表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
reco240°  作者: いずも
9/30

-Biorhythm of 240 million- 2-1 出だし/結→起承転


 期待と不安の交差するは ―旅路

 嬋娟せんけんたる少女は ―浜路

 老いて登りし六道の天上は ―天路

 叶えと希い悩み苦しむは ―恋路

 玉石混淆、お眼鏡には適うだろうか。儚いだろうか。


...



 唐突な話だが、夢の中では予想だにしない人物と恋仲になっているということが屡々発生する。特別好きでもないアイドルや創作物のキャラクターと恋人同士だったり、見知らぬ誰かとドラマさながらの夫婦を演じてみたり。起きてから冷静に考えてみると有り得ない展開でも、夢の中では許容されてしまう。何故好きでもなければファンでもない、自分を主役とみなすならば名前が与えられているに過ぎない脇役扱いの人物と夢の中だけのランデブーを体験せねばならぬのか。

 この下らぬ疑問に解法を用いた結果、それこそが記憶の整理だという答えが導き出される。

 例えば、気の置けない友人との会話中に「○○と△△が付き合っているらしい」という情報を得たとする。それを聞き流したとしても意識的に耳に残したとしても、無意識のうちにその情報は脳に記憶されている。同様に、トーク番組で口の長けたお笑い芸人が憧れの女優は誰某だ、と答えていたり、あるいはドラマでデートシーンが流れていたのを視聴したとしよう。それが著名な人物かどうかはともかくとして、意図的に画面から目を背けない限りは見聞きしたこと全てが情報として飛び込んでくる。そういった無意識の積み重ねこそが夢に現れるのだ。意識していない情報だからこそ、断片的な情報を寄せ集めては矛盾だらけの世界を創り出す。それは「非現実」な世界であり、事実ではなく作話であることを思い起こさせる世界観なのだ。そして夢の中で整理された情報のうち、不要なモノは記憶から切除される。夢とはそういった仕組みなのだ。


 さて、本日二度目の「唐突な話」をしよう。

 健全な男子高校生であるならば、不純な動機をもってしてでも密かに想いを寄せる意中の姫君の一人や二人など存在しており、日々あれやこれやと妄想の海を泳いでいるモノだ。

 男子高校生という生き物は、中学の修学旅行での伝統行事ともいえる、部屋で繰り広げられる「好きな子誰だ」トークを経てしてもまるで成長していない。こいつらときたら電車の窓から外を眺めては、どこからともなく屋根に忍者を沿わせるが如く、一朝一夕の間にも妄想スキルに磨きを掛けている。登下校中にばったり出くわしたりしないだろうか、廊下ですれ違いざまに呼び止められないだろうか、放課後教室に残り憂鬱げに夕焼け空を眺めていないだろうか、などとさも実際に起こりえそうなシチュエーションを、万に一つの可能性として日々シミュレートしている。授業中にテロリストが教室を襲ったら、という戯れ言は中学で卒業するらしい。高校生にもなると、より現実主義にパラダイムシフトするのが一般的なようだ。

 普段は彼女(恋多きうら若き男子ならば場合によっては彼女ら、とでも表現しよう)の一挙手一投足に注意を払い、しかしその様態は露呈されず、さも平静を装う。難題により苦しむ彼女に救いの手を差し伸べたい、あわよくばお近づきになりたいというのが本音ではあるが、異性との会話に未だ抵抗の残る思春期の青少年では軽々しく声を掛けづらい。ここで抵抗無く会話出来るのが訓練された男子高校生、男子中学生との違いはここにある。人生の勝ち組になるか負け組になるかは、まずは高校生時代にかかっているのではないだろうか。轟沈していった者、一皮剥けた者、勝者も敗者もこの目でしかと見届けた。

 そんな一般論にも足りぬ持論を展開した後に述べるのも烏滸がましいことだが、自分とてその例外ではない。こんな拙い理論武装を振りかざしている奇弁家でも、偶には思春期特有の甘酸っぱく、損得勘定で考えずに行動し、物語の好機に淡い期待を抱きつつ、夕日に照らされた無垢な横顔に想いを馳せるのも悪くない。


 校舎という場所は鬱陶しい街の喧騒から剥離された閉鎖空間であり、その内部では流れる時間が日常のそれとは大きく異なる。特に放課後というのは生徒が学校内部で自らの役割を果たし、精神的に解放される校舎の外側に出るまでの時間として、公私どちらにも属さない特別な時間だ。もちろん校舎内にいる限りは生徒としての振る舞いを要求されるのだが、教師の目の届かぬ限りはプライベートな時間・空間を過ごすことが可能なのだ。言うなれば、昼休みの佇まいと放課後のそれとでは全く異なるのだ。これは偏に、昼休みならば背後に待ち受けるものが午後の授業という陰鬱な生徒としての役割なのに対し、放課後は生徒としての役目から解き放たれる下校という瞬間が訪れるからだといえるのではないか。昼休みは有限なのに対し、放課後は無限だ。その時間的・精神的なゆとりが恋を加速させるのだろう。

 教室の窓際で無言のまま僅かに口を尖らせ、参考書を片手に佇む聡明な彼女はまさしく深窓の佳人といったところか。西日を背に、俯き加減で頁を捲り、時々シャープペンを走らせる彼女の姿、その動き一つ一つがまるで機敏な精密機械のよう。無数の文字列を見つめるその真剣な眼差しと、光の加減でワインレッドに輝く色褪せた黒のヘアピンだけが眩しく映し出され、残りは背景と化した彼女の影を、部活動で右往左往している有象無象の影が無尽蔵に駆け回る。彼女が彼女たらしめる証左は左手に掲げられた参考書だけ。逆を言えば影が全てを覆い尽くしていても、その瞬間その場所で佇むのが彼女としての確固たる証となる。それを認めるのは自分だけであり、何人たりとも介入の許されない無限の空間なのだ。

 ここまで思わせぶりに詳述しておいて前言撤回をするようだが、先に述べた深窓の令嬢は自分の想い人とは別人だ。自分にとっての深窓の令嬢は別に存在する。それは年齢が一つ上の幼なじみであり、夜になると自室から星を見上げるのが似合うような、端麗でどこかロマンチストな女性である。容姿の整った幼なじみなど作り物の中だけの存在だと頓珍漢な野次を飛ばすのは結構だが、それ自体が妄言だと詰られては立つ瀬がない。これは残念ながら事実なのだ。

 夜更けに針の穴を通るよりも僅かな可能性を信じて徘徊している時に、明かりのついた自室の窓からひょっこり顔を出したところを漱石の云う「今夜は、月が綺麗ですね」と尋ねれば「私、死んでもいいわ」と四迷の如く応えて欲しい相手は彼女一人なのだ。そんなストーカー紛いのことを行うつもりは更々無いのだが、この程度の妄想の海を泳ぐことはご容赦願いたい。


 さて、本日最後の「唐突な話」である。ここまで語った唐突な話には勿論意図するところがあり、漸く点と点が線に繋がる瞬間が訪れるのだが、先ずは言い訳をさせて欲しい。

 所詮夢だ。意中の相手を夢に見ることは稀なことであり、大半は何とも思っていない誰かを夢に見るものだ。何とも思っていない相手なのだから夢の中の出来事は全く本人の望むことではない。心意ではなく相違である。そこで起こりえたことは出来心のようなものであり、浮ついた若気の至りと判断されるに充分、十二分に値する。この程度のことで心変わりするはずは無く、加えてこのような独白が何の意味も持たないことは承知している。それでも重圧に耐えかねて誰かに語らざるを余儀なくされるほどに痛悔の念に駆られている自分が居るのだ。そして元来信じてもいない神様に向かって懺悔した。ここまですれば存在しない神様も許してくれるだろう。うん、そうに違いない。

 言い訳が終わったところで閑話休題と洒落込もう。「唐突な話」の行き着く先についてだ。

 先ほど、夢を見たのだ。といっても目が覚めた訳ではなく、ここが夢の中だと理解しての発言である。夢というものは断片的に見られるものらしく、今現在ここに辿り着くまでが一つの夢として統一した世界観を持っていた。

 舞台としては放課後の教室、下校シーンとでも銘打っておく。そこで自分が主役を演じるのだが、これは夢の中で現実の日常を焼き直ししているようなものだ。この夢の時点では、これが夢だと認識していなかったため意思に反するものが多々見受けられる。繰り返すが自分の意思ではない。

 何故か殆ど会話を交わした記憶のないクラスメートと下校の待ち合わせをしていたのだ。初々しく手を繋いで校門から坂道を下っていく。現実なら周囲の視線を気にするところだが、夢の中では他者の視線など不要な情報でしかなく、意識しなければ他者それ自体が介在しない。二人以外は全てが背景に過ぎない。

 普段なら制服のまま寄り道など理性が許さないのだが、夢の中なのだから仕方ない。もしくは「一旦家に帰って着替えてきた」という情報を省略したのかもしれない。服装に関してはとんと記憶にないがこれといった支障もない。ショッピングモールで適当にアイスを買い、屋内のゲーセンに立ち寄りUFOキャッチャーでお目当てのぬいぐるみを入手したあたりまでは記憶にある。どこにそんなお金があるのかと自分のサイフに問いたいところだが、夢の中は融通が利くモノだ。

 空が赤く染まりだした頃合い、(というかそもそも下校時刻が夕方なのだが、時間経過の矛盾を問い質すことは無粋なこと。なんせ夢ですから。)薄暗く細い路地を二人して並んで歩く、二つの影だけが揺れるアスファルト――我ながら恥ずかしくなるような場面である。特に何もある訳でもなく、二人はそれぞれしばしの別れを惜しんで各々家路に着くはずなのだが、おかしなところがある。相手の住所など面識のない自分には分かるはずもないのに、とある交差点が二人の分かれ道だと知っていたのだ。これはおかしなことだ。よくよく考えてみると、その交差点は幼馴染みと遊んだ後に分かれる場所だったのだ。つまり彼女の家を幼馴染みの家と見なしていることになる。それどころか、そのクラスメートを幼馴染みとダブらせて自分は行動していたのかもしれない。

 なぜそんなことになったのか、明確な答えは導き出せそうにない。無意識のうちに彼女の情報が入り込んでしまったのならそれは不可抗力であり、むしろ必要な情報か不要な情報かを見出すために夢の中に登場させたのかもしれない。これといった確証はないが、夢の中の出来事が全て必要な情報だとは言い切れない。忘れるための夢だって存在してもおかしくない。目が覚めたら彼女に関する情報は最低限以外は忘れてしまっているのかもしれない。脳がそれを最善策だと判断したのなら従わぬ訳にはいかない。


 ここまで独白してしまうと、やけに清々しい気分になった。胸につっかえていたモノが取れて解放されたようだ。まさしく下校する生徒の心持ちと同じで、重圧に耐えて自由を手に入れた勝者なのだ。肩の荷が下りて、少しだけ疲れが押し寄せてきた様子だ。何となく、妙にけだるい。記憶の整理中に余計な物議を醸してしまったことが原因だろうか。

 さて、これが夢だと気付いてしまった時点で思い出したことなのだが、以前にもこうして明晰夢を見た記憶がある。その中身はこれといって覚えていないのだが、とりあえず見知ったような見知らぬような人物が出てきたことは確かだ。ちょうど今日の夢のような具合に。


「あれー、キミ前にも会ったよねー?覚えてる?」

 突然彼方から声が聞こえてくる。ふと周囲を見回すと、そこには放課後の教室と寸分違わぬ空間が構築されていた。

 今、自分が立っているのは2-6の教室の前。それを確認する術はないが、見慣れた校舎内の景色と毎日通っている教室を間違えるはずがない。仮にこれが本当は全く見知らぬ小学校だったとしても、この夢の中でだけは2-6の教室という設定になる。

 鈴を鳴らしたような可憐な声は教室内から響き渡っていた。何かを期待するような、しかし待ち受けるモノへの不安とが交錯した感情で満たされる。

 恐る恐るドアに手を掛けた。いつもの教室と同じ感覚だ。廊下も室内も電気はついておらず、仄暮れに西日で曝された教室には、視界の左端、最後尾の机のある窓辺に佇む長細いシルエットだけが映し出される。窓際にもたれ掛かっているその影は長髪で女子生徒の出で立ちそのものだ。

 その影が僅かに首を傾げた刹那、赤黒い光が飛び込んでくる。影の上部、ちょうど髪留めの位置。こちらに気付いて微笑んだ気がした。

 窓に寄りかかる左腕の先にはだらりと降ろされた手の甲が見えて、その左手は何かを掴んでいる。影で何も見えないが、今までの情報から類推するに、それが示すモノは明らか。

「やぁ、久しぶり。夢で会って以来だね」

 声の主は左手を持ち上げて大きく振ってみせる。頁の捲れる音と紙が風に揺れる音が静寂をかき分けて打ち鳴らされた。

 一歩ずつ、教室の中を進んでいく。邪魔な机を避けながら――正しくは、進路を妨害する机は「認識」の外側に置きながら――、暗がりの中心部へと向かう。影は何も語らず、静かに進路を譲る。まるでラスボスへの道のりを歩んでいるような気分だ。

 窓際で待つ影の元へと辿り着く。最後まで斜光に遮られてその姿を拝むことは出来なかった。

 対峙した彼女はやけに小さく見えた。自分の身長はそれほど高くも低くもない至って平均的な高さだが、高校生なら男女で10センチくらいは差があって然るべきだ。先の夢では気付かなかったが、実は想像以上に彼女の背は低いのかもしれない。実際に横に並んだことがないのだから確認しようがないが、恐らく誰かと比べてより低かった、程度の認識は持っているのかもしれない。

「キミにはどんなボクが見えているのかな。一応自己紹介しておくと、ボクはユメ、夢の世界の管理人だよっ」

 そう言って、彼女はちょっとおすまし顔で微笑んだ。それまで影に覆われていた彼女のシルエットがハッキリと映し出され、その姿は不可抗力かつ不可逆的に見た先の夢での交際相手そのままだった。

 彼女はこれほどまでに妖艶で美しい顔立ちだったろうか。恐らく、しっかりと彼女の顔を見たことがないからこそ、顔の構造で覚えていない未確定の情報は美化されて構築されているのだ。ミロのヴィーナスの腕がないことがその芸術性を高めている所為であることと同じように。そうやって理性で自分に言い聞かせることしか出来ない己の無力さを嘆くとしよう。

 彼女の言葉が以前の「夢」を想起させた。砂の夢とユメという彼女自身のことを。だが、彼女は明らかに以前見たユメとは別の姿をしている。

「ボクは見る人によって見える姿が変わるんだけど、同じ人でも夢の内容によって見え方が変わるんだよ。昨日と今日では違って見えるし、同じ日に見た夢の中でも場合によっちゃ変わるかもしれないよ」

 つまり、形而上の存在というわけか。夢の中という概念上を漂うさらに上位の概念とでも云うべきなのか。

「相変わらずキミは物事を難しく考えるのが好きだね……」

 あきれた調子で彼女が呟く。夢の中でも理屈屋なのは百も承知だ。


「ただ、ね。うん、なんていうか……キミも本能には逆らえないというのか、ねぇ」

 ユメは急に口ごもりながら、ためらいがちに言葉を続ける。しおらしい様子に少し動揺してしまったのだが、それを表に出さないよう努めるのは男子高校生としての嗜みだろう。冷静さを保ちながら、彼女の言葉の本意を探る。

 改めて彼女の全身を見返すと、予期せぬ展開に思わず赤面してしまう。彼女の影は先ほどまで、この学校の女生徒の制服そのものだったはずだが、今の彼女の格好は何故か下着姿なのだ。セーラー服の襟とスカーフ部分だけを残し、下半身はオーバーニーソックスでスカートは無しの上下下着姿、というのはどこのアダルトビデオのパッケージだと突っ込みたくなるほどよくよく考えればシュールな出で立ちなのだが、目の前に同年代の異性が肌を曝しているシチュエーションには流石に興奮を禁じ得ない。何とか理性を保てているが、脳内では「むひょー」と最早言語体系を成していない奇声が飛び交っている。いや、これも夢の中なのである意味脳内の出来事といっても良いのだが。

 心拍数が上昇し、体内を巡る血流が早まるのを感じられるほど自らの意識が集中していることを自覚する。息を荒げ、唾を飲み込む音がリアルに聞き取れるほど興奮しているのが分かる。しかしどこかその自分を冷静に見ている自分が居る。こんなにも性的興奮を露わにしていることが情けなく、馬鹿げているように思えるのだ。この二つの自分が同時に存在して、だがしかし両者がこの状況をただ静観している。天使と悪魔が葛藤するはずなのに、実は天使が腹黒くて悪魔の味方をしているような状態だ。

 意識を取り戻したかのように彼女と世界が再び動き出す。実際に意識を向け直したのは自分なのだと本当は気付いている。この夢を牛耳っているのは自分なのだから、自分が物語の展開を進めたいと思い意識を傾ければ夢の世界の時間が進み、持論を展開し始めると一旦夢の世界は小休止で、理論をまとめることに尽力する、そういったことが可能であり実際に起こっているのだ。

 頬を赤らめ、上目遣いで困惑と賤蔑の入り交じった視線を向けながらユメが口を開く。夕日に照らされ見え隠れする肌と影がやけに情欲的だ。しかし諸君、真に興奮を促すのはチラリズムでは無かろうか。あと一歩、非常に惜しいところまで来ている……何とも滑稽なものだ、自分の夢にダメ出しするとは。

「何でボクがこんな格好をしているのか……は多分、キミが一番分かってるだろうから、胸に手を当ててよぉーっく考えてみるといいよ。それともう一つ、キミには原因が分からないことで、キミの身に起こっている出来事があるんだ。いわゆる科学的には解明されていない部分だけど、理論大好きのキミならきっと気になるだろうから、その原因を究明する手助けをしようと思ってるけど……」

 途中途中で言葉を詰まらせながら、たどたどしく彼女は言葉を続ける。その格好が恥ずかしいからかと思っていたのだが、特に胸元などを隠そうともしない堂々たる態度から、口を噤む原因はどうやら他にあるらしい。こんな格好をしている原因は恐らく男子高校生の本能ですとでも答えておこう。

 何かが我が身に起こっている?科学的に解明されていない?それは非常に気になる言葉だ。是非とも詳しくお聞かせ願いたい。夢の中にいながら科学的に事象を証明出来ることがあるのなら、何とも興味深いものだ。一体この身に何が起きているのか。

「――夢精」

 !?


「キミは夢精のメカニズムが科学的に証明されていないことを知っているよね。その解答を導き出せるかどうかは分からないけど、その手助けとしてキミが今日見た夢をもう一度繰り返すためのシチュエーションを用意したんだ。夕暮れの教室から始まる、今晩夢の中限定での恋人との放課後デート。この夢の何処かに答えが……あるといいねっ!」

 彼女は多少投げやり気味に言葉を飛ばす。ちょっと待て、どう考えても恥ずかしいのはこちら側ではないか。夢精したなどとは親にすら知られたくないような出来事だ。むしろ今すぐ寝覚めさせろ、トランクスを交換させて下さいお願いですから。

「ここで夢から覚めたら、もう夢精のメカニズムが解明されることは無いかもしれないのに?そう何度も起こることじゃないのになぁ」

 何とも自尊心を傷つけられ、闘争心をかき立てられる物言いだ。そう云われると背を向けて逃げ出すわけにはいかない。というかまるでその原因を知っているかのような言い方が気になるところだ。

「え、いやそれは、ボクの口からはちょっと……」

 決して目を合わせぬよう視線を大きくそらしながら口ごもる。

 まあいい。やけに冷静な自分が居るなと思ったが、それが原因だったらしい。ここまで来たなら、このメカニズムを解明するまでは現実へは帰れない。そして目が覚めたとき、科学の偉大なる第一歩を踏み出した第一人者として大きく取り上げられることだろ、いややっぱ全世界へ夢精したことが知れ渡るなんてただの恥曝しじゃないか。匿名で実験結果を報告する程度にとどめておくべきだ。

 偉大なる証明へ向けて最初の一歩を踏み出す前に、改めて罪悪感を覚える誰かに対してメッセージを送っておこう。


 ……所詮、ユメだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ