった。
その様子を夕陽は楽しんでいるようで、ニヤニヤしている。
「止めてくれーや。仁って呼びすてじゃったのに、お兄ちゃんって呼ぶなや。鳥肌がたつわい」
「 父さんと話し合いせん、お兄ちゃんが悪い。家に来て話し合いするまで、お兄ちゃんって呼んじゃうぞ」
「わかった。 わかった。今週末、絶対行くけぇ、お兄ちゃんは止めてくれ」
仁は、一生懸命に夕陽にお願いしつつ、ふと思う。これは、夕陽なりの配慮ではないだろうかと。
――悶々と考えとった俺ってバカかも。
妹に気使わせてから、兄貴失格かも。
仁は夕陽との約束通り、週末、実家へ赴き、父と話し合いをして和解した。
その際、仁は実家へは戻らないと、両親へ伝えた。理由は、今の自分を変えたいから。ひなや渉達と過ごす事で、今まで見えてなかった、自分の良いところ、悪いところが見えてきて、自分を見つめ直すいいきっかけになるというような趣旨を両親に伝えたところ、納得してもらえた。仁は、そのまま高校卒業まで、平原家に居候する事になったのだった。




