第1章 5
横浜にある中華街の路地裏で、伊織はこれから自分が何をするべきかを考え、作戦を実行させる。
中華街へようこそと、書かれた看板の下をくぐり抜け、周りの人達に怪しまれぬよう、早足で目的地へと急ぐ。
キョロキョロしたり、ゆっくり歩いたりなどしない。
そういった行為は、目立ってしまう。
商売をしている人間達にとって、そういう行動をとる人間は、何かを探して迷子になっているか、初めての土地を楽しむ観光客に見えてしまう。
任務を遂行させるため、観光客を装ってもよいのだが、あいにく両手が死んでいる為、買い物ができないうえ、ご飯も自分では食べれない。
周りの人に、少しでも顔を覚えられてしまうリスクは避けたい。
伊織は人混みに紛れながらその場を後にする。
探し始めてしばらくすると、ようやく目的地に辿りついた伊織。
そこはホテルであった。
長期任務を遂行させるには、まずは寝床の確保が最優先である。
荷物を置く事も勿論だが、部屋が埋まってしまい、野宿する何て事にでもなったら目立ってしまう為だ。
チェックインを済ませ、部屋に入った伊織は、上着をベッドの側にあるイスにかけた。
本当は、ハンガーを使って壁にかけたいのだが、腕が上がらない。
伊織は部屋の隅々をチェックする。
盗聴器や盗撮などされていないかを確認し、隣の部屋に耳をあてる。
音漏れの心配がないか確認をすませると、部屋の外へと出ていき、隣の部屋を思いっきり蹴った。
忙いで自分の部屋に戻り、玄関のドアを少しだけ開けて耳をすませる。
誰だ!!と怒鳴り散らす男の声を聞いた伊織は、また同じように部屋の壁に耳をあてた。
音も声もしない。
一通りやる事をやった伊織は、包帯を外しにかかる。
包帯の下はひどい火傷の後であった。
しかし伊織は、その事に全く興味を示さず、傷口を観察する。
財前は言った。
何処にいてもわかると。
何故か?答えは簡単である。
発振器が何処かにつけられているか、尾行者がいるか、この街全ての人間が財前の手下かだ。
尾行はされていなかった。
この街の多くは中国人で、財前の手下はいないだろう。
0とは言わないが、自分が選んだこのホテルに、偶然手下がいる可能性の方がずっと低い。
それならば、自分が眠っている間に、体の何処かに発振器を隠したと考えるのが妥当である。
風呂場の鏡を見て、背中の部分、お尻の部分などを確認するが見当たらない。
となれば、怪しいのはこの両腕である。
治療するふりをして仕込むのは難しくない。
発振器の上に皮膚を重ね、隠せばいいからだ。
しばらく両腕の傷口を見ていた伊織は、ため息と共に両腕を見るのをやめた。
どの道やるしかないのだから、発振器が何処にあっても関係ない。
めぐみなら直ぐに、対処してくれるだろうと考えた所で、伊織は思い出した。
下水道の暗闇の中、自分に向けて近いうちにまた会おうと告げてきた少女、神童なつきのあの言葉。
やつにはこうなる事が見えていたのだろうか。
しかし、これは伊織にとっても有り難い事であった。
シャオロンの居所を掴む為には、どうしても人手がほしいところだ。
そんな中会って、事情を説明すれば神童なつきが加わるかもしれないという事だ。
情報収集という意味ではめぐみに劣るが、その頭脳は是非とも借りたい。
伊織は、上着のポケットを調べるが何も入っていなかった。
着換えさせられているのだから当然である。
伊織は、なつきの電話番号を記憶している。
いや、記憶させられていると言った方が正しい。
携帯が無い時に、応援を呼ぶには当然番号が必要であり、その番号が解りませんでは話にならない。
S組の連中は授業を通して、これをマスターしている。
部屋の電話機では盗聴の恐れがあると、外の公衆電話へと足を運ぶ。
なつきの電話番号を入力し、数回コールする。
「・・・。」
「なつきか?俺だ!伊織だ」
「伊織君。わざわざ公衆電話など使わなくてもよいではないのかね」
その言葉を聞いて、伊織は固まってしまう。
「・・あぁ。借りた携帯から電話するぜ財前さん」
まさかの割り込み回線に伊織は舌打ちしそうになる。
伊織は受話器を戻しながら、一つの可能性に気が付いた。
おそらく財前のもとにいるだろう人物。
本城めぐみの存在である。