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 あと一息。

 この一連の文言が完成すれば……。

 “野仲頭部ビル”の巨顔が、偽物の表情筋を戯画的に吊り上げて。

「消、え、失、せ、ろ」

 何本もの光柱が、僕の周囲でわだかまり、放出の時を待っている。僕一人を、間違いなく、跡形もなく消し去るために。

 けど、

鳳凰絶空切(ほうおうぜっくうせつ)!」

 天田が、僕を抱えて飛翔した。

 お互い巨人と化している今、勢いも前回とは桁違いだ。あっという間に成層圏近くまで来た。

 一寸遅れて、僕の立っていた場所が、白光に消えた。

 ああ、市役所が飲み込まれた。

 僕の家も……あと何分かで呑まれそうだ。

 そうなる前に、この魔法を完成――、

 遥か眼下、野仲頭部ビルが僕らを指さしたのが見えた。

 次瞬、風の流れが激変した。

 なんか、上から吹き下ろすような。

「やべっ!」

 何かに感づいた天田が急に叫ぶと、僕を投げ捨てた。天田の姿がぐんぐん遠ざかっていく。

 そして。

 そして、

 天田が、一瞬にして地表に叩き付けられた。

 見えない何者かに引っ張られたかのような、凄まじい落下速度だった。

 途方もない地鳴り。ほとばしる血。

「あ、あ……」

 引力・斥力……重力の魔法か。

 僕の脳内の、どこか片隅で冷静な分析が聞こえる。

「天田、天田ッ!」

 天田は、地面に引っ張られて墜落したんだ。

 五体がグズグズに裂け、折れている。

 けど、まだ生きているようだ。痛みを押し殺しながら、立ち上がろうとしていて、

「潰、れ、ろ」

 無情な詠唱。

 天田を中心に、街の一キロ四方がお椀型に潰れた。

 天田の身体は散り散りに裂けた。

 バラバラになったパーツのどれも、見る影もなく潰壊(ついかい)している。

 食い散らかされた残飯みたいに。

 間違いない。

 

 天田は、死んだ。

 

 ……、…………、

 野仲頭部ビルの、造られた双眼が、僕に向く。

 今までの僕たちは、単に運が良かっただけだ。

 いわゆる"初見殺し"と言うものに遭遇せずに済んでいた。

 対策の暇もなく、一発で殺される事態。充分、予想できていた事だ。

 けれど。

「神尾。潰れ――」「ザップ・マカブル!」

 野仲の声に、別なしわがれ声がかぶさった。

 突如現れた黒い巨人が、野仲の頭部ビルに飛び蹴りを叩き込んだ。

 必殺技・ザップ・マカブル。

 相手の頭部と自分との因果を結ぶことで、必ず頭部に蹴りが命中する。文字通り必殺の、魔法体術だ。

 野仲頭部ビルが、軟体のように大きく傾ぐ。

 この恐ろしい飛び蹴りを繰り出したのは、

 

 さっき、光柱の中に消えた、沖村さんだった。

 

 必ず頭を蹴り砕く、必殺のザップ・マカブル。

 それも、黙示録の騎士が持つ、魔物並みの膂力(りょりょく)での打撃が、まともにクリーンヒットするのだ。

 およそ生物である限り、どんな相手でも即、死に至る。

 けど、野仲――この街そのものが相手となっては、さすがに威力が足りなかった。

 地響きを立てて着地した沖村さん。

 その僅かな筋肉の硬直めがけ、街の槍が伸びる、

 けど。

刹那万戦撃(せつなばんせんげき)!」

 聞き慣れたシャウト。

 凄まじい颶風(ぐふう)

 野仲=小谷辺町の体から電柱を引き抜くと、それを棍棒として振りかざしたんだ。


 天田が。


 沖村さんを刺し貫くはずだった街の槍は逸れて、野仲頭部ビルが、一瞬でタコ殴りにされる。

 流石にかなり痛かったのか、野仲頭部ビルは突っ伏して悶絶した。

 さっき死んだはずの天田と沖村さんが、僕のそばに陣取る。

 光の中に消えた沖村さんは生死不明としても、天田は完全に惨死体になっていた。

 そう思われる事だろう。

 けど、彼らの死は、確かに“無かったこと”になったんだ。

 僕達が発動した、アンチ・プロヴィデンスによって。

 この魔法を受けた人が死んだ時、その人の時間だけが死ぬ直前にまで巻き戻る。

 結果、死をやり直す事ができる。

 蘇生では無く、やり直しだ。

 グアムでの忍者の変わり身や、天使長・野仲の変身とは違う。

 分類としては回復魔法ではなく、時間操作魔法に当たる。

 これだけの大魔法は、流石に春花さんと穂香の協力が不可欠だった。

 穂香が心の消失=死を検知し、

 春花さんが持つ僕らの生体データを元に対象者を定義し、

 僕が時間を巻き戻す。

 いつかは一見(いちげん)で殺されるような場面が出てくるとは思っていた。

 だから、いわゆる“コンテニュー”を可能とする魔法を作った。

 けど、天田と沖村さんに効果を教えたのは失敗だったかもしれない。

 死んでもやり直せる。そう思ったからこそ、沖村さんはあんな無茶をして僕をかばったんだろう。

 実際に魔法が成功したからよかったものの、春花さんか穂香のどちらか一人でも欠ければ、この魔法は成立しない。

 彼らは、死んだまま二度と戻ってこれなかったのかもしれなかった。

 ただ。

 済んだことを反省する時ではない。

 野仲頭部ビルがゆるりと身を起こした。

 同瞬、僕の詠唱はついに完成する。


「虚空より来たりし虚無の回暦(かいれき)者よ。彼の地の墓標となれ!」


 空に、穴が開いた。

 真っ黒な穴が。


 ――カタストロフィ・エデン!


 僕が生み出した、禁断の魔法が走り出した。

 これを禁術とするのは、大庭青葉を憑依した時のようなしょぼい理由ではない。

 本当に、世界が滅亡するから使わないでおいた。

 ただそれだけだった。

 

 空に穿たれた穴から、赤熱する塊が顔をのぞかせた。

 直径一キロはあろうかと言う、隕石だ。

 大気圏を通さず直接転移してきた隕石は、少しも体積を減らすことなく、地表に食らいついた。

 瞬間。

 そこを中心に、野仲=小谷辺町の大地(からだ)が、文字通り消し飛んだ。

 法外な空振(くうしん)が、ありとあらゆる立体物の全てを薙ぎ払い、塵も残さず気化させた。

 まばたき一回。

 えぐれる過程をすっ飛ばして、ただただ広大な穴が大地に現れていた。

 地球の半分をくべて余りある火力が、野仲=小谷辺町全土を蹂躙する。

 ネットで前もって調べたけど、

 これまでの人類史上、単純な威力が最も強かった兵器は、旧ソ連が核実験を行ったツァーリ・ボンバ。威力は五〇メガトン。

 これは、第二次世界大戦時に“全世界で爆発した爆薬総量の十倍”にも相当すると言う。

 そのツァーリ・ボンバに対し、今僕が呼び出した隕石の威力は三〇〇〇万メガトン超らしい。

 終末の炎が荒れ狂い、粉塵が空を埋め尽くす。その為、氷河期が再来した。

 一連の絶滅イベントによって、果てしない暗黒が訪れた。

 黒色さえもない、真なる闇の中へ。

 ただ。

 それを観測していた僕達には、何も影響が無かった。

 何も聞こえなかったし、熱さも感じず。

 その桁外れな振動が、多少、僕らの居る次元に漏れてしまったくらいか。

 当然だ。

 こんな魔法を普通に使えば、僕らはもとより、本当に地球の何もかもを無意味なガラクタに変えてしまう。

 僕は、世界を滅ぼしたいわけじゃない。

 だから、この街の“野仲に侵食された部分”だけを別位相の空間に切り離して、そこに隕石を落とした。

 これによって、この街に住まう人や物体には一切の影響を与えず、侵食部だけに三〇〇〇万メガトンの破壊を加える事ができた。

 正常な細胞はそのままに、癌細胞だけを焼き切るかのように。

 使うつもりが毛頭なかった魔法だったけど、街そのものを吸収する天使長の在り様が、僕にこの使い方を思いつかせた。

 ここまでやれば、さすがに、もう、

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