神様との会話
「あっ! 桜、蘭、おっはよー!」
寮から学校までの短い通学路を歩いていると、後ろから元気な声が聞こえてきた。振り返ると、梓が膝上辺りまで裾を短くしたスカート姿なのにめっちゃ走ってて、更に手を大きく振っていた。
「うん? ああ、梓か。おはよう」
「おはようございます、梓さん」
「あれ? 二人共、胡桃は? いつも一緒に行ってるよね?」
全力ダッシュっぽかったのに息の上がらない梓に内心若干驚きつつ(自分も蘭も完全なる人外だけど、どちらの種族もあまり足を使わない)、首を傾げる梓に答えを返す。
「何かね、昨日から忙しそうにしてて……」
「朝起きたら、もう出掛けたって……」
「何か予定があったのかな?」
昨日の様子を思い出しながら呟いたけど、どうだろう? 役員だしなあ、いつも忙しそうだし……んー?
蘭と顔を見合わせる。
「どうだろうね」
「そうですね。……あっ、あのーーー」
「どうかした? 蘭」
「昨日の事で……聞きたいことが、あるんですけど……良いですか?」
「質問? 良いよ良いよ。何でも聞いて!」
おそるおそる尋ねる蘭に、食い気味に飛び付く梓。いつもは質問をする側だから、頼られるのが嬉いんだろうなー。微笑ましい。
「昨日、そなた君が人形を操っていましたよね? その時に人形姫さんに主人はそなた君だって聞いたのに違いますって言われたの覚えてますか?」
「うん」
「その後で奏君と茜さんが名前を変えたら、当たっていたじゃないですか。あれって、どういうことなんでしょう?」
「えーっと……ごめん、桜にバトンタッチ」
数秒考え込み、困ったような瞳で梓がこちらを向く。あはは、そんな気はしてたけどやっぱりダメだったか。
「りょーかい。あれはね、多分なんだけど名前を知られない為なんじゃないかな」
「名前を知られない為、ですか?」
一応知識は持っていたので、頭の中で間違えないように言葉を選びながら説明する。
「そうそう。傀儡術って知ってるかな?」
「傀儡術……物とか人を操ったりする魔法の事ですよね。それと何の関係が?」
「傀儡術にはね、無詠唱型と詠唱型があるんだ。詠唱する方は、対象物の名前を入れてやらないと出来ないんだよね」
「えっと……あっ。そういうことですか」
詳しく説明するまでもなく、蘭の方は理解出来たみたいだ。さっすが! いや、梓をバカにしてるわけではないんだけれどね……?
「え、何なにっ? どーいうことー?」
「魔法を使う者は、他人に操られない為に偽名を名乗る必要があるってことさ。勿論、自分の名前と関連していないと発動しないけどね」
「あ、そーゆーことか……。ってことは、僕たちもー?」
「今はね。もっと強くなって操られない位に達したら、直せるらしいよ」
「そーなんだー……」
傀儡魔法なんて余程の出来事が無いと使えるようにはならないから、心配することなんて無いとは思うけどね。話を聞いて、少しぼーっとなる梓。何を考えているかは奏じゃないから分からないけど、そなたは平気だと思うけどなぁ。
いつだったか読んだ本の作者も傀儡術師の人だったけど、魔法を会得するまでに狂う人が多いらしいから、魂を吹き込んだ人形さんが支えてくれれば、会得したあとは大丈夫だって書いてあったような。
「だから、ソラハルカ様と呼ばれていたのですね」
「そそ」
納得した蘭に問われ、うんうんと頷き返す。
「誰にも操れないぐらい? それって、三葉の事だよねー?」
「三葉だけに限らないと思うけど?」
梓が復活した。
はてなマークを頭上に浮かべるのは、もはや日常だよねー。
「? 例えば?」
「学園長とか、三葉の妹の琴とか、かな……」
「ということは、全属性持っている方のみ、というわけですね」
「んーっと……あっ、それは僕にも分かるよー! 自分の持ってる属性を相手が持ってないと、上手く操れないから、でしょ?」
「もっと詳しく言うと、全属性を持っている相手を操ろうとすると、他の属性が反発して上手くいかない、だよ」
得意げに知識を披露するのには悪いけど、とか思いつつ付け加えると、梓はがっくりと肩を落とした。
「んあーっ、惜しかったなぁ………」
「話に夢中になるのも良いですが二人共、靴箱、通りすぎちゃいますよ?」
「わわっ! ホントだ」
「おっと、下履きのまま教室へ行くところだったよ」
危ない危ない。うっかりで何かをしでかしてもどうにかなるような感じはあるけど。
「靴仕舞って、上履き出して、履く、と」
「あれ?」
改めて無意識にやってる行動を見直すと、小さい頃からの積み重ねって大事だなー。そんなことを考えていると、梓が何かを見付けたようで疑問の声が聞こえた。
「どうかしたんですか?」
「何かね、向こうに人だかりが……」
「ん? どれどれ」
靴箱の奥にあるコルクの掲示板の前に、先に学校に来ていたと思われる生徒が群がっていた。……いつも何でもないお知らせとか給食の献立とかしか貼ってない筈なんだけどなぁ。何あるんだろ。
「あっ! 梓達も早くこれ、見てみなよ」
「あっ、すずー、おっはよー。どしたの?」
藤色のツインテを見付け、梓が名前を呼ぶといつも通りに勢いよくその姿が振り返った。
「あたしは……!って、違う違う、怒りたいけど先にこの紙見て!」
彼女は藤鈴音。レアな聖属性を持つ少女。髪と眼は藤色で、カールのついた短めのツインテールに鈴の飾りのついた髪ゴムで結っている。先程の会話はお決まりの会話というか、誰かが鈴音殿の事をすずと呼び、鈴音殿がそれを怒る、というパターンだ。
間違えてはならないようにもう一度言おう。彼女の名前は鈴音であり、決して鈴音ではない。
「あり? 何か、今変な感じが……」
「パターンゆうな! 神様!」
桜殿が戸惑いの声を呟くのと同時に、鈴音殿がキッとこちらを睨む。
「誰に怒ってんの?」
「気にしないで! とにかく、これ早く見てっ」
「えっと―――」
『生徒会からのお知らせです。学園に登校次第、荷物を教室に置き、体育館へ集まって下さい。
学園の至るところに浮いている魔方陣に触っても、特に問題は無いです。』
「なにこれ……?」
「そのままの意味だと思うけど? 私は早く教室いーこうっと」
「三葉さんに怒られるのは嫌ですからね」
「ええっ!? 反応薄くないっ!?」
「だって、いつもの事でしょ?」
「また楽しそうなことが起こるに決まってますからね」
「えっ、ど、どうしようか。梓」
「あ、そっか……。他の生徒なら大変かもとか思ったけど、生徒会からのお知らせだもんね。うんうん。僕も早く、教室行こー」
「ん? あ、生徒会からのお知らせか……。なら、また変なこと見つけたって思えば良いのか。なーんだ、あたしも早くいこーっと」
この学園の生徒は思ったよりも、随分アバウトな考え方をしているようだ。生徒会からのお知らせと聞いたら、普通は慌てると思うが、そうならなかったのは、“至急”とつけなかった所なのだろう。
それとも、生徒会の前までやって来た事の積み重―――。
「神様、もう話さなくて良いから! 神様の声、無駄に美声で五月蝿い!」
誉められているのか貶されているのか分からぬな。
「分かんなくて良いよっ」
ああ、見えなくなってしまったか。残念だな。
では、説明だな。私たち神は聖属性を持つ者と、会話を交わす事が出来る。
奏殿と茜殿に語り手を頼んだのも、私だ。
聖属性を持たぬ者と会話は出来ないが、一方的に話し掛けることは出来る。向こうが何を話そうとしても、こちらに声は届かないからだ。
おっと、儂も見に行かなくては。
* * * * * * * *
「んーっと………全員揃ったね。じゃ、始めようか」
「皆さん、おはようございます。まずは見てもらった方が早いですね。秋君、お願い」
「うん。≪展開≫」
「今全員の前に浮かんでいる魔方陣は、今日から取り入れるものです。詳しくは後程話しますが、あと三ヶ月ほど我慢して頂ければ、直ぐに無くなります。この魔方陣は、生徒会長、並びに学園長からの提案です。三葉、続きお願い出来るか?」
「任せて。飛鳥の占いで判明したのですが、今から二ヶ月後………えっ? 二週間の間違い? そっかそっか、ビックリした。じゃ、二週間後に魂の転校生がやって来ます。この転校生が来ることによって、学園に被害を及ぼす可能性があるとの事です」
「かいちょー、被害ってー?」
「えーっと………テレビ局の人が学園に来るとか、かな」
やはり、テレビ局の人を嫌っておるか。鈴音が睨んでいるが説明をしよう。
この学園は波紋が一週間程で建てた建物なのだが――耐久性は完璧じゃぞ?――、目立つことを避けたい生徒等が月に一度位でやって来る、テレビの者達の機材を片っ端から壊したことによって、周辺の地域の人達の口コミで怪談になってしまったのだ。
呪いの学園、と。
「それでは、話の続きを。転校生は女子で違う次元の世界の地球に住んでいます。彼女は事故に遭ったまま、生死の間をさ迷っているようなのです。それを見つけた堕落女神が彼女の一番ハマっていたゲームの中に彼女の魂を送り込んでしまったのです。
彼女は一週間後にこの世界に来ます。魂だけが彼女で見た目は自分と違う存在になって。
そのゲームの題名は『あなたは誰が好き? 好みの彼を見つけちゃおう』とかいう鳥肌が立つような題名です。ゲームと言っても、カセットを使う様なタイプではなく、スマホなんかのダウンロードアプリの様なものですね。
このゲームは堕落女神がこの世界まで来て、ここを完全に真似て作ったゲームなんです。それを、神の権限で世界に普及させたというわけです」
「ねぇ、三葉ちゃん。堕落女神って、どういうこと?」
「んーとねぇ……。女神には種類があって、人間と共存を望むもの。人間に信仰はされるが、特に何も手出ししないもの。人間に神のお告げとか言って、悪い事を仕向けようとするやつ」
「最後のが堕落女神?」
「そういうこと。女神というのは清廉潔白なものじゃないといけないから、一度堕落するともう元には戻れないの。女神には感情の中に普通は良心しか無いの。知恵を与えたい、力を与えたい、そういうもの」
「へぇ~」
「その女神は中でも力の強いものらしくて、悪心があっても、力で見えなくしちゃうの。だから今でも女神を続けていられる」
そういえば、そんな女神がいたな。
「ごめん、少し待ってて。本当ですか、神様?」
良いのか? 話の途中じゃ、ないのか?
「大丈夫です。続けて下さい」
ああ。三葉殿が話している、女神。天界にいるぞ。何か体調が悪いようで、引きこもっているのだ。
「女神が、体調を、崩す………?」
すまんな。神でも体調までは完璧ではないのだよ。
「申し訳ありません、知らなかったものですから」
良いんじゃよ。では、今から会ってくるでの。
「はい。お願いします」
「え……三葉って、聖属性も持ってたの?」
「うん。自己紹介で言わなかったっけ?」
「き、聞いてないよー……。びっくりしたぁ……」
「大丈夫?」
「平気平気」
「じゃ、続け―――」
キ――――――――――ン
さあ! キーンという音の正体は!?
答えは……あ、もちろん言いませんよ?