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熊は花を見失った

 例え理子の喜ぶような肩書を手に入れても、理子の心は手に入らない。俺は目標を見失った。告白を止められたのも、暗に俺と付き合う気はないと言われたのだろう。

 俺はどうすればいいだ。


 それでも研修は続けた。この5年努力してきた事を、卒業まで半年を切った今さら無駄にするのは悔しかった。

 しばらく時間をおいてみると、失恋のショック以上に、理子の事が心配になった。10年も一緒にいて理子があんな事考えているなんて知らなかった。両親の離婚の事も何も話してくれなかった。

 信頼されてなかったのかと落ち込みもするが、それ以上に理子の将来が不安になった。あのまま打算だけで結婚して理子は幸せになれるのだろうか?理子が好きだからアイツには幸せになってほしい。

 だけど俺は理子の事を知らなさすぎた。あの考え方をどうやって治してやればいいのか分からない。


 世間体という言葉を出した時、何かを隠している気がした。まだアイツには色々あるのかもしれない。気になって勉強が手につかなくなりそうで、しかたなく年末地元に帰った。

 地元と言っても、首都圏通勤圏内のベットタウンなので日帰りでも帰れる距離ではあった。実家にあった卒業アルバムの住所を頼りに理子の実家に向かった。


 家が厳しいから男友達を呼べないといわれ、今まで一度も行った事がなかった。行ってどうするのか。わからぬままそこへたどり着いた。


「……本当にここか?」


 思わず独り言をつぶやくほど驚いた。表札には『平賀』とあるから間違いはないだろう。しかしあまりに立派すぎる建物に圧倒された。なんか芸能人が住んでそうな豪邸だな。アイツお嬢様だったのか?

 目的もなくやってきたのに、家の存在感に圧倒され俺は尻込みしてしまった。どうしたものかと不審者のように家の前で立ち尽くしていた。


「あの、家に何か御用ですか?」


 突然声をかけられ振り向くと、年配の女性が立っていた。顔立ちがどことなく理子に似ている。俺は慌てて頭を下げて言い訳した。


「俺、理子さんと中学、高校と一緒だった、熊井猛といいます。ひさしぶりに地元帰ってきたので、挨拶に来ました」

「あら理子の。ごめんなさい。理子今年は帰ってきてなくて東京にいるのよ」


 そう言いながら女性は辺りを見渡して落ち着かない様子だった。


「私は理子の母の広恵です。熊井さんよね。ここじゃなんだから場所を変えましょう」


 そう言って広恵さん連れられていったのは、駅前のファミレスだった。


「ごめんなさいね。おかしいと思うでしょ。自宅の目の前なのにこんな所まで連れてきて」

「……いえ」


「あそこは私の兄夫婦の家で、私達居候なの。ちょっと気を使うのよ」

「それは……離婚されてから、ずっとあちらに?」


「あら理子から聞いてるのね。あの子そう言う事話したがらないのに。熊井さんはよっぽど理子に信頼されているのね」


 10年間のつきあいでつい最近知った事だ。信用されていると言えるだろうか?


「理子から電話はよくかかってくるんだけど、なかなか帰ってこなくて。東京で女の子一人暮らしなんて心配だわ。最近あの子に会った?」

「時々電車で一緒になる事が。最寄り駅が同じ駅なので」


「あら。理子が近所に友達が住んでるって言ってたの、熊井さんの事だったのね。真面目で、優しくて、頼りになって、一番信頼している友達だって言ってたのよ」


 それがもし本当に俺の事を言ってたのなら照れくさい。そんな事まで母親に言ってたのか……アイツ。お袋さんと仲いいんだな。楽しそうに理子の話をする広恵さんは、理子とよく似ていた。明るくて、愛らしくて、理子は母親似だったんだな。


「それで熊井さんは本当はどういうご用件だったのかしら?」

「……いえ、それは……」


 理子の恋愛に否定的な考えの原因を知るためになんて言えねー。しかも両親の離婚も絡んでいるみたいだからよけいに聞きづらい。


「あの子に何かあったの?」


 心配そうな表情をする広恵さんに、慌てて俺はフォローした。


「そんな大したことはないですよ。仕事が忙しいとか、結婚適齢期だからそろそろ結婚がきになるとか、あの年代なら誰もが持つぐらいの悩みで……」


 玉の輿狙って肉食系ですとは言えないので、婉曲な表現に変えてみたのだが、なぜか広恵さんの表情はますます険しくなった。


「結婚ね……。あの子も大変なのよね。私はまだ結婚なんてしなくてもいいと思ってるんだけど、義姉が……」

「義姉さんがどうかしたんですか?」


「兄の奥さんなんだけど、お見合い好きで、理子に何度もお見合い話を持って来るのよ。そのたびに断ってたんだけど、もう適齢期だから断りづらくなってきたみたいで」


 お見合い!そんな話があったのか知らなかった。条件の良い男との見合いなら、すぐに飛びつきそうな物だが。


「私も理子も兄夫婦に世話になってるから、強く逆らえないんだけど、理子は義姉が嫌いみたいなの。あの人の持って来るお見合いなんかで結婚しない!もっと条件のいい男性と結婚してやるなんて言ってるのよ」


 条件のいい男選びしてんのまで、母親に話してるのかよ。仲良すぎだな。


「あの子を追い詰めてしまってるのは私達のせいなのよね」

「それはどういう?」


「私は元々父に薦められた、家柄のいい相手と縁談があったの。それなのに元夫と駆け落ち同然で結婚してしまって。それなのに離婚でしょう。離婚しても私一人で理子を育てられなくて、実家の世話になったわ。一次の気の迷いでつまらない男に引っかかって、一生を棒に振ったとか、理子は私みたいに失敗しないようにしろとか、義姉は小学生の理子に言ってて。あの子本当につらそうで。だから結婚の話になるとムキになるのよね」


 理子のあのブランド志向は、その叔母さんへの対抗意識とか、子供の頃のトラウマとか色々複雑に関係してんだな。

 そう簡単に治りそうもないが、かといってそんなつまらない物に縛られてる方が、一生を棒に振ってしまいそうだ。


 やっぱり俺はアイツをほっとけない。

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