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あかい。
夕日に染まる空も、家を覆う炎も、何もかもが赤い。
状況が呑み込めなくて、ただただ立ち尽くす。
どれだけそうしていただろう。後ろから物音がして振り返った。
そこには、すごくきれいな顔に極上の笑みを浮かべた男が立っていた。
でも、頭が働かない自分にはそんなものに価値はなく、
「だれかがそこにいる」程度の認識しかない。
でも、本当は本能で分かっていたのかもしれない。
天使のように見えても、彼はきっと悪魔だ、と。
そして悪魔は、甘くとろけるような声で囁くのだ。
「こんばんは、お嬢さん」
「っっ!!!!」
ユエは寝台の上で飛び起きた。
心臓の鼓動が激しいせいで息が荒く、汗で張り付いた衣服がこの上なく不快だった。
「くそっ!!」
苛立ちまぎれにこぶしで壁をたたいた。
決して気持ちのいい目覚めではない。その原因は分かっている。
夢を見たのだ。でもわかるのはそれだけで、内容は覚えていなかった。
いったいなんだというのか。でも、最近思うのだ。
もしかしたら、失くした記憶と何か関係があるのかもしれないと。
ユエは5年前、この村で倒れていたところを村人に助けられた。
その村人の家で目覚めた時には、名前以外何も覚えていなかった。
持っていたのは、鞘にバラの装飾が施された長剣だけ。
少女が持つにはあまりに不釣合いである。
しかも、発見された時には全身血まみれだったという。
だが、ユエ自身に怪我はなかった。
つまり、それはすべて他人の血ということだ。
いったい何があったのか。
思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われる。
そんな経験を繰り返し、いつしか思い出すのをあきらめるようになった。
でも、最近夢を見る。これは何かの前兆なのか。
もしかしたら、思い出せるかもしれない。
そんな淡い期待もある。
しかし、なぜ記憶が抜け落ちているのか。
思い出したくないことがあるからだろう。
それはきっと、すごくつらい記憶で、思い出したくないから思い出せない。
ならばどうすればいいのか――。
これまでの思考を振り払うようにユエは頭を振った。
思考がまとまらなくなってきた。
気分を変えようと寝台から出てた。
まだ夜だが、もうじき朝が来るだろう。
それまで散歩でもしよう。
唯一の持ち物であったバラの長剣を取り、夜風に当たるべく家を出たのだった。