第1章 3
どれくらい歩いただろうか。
両腕をぶら下げ、暗い下水道の道をひたすら歩く。
歩く度にドブ鼠が逃げまわる。
ドブ鼠を見ながら、自分とコイツとでは、一体何が違うのか考えてしまう。
きっと何も変わらない。
それよりも。
少しだけ、ほんの少しだけ、目を閉じよう。
伊織は、深い眠りについた。
「目は覚めたかね?」
誰かが自分を呼んでいる声に、伊織は目を開けた。
ここはどこだと、辺りを見渡すが、黒いカーテンに覆われている為、何も見えない。
伊織は自分を呼んだ人物に声をかけた。
「ここかね?車の中だ。それよりも両腕は大丈夫かね?」
そう声をかけられ、伊織は自分の両腕を見る。
どうやら治療をしてくれたらしく、両腕は包帯巻きであった。
よく見ると、スーツも新しくなっている。
「あぁ、すまない。あのままこの車に乗せるわけにもいかなくてね。部下に着替えさせたのだよ」
「俺に何をさせたい・・財前首相」
「ハハハハ。聞いていた通りの問題児だな君は。まぁ待て。まずは私の問いに答えたまえ。何処で気づいたのかね?」
「・・・美優姫と柏木の狙撃が1発だけだった事で不思議に思い、決定的だったのは、爆弾娘が狙撃ポイントを消した事だ・・です」
最初、財前は俺の力を試したいと言った。
美優姫と柏木の狙撃は1発だけであり、伊織はみなみ達と戦闘中でも、狙撃には備えていた。
狙撃のチャンスは、幾度となくあったはずだ。
みなみとの戦闘や、手榴弾による攻撃を受けた時など。
しかし、狙撃はない所か、爆弾娘は伊織と美優姫達との間にあった、狙撃ラインに被ってきた。
本当に伊織を殺そうとしているならば、それは絶対にありえない。
それともう一つ。
「あいつらを相手に、生きていられるはずがない」
手加減されていた。
特にみなみのやつには。
手榴弾が投げこまれた瞬間、あいつは俺ではなく、手榴弾に向けて斬撃を繰り出した。
おそらく殺さないようにとでも、念押しされたのだろう。
「ふむ。さすがとしかいいようがないが、早死にするタイプじゃな」
財前はアゴに手をあてながら、伊織の評価をつけた。
早死にするタイプじゃなと言われて、そうですとも、いいえとも答えられず、伊織は財前を見ていた。
「補欠合格としておこう。さて香月伊織君。君は今の日本についてどう思う?」
先ほどまで和やかな雰囲気だった、財前の雰囲気が一変する。
嘘を見ぬこうとする、政治家の目かあるいは・・。
「腐っている!・・・・と思います」
「あぁよいよい。ここは私と君の二人だけだ。言葉遣いなど気にせず、何故そう思うか言うてみよ」
「逆に聞きたい。今のこの日本を見て、腐っていないと思う人間がいるのか?」
「質問に質問で返すとは・・くくく。益々気に入った。伊織よ!今日この日からお前は私の秘書として、働いてもらう。異論反論は認めん」
「断ったら死ぬんだろう?」
伊織の質問の答えは、長い沈黙であった。
断ったらどうなるか解らないということほど怖いものはない。
死ぬなら死ぬでそれでいい。
死に方が問題なのだ。
こんな腐った世界の為に。
実験動物なんて真っ平御免だ。
「秘書でもなんでもやってやる。何をすればいい?」
「まぁ慌てるな。焦ってばかりでは、幸せにはなれんよ」
財前の言葉を聞いて、伊織は考える。
生きていれば、きっといい事があると言うのは嘘だ。
生きていれば、つらい事があると言うのが本当だ。
この二つに共通する事は、生きるということだ。
違うのは、いい事とつらい事という二つの事。
希望を持たせる為に、いい事があるよだなんて、なんて酷い言葉だとは思わないだろうか?
違ったら絶望してしまい、いい事があるよと声をかけたやつを、酷いやつ、嘘つきと思わないか?
逆を考えてほしい。
つらい事があると言われてどうだ?
日々の生活の中で、つらい目にあわないよう気をつけたりするだろう。
つらい事があると言われたのに、いい事がおきた時に、つらい事があると言ったやつをどう思うか。
「ふむ。まぁ気になるのは当然か・・単刀直入に言おう。ある人物を捕まえてほしい」
「捕まえる?何故?」
「それ以上は聞かない事が身のためだ。伊月 香織君」
その言葉に、伊織の目が見開かれる。
やつは知っている。
そして警告してきた。
これ以上の詮索はするなと。
「まぁ落ち着け伊織。最初に言っておくが私は君の味方だ」
脅しておいてよく言うぜ、と伊織は思ったが口にはしなかった。
知られてしまっている以上、これ以上は言えない。
ならやるべきことは一つしかない。
「・・・無傷で捕まえてくるのか?」
「無傷でなくても構わん。場合によっては消せ」
殺せ・・か。
つまり汚れ仕事って訳だ。
ほら、言ったろ?
俺はドブ鼠となんら変わらないってな。
伊織は俯き、財前に聞こえないよう声を殺して笑う。
ホント・・・。
この世界は腐ってる。
※ここまで読んで頂きありがとうございます。
読み返して見て、ちょっと物足りないなぁっと思いまして、次回からもう少し長く書きます。
ここまでが私の中ではプロローグ的な部分でして、次回から物語が始まっていきます。
では次回もお楽しみ下さい。