夕陽、自分の居場所を確保する。
6月の末。約三週間の入院生活を終え、明日から自宅となるマンションへ夕陽は、帰宅する事になっているのだが、その事で今、母瞳子から説明されてる最中だ。
「ごめんなさいね。夕陽。アキと一緒の部屋なんて。雫を説得したのだけど
結局首を縦に振ってくれなかったの」
「まぁ仕方ないよ。元男ってのがあるんじゃし、それに今のおれの姿を受け入れられんのじゃない。一緒の部屋に抵抗あると思うよ」
苦笑いしつつ答える夕陽も、正直あまり自分の今の性別を受入れてない。
微かにふくらんだ胸や男だった時とは違いちょっとした事で、傷つきやすい肌。その他諸々の事が、夕陽を戸惑わせてるのは、両親に秘密にしてる。
「……そうね。アキの事があるから大丈夫だと思ってたけど、ごめんなさい」
「そんなに謝らんといてや。おれなりに対策は考えてあるけぇ、大丈夫」
「大丈夫って。突飛な事じゃないわよね?」
「えへへ。多分」
笑ってごまかす夕陽をジト目で、瞳子は見ていたが、呆れて病室から出ていった。
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翌日。病院からマンションへ帰宅した。瞳子と家入る時、お邪魔しますと言いそうになるのを、ぐっと堪えた。
「 ただいま」
リビングのドアを開けたとたん、白い物体が夕陽のお腹に、飛び込んできた。
「 そら」
「 んにーんにー」
夕陽のお腹に、飛び込んできたのは、白い猫のそら。
異世界では、魔法使いだった夕陽の契約精霊だった。
そらを抱えると、しきりに頭をこすり付ける。異世界にいた頃もよくやっていた「かまってちょうだい」のポーズだ。
「 ごめん。 そら、寂しかったよな」
夕陽は、そらに頬擦りする。久しぶりに、感じる猫の毛の感触。
真面目な雫が、ブッラシングを丁寧にしてくれたのだろう。そらの毛並みは、滑らかで触り心地が良い。
実家の猫にも、やってた事を思わず、やりそうになるが我慢した。
「夕陽。そらとふれあいはあとにして、部屋に行くわよ」
「 はーい」
そらを床に下ろすと、リビングを出て瞳子について行く。
廊下を出て左を曲がると突き当たりに、ある部屋の瞳子は、ドアをノックする。
「 アキ? 入るわよ」
「 どうぞ」
中から、ソプラノの声が聞こえ、ドアから一人の少女が顔を覗かせる。
黒髪ボブヘアで目鼻立ちがくっきりとした美少女だ。ただ足が悪いのか、松葉杖をついて歩いてる。
彼女がアキ。
夕陽の記憶と同じなら、アキも今の夕陽同様、脳移植を受けた元男の子である。
春に手術を受けて、今はリハビリをしながら自宅療養中だ。私立中に通う事になってたけど、9月までは休学扱いになっている。
今のとこ、夕陽が同じ学校へ行くという話には、なってないが、十中八九そうなるだろう。
「 夕陽。 アキと同じ部屋よ。アキ、夕陽と仲良くね」
「 ……分かっとる」
アキは、ムスっとした顔で返事した。
瞳子は、何か言おうと口を開きかけたが、夕陽が視線で制した為、無言で瞳子は部屋から出ていった。
「 えーと、よろしく」
夕陽は、握手するつもりで手を差し出すが、アキは手を握ろうとしない。
アキはプイッとそっぽ向くと、ぶっきらぼうな口調で、部屋の中の説明を始めた。
「 あっちが、夕陽の机。そっちが、ウチの机。 クローゼット半分開いとるけん。適当に使って。ベッドは、二段ベッドの上が夕陽の」
「 ありがと。ねぇ、アキ」
「 何?」
「 おれから一つの提案があるんじゃけど。アキが、部屋におるときだけ 二段ベッドの上だけで過ごす。二段ベッドの周りを段ボールで囲えば、おれの顔見んで済むじゃろ? 」
「 はあ? いきなり何を言うんよ」
アキは、夕陽の提案に呆れてるようだ。
「 だって、アキは、おれの事嫌いじゃろ? だったら、お互い気持ち良く過ごしたいじゃん。 じゃけ、その為のルール」
夕陽の提案を聞いたアキの顔は明るくなる。四六時中嫌いな相手の顔を見なくて済むからだろうなと、夕陽は思う。
「 本当に、ウチがおる時顔見せん?」
「 全部が全部は無理よね。トイレに行く時は出てくるし」
「 勉強は?どうするん」
「 ベッドでするか、リビングでやる。それに、雫ちゃんの所行くし」
「 姉ちゃんの部屋? 」
「 うん。 もう許可とってあるもん」
一緒の部屋になるのを拒否した雫だが、アキと夕陽が仲が悪い事は分かってる為、短時間なら一緒にいても良いと言ってくれてるのだ。
ーーあの部屋ならそらをモフモフしたい放題出来るし
夕陽は誰にも邪魔されずに、猫をモフモフしたいという野望の為だけに、雫の部屋の使用許可を得たのだ。
もちろん、勉強もするが。
「 じゃあ、決まり。よろしく。夕陽」
「 よろしく。アキ」
改めて握手すると、夕陽は部屋の隅に置かれていた自分の荷物を段ボールから出して、クローゼットにしまうと、二段ベッドの上段のベッドの柵に沿って段ボールで囲い、段ボールハウスを作った。
「 用事がある時だけ、ここから、出てくるけん」
夕陽は宣言して、自分の城に引っ込んだ。
着替えの時も、夕陽が作った衝立を利用する事で解決した。
後々、ある事をきっかけに、二人のスペースを仕切る事まで、夕陽の段ボールハウス生活は、暫く続いたのは、別の話である。