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陰キャ、覚醒す 作者:聖竜の介
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プロローグ

 自己紹介をしようと思う。
 僕の名は、神尾庄司(かみおしょうじ)
 二七歳、フリーター。
 現在、大手ファミレスチェーン“メーア”に勤務。
 大学四年の頃から就職活動に入ったけど、間に合わず。
 一年の空白期間を経て、せめてバイトだけでもしなきゃ、という経緯だ。
 彼女居ない歴は、二七年。
 趣味は、漫画を描くことと、コーヒーくらい。
 いつか、漫画家かバリスタになって、人生逆転を狙いたいと思っている。
 三〇歳までには、何かしら結果が出るだろうか?
 全く手を入れていない黒髪は、一本一本が思い思いの方向に伸びている。
 顔も体もガリガリ。
 コミュニケーション能力はゼロ。
 親と昔馴染みの友達以外は、話すのも怖い。
 つまる所。
 巷で“陰キャラ”などと呼ばれる人種だ。



「おい神尾! いつまで皿洗いしてんだ!」
 店長の野田さんが、背後から僕を怒鳴りつけた。
「ゴールデンウィークをナメてんのか、ホール手一杯なんだぞ!」
 そうだ。
 この、シンクを満たす皿を全て洗い終わったら、僕はホールへ応援に行けと言われている。
 けど、皿一枚一枚の汚れは、しっかり落とさないと怖い。
 入って最初の一ケ月め、急かされるままに手早く皿洗いをしたら、汚れを見落とした事があった。
 そのトラウマがあって、何度も何度も何度も何度もこすらないと、洗った気がしなくて、
「もういい、皿洗いは置いて、ホールに行け」
 盛大な溜息をついて、野田さんが僕に命じた。
「お前、ここ入って何年目よ? 未だに皿洗いもできないとか、本気で立場考えた方がいいぞ」
「はい……」
 速く、そして正確に。
 それは僕にとって、完全に相反する要素だった。
 どちらかを立てれば、どちらかが犠牲になる。
 皿を確実に綺麗にしたいなら、念入りに洗う。そうすると、一枚あたりにかかる時間が多くなる。
 逆も然り。
 突き詰めれば、当然のことだ。
 確かに、修練によってこの二つを兼ねる事は可能なのだろうけれど。
「それに、俺がいちいち言わなくても“ホールに行かなければ!”って自分で気づくのが普通の大人だろ?
 言われた事を言われたままにしかできない奴は、このクソ忙しい店には向いてないってわかってるか?」
「はい……」
 口答えを出来る身分ではない。
 僕は、皿を間違いなく綺麗にしたかった。
 けど、結果的に店の利益につながっていないのだから、何も言い返せない。
「できないならできないなりに、先輩や仲間に教わろうともしない。自主性がゼロで、学ぶ意欲が感じられない」
「はい……」
「はいはいはいはい、相槌打ってればやり過ごせると思ってねえか?」
「ぃぇ……」
「いえって何? 何か反論あるなら、俺を納得させてみせろよ」
 はいと答えても、いいえと答えても、なじられる。
 じゃあ僕は、どうすればいいのだろう。
 確かこういう状況をダブルバインドと言う。ネットに書いてあった。
 目の前の、野田さんの叱責に頭のリソースが全部持ってかれて、何も建設的な考えが浮かばない。
「……時間の無駄だ。早く、ホールの応援にいってこい。
 春花(はるか)ちゃんが、一杯一杯でこなしてるからよ」
 野田さんは、肩を怒らせて、僕の立っていた位置を奪う。
 そうして僕は、すごすごとホールへと出ていく。



 食べ終えたお客の皿を、震える手で拾い上げる。
「あ、空いたお皿、おさげしますっ!」
 急がなきゃ。急がなきゃ。急がなきゃ。急がなきゃ。
 一秒でも早く、一枚でも早く、皿をキッチンへと持っていかなければ。
 それには、出来るだけ沢山の皿を手に持って、駆け足だ。
 この店にはお盆(トレンチ)が無いから、手で持つしかない。
 左手に三枚、右手にも三枚、素早くつかんで――、
 僕の掌の上で、皿が盛大に揺れて、落ちた。
 耳をつんざく、甲高い破砕音。
「ちょっと!?」
 お客さんが、目を剥いて立ち上がる。
 と、と、と、当然の事だ、皿を、皿を割ってしまったのだから、何とかしないと、挽回しないと。
「す、す、すみ、すみません!」
「大丈夫?」
 敏捷に、僕の方へやってきた女の子が一人。
 倉沢春花(くらさわはるか)さん。
 青と白の入り混じる、フリルエプロンの制服が愛らしい。
 肩まで綺麗に伸びた黒髪、ぱっちりとした瞳、化粧気が少ないのに滑らかな肌。
 高校生と言っても通じるくらい、未成熟な顔立ちだけれど、今はそれどころじゃない。
「ぁ……ぁの……、皿、割って……その……」
 彼女の容貌に気を取られて、目先の事に対する思考が止まっていた。
 しどろもどろに答える僕は、さぞかし無様な事だろう。
 春花さんは、でも、冷静に頷いてから、お客さんに頭を下げてくれた。
「申し訳ございませんでした。お怪我はありませんでしたか」
 取り乱す事無く、けれど、真心からの謝意を込めて。
 春花さんは、その透き通る声で謝ってくれた。
 僕も、慌てて彼女に倣う。
 情けない、事を起こしたのは僕なのに……。
「まあ、大丈夫だけど……。ちょっと、驚いたから」
 お客さんも興奮が冷めた様子で言ってくれた。
 ありがとう、春花さん。
 けど僕は、面と向かって言う事が出来ない。
 今は忙しいから、終業後にちゃんと言おう……。
 いや、やっぱり、やめておこう。話しかけてキモがられても嫌だし。
 ああ……キッチンに戻って野田さんに報告しなければ……。
 嫌だ。
 今から心臓が活発化してる。
 みぞおちの辺りが、重苦しい。
 喉が、圧迫されているみたいに感じる。
 また、なじられるんだろうなぁ……。



 いよいよ正午を迎え、客入りもピークを迎えていた。
 という事は、オーダーが次々に入ってくるわけで。
 キッチンでは、それだけの品数を、作らないといけなくなるわけで。
 今だ。
 調理の応援に行かなければ。
 午前、野田さんに言われた事。
 僕の自主性は、ここで試されるはずだ。
「キッチンに就きます! 何を作りましょう!?」
 意気込みを込めて、僕はキッチンに踏み込んだ。
 と、後輩――水野君が、その整った顔を上げて僕をじろりとにらんだ。
「……別に、オレらだけで充分です。今、こっちで神尾さんがする事はねえっすよ」
 大学で、フットサルに打ち込んでいる男だ。
 一応後輩としての礼儀を示しつつも、肉食的なオーラを放っている。
「で、でも、何か、フォローしたり……とか」
「いりません。
 てか、むしろ今はホールから抜けないほうがいいんじゃないですかね?
 今は三人でも保ってるけど、一四時まで、ぜってー気ぃ抜けませんって。
 いつもやってる事なんだから、お客の波とか傾向、感覚でわかるっしょ。ふつー」
 ……そうなのか。
 未来の事なんてわからない。
 けど、一つだけわかる事がある。
 今度いつか、僕が“一四時まで気が抜けないから”と、ホールの仕事を優先したら、“今はキッチン優先だろ”と言われる日が来るはずだ。
「……どうした? 何かあったのか」
 ……野田さんだ。
 この後、何を言われるのかも手に取るようにわかる。
 ほんとに僕の脳は、どうしてそんな事に対する先見性はあるのに、肝心の仕事では働いてくれないのだろう。
「神尾、お前、何勝手にホール抜けてんだ? 誰か、お前にそう指示したのか」
「……ぃぇ……」
「じゃあ何で勝手に行動した? “こうしていいですか”って聞いてから動くのが、普通、常識的な大人のやることじゃねえのか」
「……」
「何回も言ったよな。テメーで判断できなかったら、誰かに聞けって」
 はい。
 そして、言われるままに動いていてはダメだとも、何回も言われました。
「なあ、水野を見ろよ。
 お前よりも六つも年下で、入ってまだ一年だよな?
 しかも、専業のお前と違って、大学生だよな?
 それでもう、あんなにテキパキ動けてる。ミスもほとんどしない。
 三年以上もあいつよりアドバンテージあったのに、情けないと思わないのか。
 何で、お前はやらないんだ」
 やらないんじゃなくて……出来ないというか、やり方がわからないというか……。
「どうすれば使えるようになる。もう俺は疲れた、お前が教えてくれ」
 それがわかれば、きっと今の状況は無いのだろう。
「……」
 僕は、何も言えない。
「……、……」
 水野君の口元が、ごにょごにょ動いた。
 音にならない何かを呟いたのだろう。
 “ほんと使えねー”とか、そういう種類の言葉。
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