第1章10
残虐なシーンなどございます。
苦手な方は、ご遠慮ください。
メイに連れられて、やってきた場所に伊織は戸惑いを隠せずにいた。
丸い円の中に、プロレスのリングみたいなのが置かれていて、その周りを沢山の人が席につき、中央のリングで戦う二人の男を観戦している。
「おい。ここは何だ」
伊織は隣にいたメイにたずねたが、答えは大歓声によってかき消され、大歓声につられて見た光景に、伊織は絶句してしまった。
「・・狂ってやがる」
中央のリングの上で雄叫びをあげる勝者。
その雄叫びに答える観客。
敗者の男は中央のリングで、首を90度曲げ、首だけ天井を向くように死んでいた。
メイは見ていられないと、口元を抑えてしゃがみ込んでしまったが、伊織は中央のリングを見ていた。
勝者の男の顔が、見覚えのある顔だったからである。
「あの男・・まさか”ダニーローズ”じゃないか」
国際指名手配中の男である。
伊織は捕まえようと動こうとしたが、しゃがみ込んでいたメイに手を引っ張られた。
「何をする」
「それはこっちのセリフです。伊織、入る前に言ったじゃないですか」
メイは伊織の手を掴みながらスッと立ち上がり、伊織の目をジッと見つめる。
何があっても冷静でいろ。
これがメイがここに来る前に伊織にだした言葉なのだが、伊織はメイに嚙みついた。
「この状況で落ち着いていられるのか!」
この女は何を言っている?
この状況で落ちついている方が異常だ。
伊織の目つきが鋭くなり、メイを怒鳴りつけようとしたその時であった。
「お待たせ致しましたーー!モニターにご注目下さい」
『ウォーーー』
何処からか現れた司会の男が、中央のリングで場内アナウンスをしている。
それに答えるかのように捲き上る歓声。
胡散臭いハート型のメガネに、安っぽい白いタキシード。
司会の男は、タキシードからハンカチを取り出し、鼻をつまみながら、死んだ男の顔を踏みつけ、アナウンスする。
「さぁ!楽しんでいただけてますでしょうか?」
『待ってたぞー!』
『今日は勝たせてもらうからな!!』
『そのメガネ似合っていないぞーー』
『アハハハハ』
司会の男に答える観客。
伊織の握り拳が震えている事に、メイは気づいた。
モニターに並ぶ、複数の男の写真。
その下には✖️2.5などの奇妙な数字。
「クソが!!」
伊織の血管が今にもブチ切れそうになる。
先ほどの『勝たせてもらう』と言う発言。
モニターに並ぶ奇妙な数字。
気づいてしまったのだ。
こいつらは賭けてやがる。
ここは横浜裏闘技場。
そして今現在、伊織の目の前でおこなわれているのは競馬であった。
しかし、ただの競馬ではない。
誰が生き残って誰が死ぬか。
人間格闘競馬であった。
司会の男が、初めての方に向けて〜っと解説をしだした。
伊織は、司会の男を睨み殺すかのような殺気と共に、耳を傾ける。
ルールは通常の競馬と変わらない。
写真に書かれている数字はオッズと呼ばれるものである。
2.5という数字に100円賭けたとして、もしその男が勝ったら、250円になって返金される。
数字は司会の男が決めたものなのか、その裏にいる連中が決めたのかは、伊織には解らなかった。
しかし写真をみて、何人か指名手配の男の顔を見て、理解した。
「犯罪件数・・なのか?」
ぽつりと呟く伊織の言葉。
実際は、犯罪の重さが数字になっている。
殺人者と万引き犯では、当然殺人者の方が強いと思うだろう。
それでも・・。
人として、踏み外してはいけないものがある。
しかし、自分にそんな綺麗事を言える権利はない。
伊織もまた、人を殺している。
俺は、こんな奴らより下だというのだろうか。
ワイワイ騒ぎ、誰が勝つか話しあっている観客を見下ろしながら、伊織は考える。
このクソどもは、人を賭けるという罪を犯してはいるが、人殺しではないだろう。
仮に、伊織とこの観客達が、この人間格闘競馬に参加させられたとしたら、伊織は2.5のオッズ側で観客達は10倍以上のオッズがつく。
しかし、もし伊織が人を殺していなかったとしても2.5のオッズがついただろう。
みなみやなつきなど、かつてのクラスメイトもそうだが、警察関係者もまた、捕まえた件数によってオッズが決められる。
だがこれは、伊織が知らない事だった。
「通常の競馬と何も変わりません!馬に飽きた同胞よ!どうぞ楽しんで行って下さい」
司会の男はそういいながら、右手を心臓の部分に添え、左手は真っ直ぐ下に伸ばし、姿勢を正して一礼する。
これがお決まりなのだろうか。
司会の男に向けられて、拍手が雨のように降り注ぐ。
無論、伊織とメイは拍手などしない。
辺りを見渡しながら、シャオロンの仲間がいないか警戒する。
辺りをキョロキョロ眺めていると、電光掲示板がある事に気付いた伊織。
「あの10億という数字は何だ?」
伊織はメイの耳元で囁く。
観客の歓声で、聞こえないだろうと思っての行動だったのだが、何故かメイはヒャッと言う奇妙な声と共にビクっと体が震える。
「み、耳は弱いんです!やめて下さい」
「・・・?」
どういう意味なのかは解らないが、怒りだしたのを見て、自分が悪い事をしたのかもしれないので、一応謝罪する。
メイは顔を赤くしながら、伊織の質問に答えた。
「アレはシャオロンが負けた時、支払われる金額です」
メイの話しはこうである。
シャオロンがあまりにも強い為、競馬にならない。
そこで、トーナメントが開催され、優勝者がシャオロンに挑戦する権利を得る。
シャオロンに勝てば、10億の半分が勝者に、残りの半分を観客に分配するというものであった。
だが、それでもシャオロンが強い為、観客はシャオロン戦は一種の余興だと思いながら、賭けずに観戦するのだが、もしシャオロンが負けたなら、500万が手に入ると思うと、つい足を運ぶのだと言う。
「なるほど」
「何か解ったのですか?」
メイの話しを聞いた伊織の発言に、メイが聞き直す。
伊織は首を横に振りながら、メイの質問に答えた。
「あぁ。ここの連中はもう救えない」
一種の興奮状態と呼ぶべきなのだろうか。
ギャンブル依存症と呼ぶべきなのだろうか。
何て呼べばいいのか、うまい言葉が見つからない。
しかし、解った事が一つだけある。
人が死んだのを見て、歓声を上げるクズに、救いの道はもう残されてはいないと言う事であった。
伊織は、胸ポケットの拳銃をメイに預ける。
何故?と思いながらも、メイは渡された拳銃が、観客に見つからないようにと、急いで服の中に隠した。
そんな、二人のやりとりがおこなわれている最中でも、試合は進んでいく。
殴り、蹴り、投げる。
その度に捲き上る歓声とヤジ。
伊織はずっと中央のリングを見ていた。
メイは、死ぬ瞬間だけは見たくないと、時には目を伏せ、たまに伊織をチラっと見る。
いくつかの試合が終わり、優勝者が決まった瞬間であった。
先ほどの司会の男が現れ、マイクパフォーマンスが行われる。
「レディーエーンドジェントルメン」
癖の強い英語と巻き舌で、司会の男が喋りだすと、会場は静まり返っていく。
シャオロンの登場であった。




