第2章16
本当に、この世界は腐っている。
強い者が、正しい世界。
弱い者が、怯える世界。
そんな世界は、間違っている。
弱肉強食なんてことわざがあるが、だがそれは、動物社会だけの話しであり、私たち人間社会に持ち込む事など、あってはならないのではないだろうか。
「ひ、ひぃぃ。た、頼む。い、命だけは、命だけはぁぁあ」
左腕を無くした男は、残った方の手を真っ直ぐ突き出し、失禁し、泣きながら訴えてくる。
「ふふ。ふはははは!ほら、逃げなさい。鬼ごっこなんでしょ?10秒待ってあげるから……10、9、8」
「ば、化け物…う、うわぁぁああ」
ガクガク震える己の両足に喝を入れ、男は逃走を試みる。
そんな男の姿を、つまらなさそうに見ていたみなみは、刀を鞘に収めた。
弱肉強食ということわざが嫌いだ。
強い者は、弱い者を守るんだ。
弱い者は、強い者に感謝をするんだ。
それこそが、この世界に唯一足りない事だという事に、一体何人の人が気づいているだろうか。
スッと背中を向け、その場を離れようとしたその時であった。
ドン!!キン!っという音が、静寂に包まれた辺りに響きわたる。
「ば、化け物ぉぉぉお!!!」
ドン!ドン!ドン!っと続けて、数発の銃声が鳴り響く。
「どうしてよ…ねぇ?どうして逃げないのよ!」
みなみは、泣き叫ぶかのような悲痛の叫びと同時に、一瞬で間合いを詰め、銃を乱射してくる逃げた男の首を飛ばす。
吹き出す血。
散乱する腕や頭。
地獄絵図と呼ぶに相応しいその場所に、みなみはただ一人立っていた。
30人いたであろうチンピラは、僅か30分も経たないうちに、みなみの手によって壊滅してしまっていた。
刀を握った時から、相手の命を絶つ覚悟がある。自分の命を絶つ覚悟がある。
しかしだ。
命を絶った後に訪れるこの感情だけは、決して薄れてはくれない。
小さく深呼吸をし、空を見上げるみなみ。
後悔しているのか?と、自分に問いかける。
はっきりと、後悔していると答えられる。
手加減している余裕などない。自分なんかまだまだ未熟だ。逃しても、向こうから歯向かってくるのだから仕方がない。
色々と考えるがしかし、そうではない。
初めからこんな戦闘にならなければ、出会わなければ、こうなる事はなかったのではないだろうか?いや、だがしかしだ。
出会わなければ、彼等は犯罪を繰り返していて、被害はもっと酷くなっていたかもしれない。
だとしたらだ。
そこまで考えたみなみは、携帯の地図を開き、再び戦場へと駆け出そうとする…その時であった。
「……殺気!?」
「ほぉ」
大きな剣を片手で握る。
身長は2mあるだろうか。
「知ってるか?日本には節分という風習がある」
威圧する気などさらさらないが、その風貌から、低い声から、みなみは直感する。
(まずいまずいまずいまずい…)
伊織クラスはある…と。
「鬼は…そと。だったよなぁ」
「……くっ!?」
男が大きな剣、大剣を軽く振る。
それだけで地面が裂け、石つぶてがみなみを襲う。
判断は一瞬。
「ハッハハハ!そうだ。そうでなくては張り合いがない」
「はぁ…はぁ」
全力でかわす為に力を使ったみなみは、軽く息をきらした。
本来いまみなみが使った力というのは、両足の親指に力を込め、一気に地を蹴る事によって、相手との間合いを一瞬にして縮める技である。
しかし瞬時の判断で、逃げる為にその技を使うみなみ。
チラッとかわした方、男が振った大剣の方に目を向けるみなみは、思わず息をのんだ。
飛ぶ斬撃。
地面はえぐれ、車や地面に倒れていた人、色々なものが切り裂かれている。
「ほら。捕まえに来いよ」
ニヤリと笑う男は、チョイチョイっと手招きしてくる。
"逃げろ"
「……くっ!?」
左腰辺りから、カチャカチャと音が鳴っているような気がするのは、気のせいだ。
頬を伝ってきたのは、熱いからだ。
ガダガタと震えているのか?
この…私がか?違う、違う、違う!
「雪走り」
みなみによる飛ぶ斬撃。
地を這うようにして飛ぶ斬撃は、相手の足を刈り取る…はずであった。
「違う、違う」
ニヤリと笑う男は、自分の体の前に大剣を置く事により、斬撃をかわす。
キン!という、金属と金属がぶつかる音。
"逃げろ"
「雷走り」
相手の体を、縦に真っ二つにする事を目的とした飛ぶ斬撃。
「やれやれ」
男は特に何もしなかった。
先ほど置いた大剣によってまたしても、みなみの斬撃はかわされてしまう。
"今のお前では無理だ"
「…う、うぉぉぉお!!」
大剣から手が離れている。
今が好機。
瞬時に判断し、相手との間合いを一気に詰めるみなみ。
「ふん」
「ガッ!?」
お腹に相手の蹴りを受けてしまい、軽々と吹き飛ばされてしまった。
「ほぅ。瞬時に下がって、威力を殺したか」
今のはヤバかった。
口から溢れる血を吐き出しながら、みなみは立ち上がろうとする。
骨に異常はないか?内臓は?
「……くそ」
一番肝心なモノが、ダメになっている。
勝てない。
ウサギが虎やライオンから逃げるのは、勝てないと分かっているからだ。
勝てない。食べられる。それが分かっていて、立ち向かうヤツなどいないのだ。
それは、本能というヤツだ。
「ほら、逃げてみろ。10秒待ってやる。醜く、無様に、汚くな…クックク」
「はぁはぁ…はぁ…うっ!?」
激しく高鳴る鼓動。
心臓が破裂してしまいそうなほど、速い。
胸元を抑え、苦しむみなみ。
「あ、あぁあ。うわぁぁぁあ」
夜空に響き渡る、みなみの声。
遠い昔。
幼い頃の自分。
無力で、ちっぽけで、弱い自分。
今はもう…何も思い出せない。
「フハハハハ、フハハハハ。感謝するぞ…小僧」
みなみの殺戮ショーが、幕を開けた。




