第2章11
とても良く晴れていた。
雲一つない月灯りの下を歩く三人。
真っ黒な黒いスーツ姿なのは、仕事終わりだからではない。仕事終わり風を装っていたりだとか、暗闇に紛れて動きやすいとか、そういった理由がある事はあるのだが、とにかく、彼らの仕事は今からなのであった。
「ねぇ、伊織?これで大丈夫よね?」
「………」
今回の作戦のリーダーである彼女は、同行者である伊織の意見を求めた。
しかし、求められた伊織は、中々返事を返してくれない。
「……美優姫はどう思う?」
仕方がないので、彼女は伊織の後ろを歩く美優姫に質問をした。どう?って何が?とは、彼女は思わない。
話しの流れから、伊織と全く同じ質問をされているのだと判断した彼女は、質問した人物に向かってにっこりと微笑んだ。
「………!?そ、そう、あ、ありがとう」
いつも眠そうな表情で、あまり喋らない彼女が、自分に向けてにっこりと微笑みかけてくれた。
だから何だと、知らない人からしたらそう思うだろうと思いながら、リーダーである彼女は、頬を強く叩いて気合いを入れ直す。
あの、美優姫が微笑んだのだ。
射撃の歌姫と呼ばれる彼女が、微笑んだその意味は、リーダーであるみなみにしかわからない事であった。
長い付き合いだとか、パートナーだからとかそういった理由がいくつかあるが、とにかく、美優姫は励ましてくれている。
大丈夫、自信をもってっ、と。
一方、質問された伊織には分からなかった。
何が正しいのかなど、自分に分かる訳がない。
従って、無責任な事は言えないと考え、みなみの質問に答えなかったのであった。
しかし、逆の立場だったらと考えた伊織は、違う事を口にした。
「もしかして、ビビってるのか?」
「……ビビってるわよ!えぇそうよ!私はビビってる!」
軽い挑発に対し、みなみは無視などしなかった。
挑発した相手が伊織でなかったら、無視したかどうかは、みなみにしか分からない事である。
挑発されたみなみは、正直に答えた。
「ビビってなかったら、アンタ達、私に命を預けられるの」
その答えに、伊織は満足気な表情で答えた。
"長生きしたいのなら臆病であれ"
かつて自分が口にした答えとは少し違う。だけど、似たような答えを返したみなみに対し、称賛の意味を込めた表情で答えた。
「…何よ」「別に。それより美優姫」
照れ臭そうな表情のみなみを軽くあしらって、伊織は美優姫に声をかけた。
「気をつけろよ」
「…大丈夫です。伊織、みなみを頼みます」
狙撃する人間が最も安全かというと、そうではない。その逆である。
例えば、ビルの屋上から狙撃をする場合、狙撃手は精神を統一させ、引き金に全神経を集中させている。つまり、完全に無防備な状態にあり、背後から奇襲を受けた場合、気づかない事が多い。
その為、美優姫の近くのドアの入り口には、基本的には誰かが見張りをしているのだが、今回の作戦は特殊な状況であり、美優姫一人での狙撃となっている。
それは、内部もしくは警察関係者にスパイがいる可能性があるとして、エルザ、伊織、みなみ、美優姫の四人だけの任務であるからであった。
万が一みなみや伊織が窮地に落ちいったとした場合、みなみには伊織と美優姫の援護射撃が、伊織にはみなみと美優姫の援護射撃があるのに対し、美優姫のカバーには誰一人として、対応が出来ない状況である。
その事を想定しての伊織の言葉に対し、特に理由を聞く事もなく、美優姫はみなみの心配をしていた。
理由をたずねないのは、常に美優姫がそれを意識しているからであり、それについて伊織が何かを言うのは筋違いである。
狙撃手には狙撃手の考えが、いや、美優姫には美優姫の考えがあるのだから、ここで言うべき言葉は一つであった。
任せとけ、と。
ーーーーーーーーーー
美優姫と別れた伊織とみなみは、とある路地裏に来ていた。
目の前には黒い軽自動車。
小回りがきくし、何よりリムジン何かで来られたらたまったものではない。
その辺の考慮は流石にするか、と考えながら運転席へと乗り込む伊織。
みなみは助手席へと乗り込んだ。
「…初めまして、ニック副大統領。本田みなみといいます。彼は」
「銀の弾丸。香月伊織君、だろ?」
「…初めまして」
片足を組み、両手で膝を抱えながら、ニックは二人に軽い挨拶をかわす。
「君たちはどこまで掴んでいるのかね」
軽い挨拶の後、ニックは二人に質問をする。
みなみは伊織の方を見る。
回答は任せるという意味だと理解した伊織は、少し悩んだ。というのも、今作戦のリーダーはみなみだからである。
しかし、リーダーであるみなみから、回答は任せると表情で言われたのであれば、リーダーの指示に従うべきだと考えた。
「我々はエルザ司令官の指示で動いています」
「ほぅ。つまり、あまり内容は知らないと?」
車の中は路地裏という事もあり、ニックの表情はうかがえない。しかし、放たれるオーラというか、空気そのものが変わったという事に、二人は気づいていた。
あまり気持ちのいい物ではない空気。
張り詰めた空気と呼ぶべき空気の中、伊織は返答する。
「詳しく知る必要がありますでしょうか?」
「知らないヤツに命を預けろと?」
「大統領が、犯罪に手を染めている可能性がある。これだけで我々AGRが動くには充分な理由だと考えています」
思いますではなく、考えている。
この言葉の違いを、ニックは正確に理解した。
「これ以上は知る必要がないと考えたか」
「はい。我々も命は惜しいですから」
知りすぎてしまうとどうなるのか?それを正確に理解しているであろう返答に、ニックは楽しそうに笑った。
「ははは。馬鹿正直なヤツだ。しかし、私の命だけは保証したまえ」
「エルザ司令官からも、厳重に注意されています。ご安心を」
どうやら満足した回答だったようだ。
みなみはホッと胸を撫で下ろしていた。
自分では緊張してしまい、ここまでうまく話せなかっただろう。
そのほんの一瞬の隙が、一大事を巻き起こす事になろうとは、ニックにもみなみにも…そして、伊織にも分からない事であった。




