くたびれた風景
脂汗が膜のように僕の肌をコーティングしている。視界も僅かながら狭まっているように感じた。
この磯子に向かう満員電車の中には人工的な涼しさが蔓延している。目の前の老人の頭部には大きな痣が見える。それは黒く、ざらざらとしたもので、土を固めて頭に貼り付けたようだ。老人は必死にドア付近のバーにしがみついている。
早くここから出たい。
目を瞑り安物のイヤホンから流れる音楽に意識を傾けているといつの間にか目的の駅が近づいていることが分かった。人が壁となって車内の電光表示は見えなかったため、イヤホンを外し、先程まではぼんやりとしか聞こえなかった音声案内に集中する。
何故5年間も乗り続けた電車なのに停車駅付近の風景を覚えることができなかったのだろう。
西口の改札付近に奴はいるらしい。いつも通りの待ち合わせ場所、いつも通りの20時。
「おう、どうもおつかれさん」と奴はスマホを眺めながら言った。
「うん、暑いねえ。とりあえず飲むしかないでしょう。」なんていつも通りの会話を交わす。
我々の行き先は安さだけが取り柄の居酒屋となった。これもまたいつも通り。
「あのさー。伊藤ちゃん。俺けっこう大きな決断したんだけど聞いてくれる?」と奴は大きな口でビールを飲み干してからいつもと同じような口調で言った。
「なに?」
大したことじゃないだろう。彼の手元にあるタバコの銘柄が変わっている。そのことか、仕事か、女、恐らくは....。