表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界は「 」にあふれている  作者: 伊達 虎浩
14/32

第1章13

懺悔なシーンがございます。

 

 伊織に向かって、駆け出すシャオロン。

 なめているのか、自信家なのか。

 シャオロンは何のフェイントもいれず、真っ直ぐ伊織に向かって突進してくる。


 ボクシングでいえば、右ストレート。

 空手でいうのであれば、正拳突き。

 何がそんなに楽しいのだろうか。

 シャオロンの口元はずっと、笑顔であった。


 シャオロンが突っ込み、右腕を振りかぶると同時に、伊織も構える。

 右手を左アゴ付近にあげ、左手はおへそ部分にあてる伊織。


「ヒャハハ、ハ、ハー」


 奇声をあげながら突っ込んでくるシャオロン。

 伊織は、シャオロンの攻撃をかわすのではなく、右側へ()()()()()


 受け流す事によって、シャオロンの態勢を崩し、反撃しようと考えての行動だったのだが、シャオロンは右腕をそのままの勢いで振り切り、左足を回し蹴りの要領で、伊織の顔面めがけて、繰り出した。


「・・・・。」


 伊織は無言で、シャオロンの左足を掴むと、宙へとぶん投げた。

 空中へと飛ばされるシャオロン。


 伊織は後ろにバク宙し、ロープの反動を最大限に生かし、宙へと跳躍する。


 シャオロンが最高到達点に達する前に、その上へと到達した伊織は、くるくる回転しながら、シャオロンの腹部めがけて、かかと落としを繰り出した。


「終わりだ・・・ッ!?」


 腹部にあたる直前に、シャオロンは腹部を守るように脚を曲げ、伊織に両足の裏を見せる。


 伊織のかかとが、シャオロンの両足の裏にぶつかる。

 ぶつかると同時に、シャオロンは曲げていた脚をピンっと真っ直ぐ伸ばした。

 上手いこと、伊織のかかと落としの威力を殺したのであった。


 地面に吹き飛ぶシャオロンと、上空に飛んでいく伊織。


 このままではマズイと、伊織は上空で舌打ちをするのであった。


 伊織とシャオロンの衝突を見ていた観客は、ただただ漠然とその光景を眺めていた。

 瞬きすら許さない、無論、トイレなど論外だ。

 静まり返る会場内で、激突する二人の男。

 ヤジを飛ばそうにも、応援をしようにも、声を出した瞬間、喉仏を持っていかれてしまう、そんな張り詰めた空気が漂っていた。


 ーーーーーーーー


 地面に衝突する寸前に、シャオロンは両手を真っ直ぐ地面に向け、地面に衝突したと同時に、手を曲げて勢いを殺し、前方に転がっていく。

 一方伊織は、ただただ地面へと落下するだけであった。


 前方に転がるシャオロンは、ロープ付近になると、そのままの勢いでロープに跳躍し、ロープの反動を使って、伊織めがけて飛び蹴りを繰り出した。


 下へと落下する伊織に、右斜め上空に飛んでいくシャオロン。

 伊織は、シャオロンを迎え撃つ為に、上空で構える。

 どちらが有利かといえば、伊織だろう。

 メイは二人の戦闘をみながら、そんな事を考えていた。


 右斜め上空、つまり↗︎(こう)飛ぶシャオロンは、→にも、↘︎にもなる。

 一方伊織は、↓のみである。


 二人の意思に関係なく、重力の関係であった。


 みるみる内に二人の距離が縮まるも、メイの予想通り、シャオロンの高度は下がっていく。

 おそらくシャオロンは、伊織の顔面めがけて、飛び蹴りを繰り出したはずだが、このまま向かって行っても、伊織の膝下ぐらいだろう。


 伊織は、攻撃態勢に入る。

 右腕を天にかかげ、左手を下に向ける。

 シャオロンの右足首を、左手でガッシリと掴むと、かかげていた右腕を、思いきっり下へと振り落とした。


「ガハッ・・」


「・・・終わりだ」


 伊織は、ここで決める!と考え、いつもなら振り落としたと同時に、足を解放し、地面へと叩きつけるのだが、足を離さず、何度も何度も右腕を振り落とした。

 狙うは一箇所。

 シャオロンの心臓。


 落下する二人の男。

 時間にして数十秒足らず。

 その間に繰り出した伊織の手数は数十発。


 地面に激突すると同時に伊織は後方へと下り、シャオロンを見下ろしていた。

 ピクリとも動かないシャオロン。


「悪いな・・・」


 両手をポケットに突っ込みながら、伊織はボソリと呟き、リングを降りようとしたその時であった。


「ガハッ・・ハァ・・ハァ・・いい。いい。ハハハ」


 リング中央で大の字で寝ていたシャオロンは、高らかに笑い出す。

 伊織がクルっと後ろを振り返ると、シャオロンはスクッと立ち上がる。


「生きている・・生きていると実感できる」


 右手で心臓がある左胸を押さえ、ニヤリと微笑んだ。

 伊織はウンザリした表情で、シャオロンに語りかけた。


「・・諦めろ。今のでわかっただろう?」


 だから、降参しろと。


 捕まえるか消せと言われている伊織であったが、今の攻防で、このままでは長引いてしまうと判断した。


 シャオロンに伝える。

 勝ち目は無いのだから、やるだけ時間の無駄だぞと。


「諦めて、死ねとおっしゃるのですか?それは無理な話しですね。ふふふはははは」


 確かに・・。

 偶然死なないという可能性もある。

 死ぬと解っていても、勝ち目などないと解っていても、やってみないと解らないという言葉がある。


 しかし、それは嘘だ。

 死にたくないのであれば、動ける内に逃げる事に全力を注ぐべきだ。

 致命傷を負ってしまってはそれすら出来ないのだから。

 まぁ逃げ出しても、なつきやあいが捕まえるだけなのだが・・。


 伊織はシャオロンの評価を下げた。

 この男は子供だ。


「次は剣術でお相手願います・・ククク。アハハハハハ」


「・・・やれやれ」


 どうやら、無駄な時間を過ごす羽目になりそうだ。


 ーーーーーーーーーー


 一人の男が、リング上にいる伊織に向けて声をかけた。

 それはマナー違反の行為である。

 しかし、彼はそれを承知で声をかけたのであった。


「・・もういい。もういいだろう!!」


 伊織の耳にはしっかりその言葉が届いていた。

 しかし、伊織はそれを完全に無視した。

 武術でならこうはならなかっただろう。


 シャオロンの右腕の皮膚が剥がれ落ち、骨が見えてしまっている。

 無論、剥がしたのは伊織であった。

 間近で見ている司会の男は、嗚咽のあまり、顔面蒼白であった。


 シャオロンが伊織に接近すると同時に、シャオロンの身体の一部が無くなっていく。


 親指に始まり、右の耳、左の耳、まるで()()の解体ショーを見せられている、そんな闘いであった。


「・・まだ・・です・・まだ・・」


 本当に、無駄な時間であった。


 見ている者はほとんどいなかった。

 嗚咽を漏らす者。

 顔を伏せ、見ないようにする者。

 耳を塞ぎ、何も聞こうとしない者。

 観客は、伊織の一方的な攻撃をただただ眺めていたのだが、ある事に気付いていた。


 やろうと思えばいつでもやれる。


 それなのに何故かやらない男。


 これは罰だ。


 誰に?


 自分達に対してだ。


 伊織の不可解な行動を、観客のほとんどが理解していた。

 血が飛んでくる恐怖を知っているか?

 痛がる男の悲鳴、奇声にも似た声を知っているか?


 知らない?


 なら俺が見せてやる。


 自分達が、何に手を出してしまったのか?


 シャオロンを使って、伊織はメッセージを投げかけているのだった。

 味方のメイだけは、伊織を見続けていた。

(寂しい目・・・)

 無論、シャオロンが傷つく所だけは、目を伏せてしまっていたのだが・・。


「ホラ、喜べよ。見たいんだろ?賭けたいんだろ?人が傷つく所を。人が死んでいく所を。ホラ、騒げよ。いつもみたいによ」


 返り血を浴びる青年の声はとても静かであった。

 しかし、自分達はその声が、とても大きく、とても重たく感じられる、そんな声であった。


 ーーーーーーーーーー


 どれくらい続いたのだろう。


 自分達に課せられた天罰。


 しかし、終わりは突然やってきた。

 シャオロンの左腕が観客席に飛んできた時である。


「・・すみません。もう限界です」


 そう言い残すと、右手に持っていた剣を床に落とし、リングへと倒れ込むシャオロン。

 伊織もまた、剣をリングに突き刺し、シャオロンの元へと歩みよった。


 前に倒れうつ伏せ状態のシャオロンを抱き起こし、仰向け状態にする。


「ハァ・・ハァ。ありがとうございました」


「・・何故だ。何故、逃げなかった」


 伊織にそう言われたシャオロンは、伊織に答える。


「伊織さん。これは代償なのですよ」


「代償?一体何の?」


「フフフ。夢ですよ」


「夢?」


「夢を・・奇跡を・・」


 シャオロンは気づいていた。

 やろうと思えばいつでもやれる伊織の不可解な行動の意味を。


「貴方で・・よかった・・」


「そうか・・すまなかったな」


 両耳がないシャオロンに聞こえているのかは解らない。

 しかし、シャオロンには解っていた。

 聞こえていた訳でもなく、唇をよんだわけでもない。

 剣をまじえ、会話をする内に、伊織ならこう言うだろう、こう答えるだろうと、予測してのものであった。

 とても寂しい顔で、剣を振るう伊織。

 メッセージを受け取ったシャオロンは、それに応じた。


「私に・・生きていた理由を・・あた・・えて・・くださって」


 そう言い残して、シャオロンは静かに目を閉じた。


 シャオロンは死んでしまう。


 国軍から追われ、中国からも追われるシャオロン。


 死は免れない。


 かつて伊織は考えた事がある。


 死ぬのは仕方がない。


 人はいずれ死ぬのだから。


 死に方が問題なのだ。


 こんな世界の為に、実験動物なんて真っ平ゴメンだ。


 シャオロンに死ぬ理由を与える。


 ここのゴミ共に、見せてやる。


 だから・・。


 ーーーーーーーーーー


 横浜にある、人間競馬は二度とおこなわれる事はない。

 それのせいなのか、犯罪件数は上昇してしまう。

 シャオロンが死んでしまったからだろうか。

 しかし、後悔などはしない。


 それではシャオロンの死が、無駄なものへとなってしまうからだ。


 伊織は空を見上げながら、そんな事を考えていた。


 ーーーーーーーー


 その翌日、伊織は空港へと来ていた。


「アメリカに行くんですか?」


「あぁ。ある司令でな」


 メイの質問に、伊織は面倒くさそうに答えた。


「ところでなつきはどうした?」


「ある事件があるとかでな。伊織によろしくだとさ」


「そうか・・例の事件は?」


「民間の事件だからな。ウチらは手をひいたが、まぁ大丈夫だろう」


 あの後、観客は全員逮捕された。

 伊織とメイは、あいの指示に従い身を隠し、なつきの指示のもと、警察が動いた。

 事件はめでたく解決し、メイは中国へと帰還する事になり、伊織は財前より、アメリカに行けと命じられ、空港へと来ていた。


「じゃぁ行ってくるわ・・」


「・・い、伊織!!」


 メイはそう言うと、伊織に飛びつき、口づけをする。

 驚くあいと、固まる伊織。

 道行く人々が、ワァーっと歓声をあげる中、メイは一言だけ呟いた。


「・・謝謝」


 ありがとうと。


「・・メイ!」


 顔を赤くしながら、中国行きの搭乗口に向かうメイに向かって、伊織は叫ぶ。

 後ろは振り返らない。

 嫌、恥ずかしすぎて振り返れなかったが正しいだろう。


「またな」


 右手を挙げ、ヒラヒラと返事を返すメイ。

 伊織もまた、アメリカ行きの搭乗口へと歩きだすのであった。


 ーーーーーーーー


 香月・・伊織か。

 メイは歩きながら、思わず微笑んでしまう。

 不思議な男だった。


「お客様。こちらへどうぞ」


 キャビンアテンダントに、受け付けで部屋に案内されるメイ。

 自分は軍の関係者なので、銃などを所持している為、別室に案内されるのは良くある事なので、特に気にせず、別室に移動するメイ。


 金属探知機ではひっかかってしまう為、別室で全裸になるのだが、見るのは当然同性だ。


「え?」


 上着のボタンに手を伸ばした所でメイの意識は無くなってしまう。


 ーーーーーーーー


 ここは・・何処?

 部屋は真っ暗な為、辺りを見渡しても解らない。

 頭をさすりながら、メイはゆっくり立ち上がる。


「誰!!」


 人の気配がすると感じたメイは、気配がする方へと声をかける。

 すると声をかけられた人物はメイに返事する。


「私かね?私は・・」


 ゆっくり歩みよるその人物は、こう呟いた。


「私は、愛国者だよ」と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ