プロローグ
この森にはとても恐ろし妖怪が住んでいるという。
地元の人は誰も近寄らず、遊び半分で度胸試しに来る者もいるがその異様な雰囲気に踵を返しこの森には入り込まない。それゆえ、その姿は誰も知らない。
日が沈みそうな空を見上げながらアパートへの道を歩く。最近、心の底から笑ったのはいつだろう。楽しいと思ったのはいつだろう。もう、思い出せないや。そんなことを考えているうちにアパートに着く。電気もつけず暗い部屋に入り、ベッドに飛び込んだ。
はぁ……
深いため息が口から漏れる。こんな日は時々考えてしまう。
私は何なんだろうって。
私が私である理由。そんなのどこにもない。私の代わりなんていくらでもいる。
だったら、私がここにいる理由はなんだろうって。
今日だってそうだ。
いつものように仕事をしていると
「中村さん。今日からこの仕事、ゆりちゃんに頼むから。」
突然上司にこう言われた。隣にいた、ゆりちゃんはにこにこしながらこちらを見ている。
「じゃあ、ちゃんとできるように教えてあげてね。」
反論する間もなく彼は去っていった。
私がいつもやっていたのに。私のほうが仕事できるのに。
そう思っていると
「先輩の仕事、取っちゃっててごめんなさいね。」
嫌味らしく言われたけれど、そんなゆりちゃんを羨ましく思ってしまう。
ゆりちゃんはいつだって私と正反対だった。
彼女は上司に気に入られているし、周りからの評判もいい。
彼女の愛想の良さがそうさせているのだろう。人前に出ると、可愛らしい笑顔でニコニコしている。
まあ、私の前ではそんな表情見せたことないのだけれど。
私だって、愛想はあまりないけれど仕事はきっちりやっている。
それなのになかなか評価してもらえない毎日だ。そんな感じで私の居場所は無くなっていく。
こんな時、仕事帰りに愚痴でも言える友達がいればいいのだが。
昔から人と関わることが苦手だった私には、そんな人はいない。それに、苦しいときに帰れる場所もない。
そんなことを考えていると、いつの間にか涙が頬を伝っていた。
こんなことで泣くなんてバカみたい。
そう思うのに、何度拭っても涙は止まらなかった。
はづき
泣きつかれて眠りに落ちる前に、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
大丈夫。大丈夫だよ。
そう言ったその声は、優しくてなんだか懐かしい気がした。