第2章9
肌寒いな。
伊織が目を覚ますと、ハンガーやら物干し竿が目に入ってきた。
それもそのはずで、みなみとの格闘中にベランダに逃げると、鍵をかけられ、部屋から閉め出されてしまい、一夜をベランダで過ごす事となったのであった。
流石に下着などは干していないし、何もないベランダに放り出すような鬼ではない。
枕や布団、毛布を投げ渡した後、彼女は直ぐに美優姫を起こして寝室に行ってしまった。
「風邪ひいたらどうするってんだよ」
頭をかきながら上体を起こす伊織。
ポケットに入れていた携帯が鳴ったのは、丁度その時であった。
「・・エルザか?朝から何のようだ?」
「その様子だと今起きたな。もしかして昨晩はお楽しみだったとか?」
「んなわけねえだろ」
「ならば単なる寝坊か?」
「あぁ?何を言って・・や・・ゲッ!?」
エルザからの不思議な問いに、時刻を確認すると、すでに12時を回っていた。
「まぁ気にするな。時差ボケだろうからな」
「・・悪い」
時差ボケなのかはともかく、寝坊してしまったのは事実の為、伊織は素直に謝罪する。
しかし、今日はみなみと美優姫の下で働くはずであり、エルザからの電話は意外であった。
「何かようだったのか?」
「ん?あぁ。なぁ伊織?私の事が好きか?」
「は?」
「ん?だから私が好きかと聞いている」
一体自分は、何を言われているかが分からなかった。正確に言えば、何故、突然そんな事を聞いてくるのかが分からなかった。
「・・恩は感じている。今こうしていられるのもエルザのおかげだ」
エルザがいなければ、ここでこうしている事は出来なかっただろう。
また、エルザがいたからこそ、自分は力を手に入れた。
力を手に入れたのは、伊織の才能と努力の結果なのかもしれない。
しかし、きっかけと機会を与えてくれたのは、間違いなくエルザである。
「ふふふ。なら私に恩を返す必要があるな」
「・・・何かあったのか?」
いつものエルザとは違うように感じられたのは、決して気の所為ではないはずだ。
しかし自身を持って、違うとは言い切れない。
何故なら、彼女とは1年間しかともに過ごしていないのだから。
「今夜シーサーが動く」
「・・・!?」
心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
シーサー。忘れもしない両親のカタキ。
「今すぐ打ち合わせをしたいから、すぐに来てくれ」
「了解した」
エルザが何故、あんな事を聞いてきたのかという疑問は、伊織の中からすでに消え去っていた。
彼が警察官を志したきっかけ、彼の長い旅のゴールとも言える元凶の一人。
やっと殺れる。
『この日をどれだけ待ち望んでいたか』
彼の口元が、ニヤリと微笑んでいるのを想像しながら、エルザは携帯をポケットにしまった。
ーーーーーー
エルザからの連絡を受けた伊織であったが、未だにベランダに閉め出されている状態であった。
仕方なく、カーテンの隙間を覗くと、美優姫と目があってしまう。
美優姫は、右手を口元にあてながら、ゆっくりと喋りかけてきた。
しかし、伊織は現在ベランダの為、何を言っているのか分からない。
仕方なく、美優姫が何を言っているのか見ていた。
「ん?の・ぞ・き、ち、違うわ!!」
美優姫の口元を読んでいた伊織は、慌ててベランダの窓ガラスを叩いた。
しばらく待っていると、ガラガラっとベランダの窓と一緒に、シャーっとカーテンも開いた。
「真昼間っから覗きとは、いい度胸じゃない」
そこには、仁王立ちしているみなみの姿があった。伊織は頭痛を覚えながらもエルザから電話があり、急いで本部に行かないといけない事を伝えた。
ーーーーーーー
本部に着き、厳重なセキュリティを抜け、エルザの部屋に行く三人。
「おはようさん。良く眠れたかな?」
三人は部屋に入るなり、エルザからそんな質問をされる。
寝坊に対してなのか、異性と過ごした事に対してなのかは分からないが、おそらく茶化しているのだろう。
「ひ、冷やかさないで下さい」
伊織がそんな事を考えていると、彼の隣に立っていたみなみが、顔を赤くしながら注意する。
「ふふふ。まずはかけたまえ」
エルザは満足したのか、時間が惜しかったからなのか、話しはこれで終わりと三人に席に座るよう指示を出す。
「これから三人には、重要な任務についてもらう」
先ほどまでとは違い真剣な表情と声で、エルザは三人に告げる。
伊織はエルザから電話を受けている為、特に驚かなかったが、みなみと美優姫は驚いていた。
「任務ですか?失礼ですが、私達は今現在任務中です」
みなみの言うように、みなみと美優姫は現在、大統領選挙についての任務を受けている。
今日は夕方から行動しようと考えていた為、ゆっくりしていただけであり、決して仕事をサボっていたわけではない。
「重要なと言っただろ?」
「し、失礼しました」
エルザに優しく注意され、みなみは頭を下げた。
「君達にやってもらう任務は護衛任務だ」
「・・・護衛・・ですか?」
みなみは不思議そうな顔をしながら、エルザの返事を待っていた。
みなみと同じ気持ちなのか、美優姫も不思議そうな顔をしている。
無理もないだろうなと、二人を見ながら伊織は考えていた。
AGRは、内部の不正を正す立場にある機関である。決して、誰かの護衛任務などに着く機関ではないはずだ。
その事に対し二人は、戸惑っているのだろう。
「本来であればシークレットサービスやFBIに任せるべきなのだが、相手が相手なだけに無視はできん」
冷静に見ていた伊織であったが、次の言葉を聞いて、彼は冷静ではいられなくなってしまう。
「護衛対象はニック副大統領だ」
「・・・え?」
エルザの言葉に、耳を疑う三人。
シーサーを護衛するのかと、伊織は考えていたのだが、出てきた人物は別でありまた、大物中の大物であった。
「ま、待って下さい!!ならば尚更、シークレットサービスとかに頼みましょう!!」
みなみはエルザに提案する。
自分達には荷が重すぎると。
「いいかみなみ。我々は何だ?」
「・・AGRです」
少しだけ間が空いてしまったのは、エルザに怯んでしまったからである。
「では美優姫。AGRは助けを求める声に、手を差し伸べないような、腐った組織だろうか」
「違います」
「そうだ。我々は助けてと求められたのならば、命を捨ててでも助け出す義務がある!」
『ハッ!!』
エルザが立ち上がり、気合いの入った声をあげると、三人はすぐさま立ち上がって敬礼の姿勢を示した。
「みなみは聞いたな?何故、我々なのかと」
「ハイ!」
「副大統領が我々に助けを求めたという事は、そういう事だと理解したまえ」
「申し訳ありませんでした」
つまりは、シークレットサービスやFBIに、狙われている可能性があるのだろうと三人は思った。
シーサーはどうした?と、伊織はエルザを睨みつける。
伊織の視線から、騙しやがったな!という事を言いたいのだろうと理解したエルザは、三人に背を向けながら今回の目的を告げる。
「ニック副大統領を狙っている犯人は、シーサー大統領だ。いいか、もう一度言うぞ。犯人はシーサー、シーサー大統領だ」
その言葉に固まってしまう少女が二人。
そして、殺意をみなぎらせる青年が一人いた。




