【秘密の準備】
今回出てくるのは、最強の生徒会長と天才的な研究者。鏡の九十九神と竜と天使ですよー。
さて、と。秋君の部屋って、ここだったよね。
私は今、魂の転校生――格好いいけど、あんまり凄いものじゃないよ?――が来るので、準備をしに来ました。なるべく秘密にしておきたいので、こっそりと。
こんこん。
控え目に秋君の部屋の扉を叩いた。
「秋君、少しいい?」
「んあ? ちょっと待っててー」
ゴソゴソ。ガタガタ。ガラガラ。
何やってるんだろう? 普通、部屋の扉まで来るのにあんな音、しないよね……? あ、いや私もか。私の部屋、本だらけだから。
部屋の中から音がしなくなって、秋君が出てきた。髪はぼさぼさ白衣もよれよれ。……イケメンって得だよねー。
「何ー?……あれ、三葉だ。どうしたの?」
「研究中にごめんね。準備してほしいものがあるんだけど」
「んー? 良いよ。さ、入って入って」
「お邪魔します」
うわあ。何か沙羅と同じような部屋だなぁ。一番奥に大きな机があって、天井にはなにやら光る物体がくっついてる。あれは……魔道具かな? 床も酷い状態で、ギリ歩ける感じ。多分、この状態にするためにさっきガタガタと片付けてたんだろうな。……うん、いかにも、研究室って感じする。
知り合いの吸血鬼さん達もこんな感じの部屋なんだけど……。研究者の部屋って大体こんなもんなのかなぁ。
「≪戻れ≫」
ビュンッ。コロコロコロ。スパッ。
秋君が魔法を唱えると、片付けきれていなかった消ゴムやら紙屑やらが、本来あるべきところに戻っていく。魔法ってほど凄いわけじゃないけど、今のは命令魔法に分類されるもの……だけど、最近はそんなことしないかなぁ。魔法を唱えて、どうなるかを想像すれば大体魔法って使えるし。
「うん。よしっ。どっかてきとーに座ってて。………お茶はどこだったかなーっと」
「椅子椅子……と」
お茶を探すために更に物の山を崩す秋君。……えっと、お茶は多分、冷蔵庫の近くにあると思うよ……?
私も、なるべく足下の物を踏まないように、椅子っぽいものを探す。秋君も座るだろうと思って、二つほど探し出した。一つはバーとかにありそうな高さのある椅子。二つ目の私が座る椅子がなかったので厚みのある本に座っている。
「はい、どうぞ。……で、何用意すれば良い?」
「うーんと、長くなるよ?」
「大丈夫大丈夫。話して」
「分かった」
私は秋君の了解を得てから、先程飛鳥から聞いた話を聞かせた。明日話す予定の転校生の事だ。
「へぇ、ふうん、成程。じゃあ俺は、奏、だったっけ? そいつの能力に似た魔法を学園内に展開すれば良いわけね」
「出来る?」
「いや、実は……もう完成してるんだ」
“もう完成してる”?
「えっと、どういうこと?」
「奏を連れて来た時に、能力、教えてくれただろ? その時に、ふと、思いついてね」
確かに教えた、けど……早くないっ?
「じゃあ、魔法は完璧って訳ね。後は……偽の生徒手帳と新しい制服を調達しなきゃね。はぁぁ……面倒くさいなぁ。何でわざわざこの世界なの」
「この世界?」
「ん、そう。その転校生をここに連れて来るの、女神様らしいんだよね。しかも、かなり駄目な方の。だから明日、つくもに頼んで、連れて行ってもらわなきゃ」
「あれ、鏡は?」
「鏡この間、壊れちゃって。母様が子供の時から使ってるもんなぁ」
母様はあんな若々しい見た目だけど、仮に20歳だとしても200年? 20歳ってのはあり得ないから30歳で300年。300年使ったら付喪神どころじゃない気がするけど……。まぁ、壊れるのは当然だよね~。
「そりゃ、壊れるわな」
「だよね。何で買い替えなかったんだろ」
「確かに。他に何か頼むもの、ある?」
くくっ、と喉で笑う秋君。母様を知ってるからこその反応だよねえ。ああいや、そうそう。一つあったんだった。
「出来るんならで良いんだけど、ハッキングって出来る?」
「どこに繋げれば良い?」
「違う次元の」
「………ごめん。もう一回お願い出来る?」
「だから、違う次元の」
「マジで?」
「マジだけど」
正確には件の女神の世界、だけど。
「先にそっち話してくれよ! 優先順位がおかしいって……っ!」
何で唸ってるんだろう? 何か悪いこと、したかなぁ。
因みに、違う次元の世界の『神様の日記』という、ページを見せてほしいだけなのだが。これを言ったら、もっと困らせる事になるかも。どうしようか。
更にびっくり。この神様の日記、本当に神様が書いているのだ。天界にも、パソコンってあるんだなぁって凄く他人事のように思った記憶はまだ新しい。
「ううん………。よし! 解ったよ、三葉の頼みなら、何でも受けることにしてるし!」
「やってくれるの? やった。これで少し、準備がはかどるよ」
「それは良かった。で、具体的には?」
「『神様の日記』にアクセスしてほしいの」
「『神様の日記』?」
今一ききとれなかったのか、はたまた現実を受け入れたくなくて頭がフリーズしたのか、聞き返す秋君。
「あの女神様がつけてる日記のブログ名」
「のおおおぉぉぉぉ……!」
椅子から転げ落ち、物にぶつかるのも構わずにごろんごろんと頭を抱えてのたうち回る。
……何事も、諦めが肝心だよ、少年(同級生だけど
……や、あと今、夜中だからなるべく静かにしよ。
「出来るかな?」
なんとか復活してむくりと身を起こし、ぶんぶんと頭を振っている。今、ぴゅーんと飛んでいったのはなんだろうか。〝人間〟としての常識か、それとも〝人間〟としての神への尊敬だろうか。
何はともあれ、自分に言い聞かせるようにして了承してくれた。
「大丈夫大丈夫。何とかなるなる」
「じゃあ、よろしくね」
私は椅子という名の本の山から立ち上がる。無意識に埃を払ったのはご愛嬌といことで。
「どこいくの?」
「女神様に会って来なきゃ。早くしないと、つくも、寝ちゃうから」
「おー。気を付けてな」
「わーかってるよ。じゃね」
よっと。ほいっと。よしっ。
良かった。何も踏まずに出てこれた。
ええっと、つくもにテレパシー、と。
頭と耳の間に手を当てて、つくもに呼び掛ける、
〔つくも、起きてる?〕
〔どうした、なの〕
〔鏡壊れてるから、行けなくて。連れて行ってもらえないかな〕
〔三葉なら一人で行ける、なの〕
〔駄目だよー。これは秘密にしておく、って決めたんだから〕
〔そのわりにはこの間、琴に話してた、なの〕
〔琴は特別ー〕
〔ならいい、なの〕
〔良かったー。でさ、お願い出来るかな?〕
〔大丈夫、なの。池に来て、なの。待ってる、なの〕
〔了解〕
「ふぅ……。よし! 行くか」
* * * * * * * *
「待ってた、なの」
池に行ったら、つくもが待っていた。うん、ここまでは正しい。ここまでは。
後ろに天使が潜んでいた。いや、別に天使の様に可愛いとか、美しいとか、そういうことでもなくて。普通に天使だ。頭に金のわっかが乗ってて、白い翼が生えてて、白いワンピースを着ている。見た目的には、絵本や小説などで出てくる、天使だ。
だが、中身はいろんなものに感化されやすい。そして、好奇心旺盛過ぎる女の子だ。名は水仙といって、白い髪に金の瞳を持つ少女。天使の特徴は白髪金眼、悪魔の特徴は黒髪赤眼。赤い眼は不気味で背筋がゾゾッ、とする感じだけど綺麗で。金の眼は全てを知っているような気がしてくるから、水仙には絶対に隠し事なんて出来ない気がする。
「水仙、腹話術は止めなさい、って」
「あは、バレたー?」
きらきらと輝く笑顔で応える水仙。きらきら成分はきっと頭の上の輪っかから出てるんじゃないかと常々思っているんだよね。
「今度は何に影響されたの……」
「テレビでね、腹話術で人形と喋ってる芸能人がいたから!」
「人形と話したかったの………?」
「うん!」
「なら、男子寮の夜兄か、ひぃ兄に頼んで、御巫そなたの部屋に連れてってもらいな」
「あ、その人、人形使いなのー? 行く行く! じゃーねー!」
そなた君の話を教えると、水仙は寮の方向へ飛んでいった。深夜なのでおこさないでくれると良いんだけど……水仙のことだし、起こしちゃうんだろうなぁ。
「相変わらず、テンションの高い子だね」
水仙が行った後に聞こえた声に振り返ると……琴ぐらいの背丈の男の子がいた。
「春蘭! 帰ってたの?」
「うん。三葉さんも久し振りだね。ただいま」
「おかえり」
「つくもさんも、ただいま」
「おかえり、なの」
この少年は竜人族の子供。蘭と同じ竜だ。同じ一族で少年――春蘭――は蘭の弟、という位置付けになる。
「やっぱり、こっちの方がボクの家、って感じがするよ」
瞳を翳らせる春蘭に、思わず心配の声を掛ける。
「何か嫌な事でもあった?」
「ううん。大丈夫さ。それより、どうしてこの場所に?」
相手に心配を掛けないように感情を表に出さないのは一族揃ってなのか、笑顔を浮かべる。
「あ、忘れてた。えと、ごめんね、用事あるからまた後で」
「うん。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「行く、なの」
つくもの掛け声と共に、池の水が一瞬で鏡になった。揺らめきながら空と月を映していた水は鏡になり、揺らめくことなく空と月を映す。
「気をつけて、なの。アマリリス様によろしく、なの」
「大丈夫だよ。ありがと、つくも」
「どういたしまして」
そして私は鏡になった池の水面に足を乗せ、沈んでいく。女神様のいる、神殿を思い浮かべながら……。
どうでしたか? この後レアーガーデンに飛んだ三葉の話は無しの方向で!
三葉が千秋の部屋を訪ねたのは、午後の11時半頃。なので、明日つくもに会いに行く、というのは、あながち間違っている表現でもない。………三葉の中では。
次は生徒会役員達による、説明回です。