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花を狙う蜜蜂

 夏が終わって、秋も半ばを過ぎた。理子が家まで送ってくれたあの日以降、また研修漬けの毎日だった。

 あの時の理子の優しさに期待してしまう。もしかして少しは俺にも脈あるのかな……なんてな。友達だから優しいだけだよな。


 帰り道、いつもの電車で偶然理子を見かけた。しかしすぐに声をかけなかった。男と親しげに話をしていたのだ。

 彼氏か?なんか楽しそうに話してるな。男は童顔でスーツを着慣れてない新入社員みたいなヤツだった。

 顔は悪くない。好みにもよるが、ああいう可愛い顔好きのやつはいるだろう。だがくるくると表情が変わって、表情だけで何を話してるかわかってしまいそうな男だった。

 なんかお人好しで頼りない感じだな。エリートっぽくないけど、理子の趣味変わったのか?


 しばらくして男だけ先に電車を降りた。それを見届けてから俺は理子に近づいた。


「よう。元気そうだな」

「タケ。いたの?気づいてたなら声かけてくれればいいのに」


「なんか彼氏と一緒みたいだったから」

「彼氏?……ああ。沢森さんは違うわよ。うーん、飲み友っていうか、愚痴友って感じ?」


 友達!嘘だろう……。今まで彼氏の話なら聞いた事はあったが、男友達の話なんか聞いた事がない。理子の男友達は俺だけ。そう思ってたのに、離れている間にそのポジションまで他の男にかっさわれていたのか。


「最近仲いい同僚の子が大変で、見ててイライラするから、ストレス発散に付き合ってもらったってたの」

「いつからだ。その男と会ってるの」


「うーん。最初に会ったのは去年で、しばらくして偶然再会して。愚痴聞いてもらってるうちになんか仲良くなって。あの人ああ見えてかなり年上だし、お人好しで面倒見いいのよね。気を使わなくていいから楽なのよ」


 気を使わない。それはいつもの肉食獣的な攻めの理子ではなく、自然体の理子でいられるということか?彼氏ができた以上に嫌だ。


「どうしたの?ついたわよ。早く降りないと」


 理子に引っ張られて俺は駅のホームに飛び出した。それでもまだ俺はその場に立ち尽くしていた。

 俺の知らない間に理子の周りに男が集まってきている。早くしないと手が届かない存在になってしまうんじゃないか?

 俺は焦っていた。本当は来年国家試験に合格するまで告白する気なんかなかった。でもそんな悠長な事言ってられない。


「理子!」

「どうしたの?」


 電車を降りた人々は皆改札に向かい、人が少なくなったホームで、俺は深く深呼吸した。俺の真剣な表情に、理子も真剣な表情になった。


「大事な話がある。俺ずっと前から……」


 そこまでいいかけて、理子が手で俺の言葉をとめた。


「その前に私の話聞いてくれる?」


 小首をかしげながら、上目遣いで俺の告白を阻止しやがった。俺が何を言う気だったか気づいてるんじゃないか?


「私。タケが好き。一生一緒にいたいなって思うくらい」


 まるでプロポーズみたいな言葉に、俺の心臓は壊れそうなほど早くなった。手が届かないと思ってたのに、こんなあっさり手が届くのか?信じられん。


「だからタケが彼氏じゃなくて、友達でよかったって思ってるの」

「……どういう意味だよ?」


 わけがわからない。好きなのに友達がいい?


「だって恋愛っていつか終わりが来るし、冷める物でしょ。終わったら別れちゃうじゃない。でも友達ならずっと一緒にいられるから。タケは彼氏にするにはもったいないほどいい男だよ」


 なんだそれ……。遠回しに俺の告白を断ってるのか?


「彼氏にするにはもったいないってなんだよそれ。彼氏より俺の方が大切なのか」

「そうかもね。彼氏は探せばいくらでもできるけど、タケの代わりはいないから」


 俺の代わりはいない。そこまで言ってくれるのに、どうして恋人になれないんだ?


「終わらない恋愛だってあるんじゃないか?」


 俺の片思いは10年続いている。この先だって決定的に振られるまで、諦めるなんて出来ない。

 理子は笑顔を消して寂しげな表情を浮かべた。


「私ね。恋愛を信じてないの。うちの両親、恋愛結婚だったけど、とっくに離婚してるし。つきあう男も時間がたつと飽きるのか捨てられるし。永遠の愛なんて嘘くさいわよね。だから利害が一致する条件のいい男と結婚して、仮面夫婦でも円満家庭ならそれでいいかなって」


 初めて聞いた理子の考えが信じられない。男の事であれだけ一喜一憂していたのに、恋愛を信じてないというのか?


「恋愛が嫌なら、恋人も旦那も作らなきゃいいだろ」

「……一生独身なんて世間体悪いし。条件のいい男と付き合うと女の株があがるし」


「上級生に呼び出されても平気な顔してた図太い女が、世間体とか気にするのか?」


 理子は表情を引きつらせた。なんか隠してんなこいつ。


「とにかく私にとって恋愛はゲームと同じなの。知恵をしぼって、情報集めて、駆け引きして。そこに愛なんてない」


 きっぱりと言い切る理子を見て、俺は絶望的な気分になった。理子が好きだ。理子の全部が欲しい。でも理子の愛は誰も手に入らないのか?


「それで?タケの話って何?」


 先に予防線張って、俺に告白させなかったくせにずるい女だ。


「なんでもねーよ」


 俺は結局また告白できなかった。

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