熊は蜜の味を知った
理子の恋愛はいつも全力だった。オシャレにも手は抜かず、どの角度や仕草が可愛く見えるか研究しつくしている。
しかも狙った男の情報を集めて、好みにあわせて努力し続ける。そんな事しながら勉強も手は抜かない。
「そんなに頑張って疲れないか?」
「疲れるわよ。でもね努力して、高めな男をゲットした瞬間の快感はやめられないわね」
努力なんてしなくても、いまでも十分可愛いのに、なんでそんなに必至なんだ?こいつ。
例え他の男に夢中になってる姿でも、一生懸命な理子の姿はキラキラ輝いていて眩しかった。
本命に降られては、この世の終わりみたいにへこみ。こっちが散々心配してやったら、次の日にはもう次のターゲットに狙いを定めてる。
タフでもろくて、したたかで危なっかしくて、見ていて飽きない。
ずっとそばで見守っていてーな。そう思っていたが、現実は甘くはなかった。
「理子の志望校、一高だったよな」
「そうよ」
「俺も進路希望一高って言ったら、担任に笑われた後冗談言うんじゃないって怒られた」
「ひどいわね。まあ今のタケの成績じゃ、一高厳しいのはわかるけど」
ずっとそばにいたいと思ったのに、こんなに早く分かれ道ができるなんて、世の中厳しいな。俺はため息をついた。
「そんなに一高行きたいの?だったら死ぬ気で勉強すれば?まだ二年なんだから今から勉強すれば受験までに成績あがるかもよ」
「俺が?勉強?」
テスト勉強すらかったるい俺が、死ぬ気で勉強だなんて、自分でも想像できないぜ。でも理子は冗談を言ってるようには見えねえ。
「俺が一高受かるくらい、頭が良くなるって本気で思ってるのか?」
「人間努力次第でたいていの事はできるわよ。やる気あるかないかの問題でしょ」
「……やる気は、ある」
「なら応援するわよ。私上を目指して頑張る人間好きだから」
理子の『好き』という、その単純な言葉に俄然やる気が出てきた。
それから理子に勉強のコツとか教わりながら、プライベートの時間のほとんどを勉強につぎ込んだ。
教師だけじゃなく、同級生も、親も、誰も俺が一高行きたいと言っても、無理だと笑うばかりだ。みんなバカにしやがって、理子だけだ、俺でもできると信じてくれたのは。
バカにした奴らを見返したい、理子を喜ばせたい。半ば意地のように勉強してた。
テストのたびに学年順位が伸びてくのは気持ちよかった。三年になり、みんなが本格的に受験勉強を初め、なかなか伸びない時は苦しかった。
理子と同じ高校に行く。それだけを目標にひたすら走り続けた。
そして運命の合格発表当日。
「あった。俺の番号」
「私のも。これで高校も同じね。おめでとうタケ。すごい頑張ったね」
理子が自分の合格以上に喜んでた。ちくしょう可愛いじゃねえか。うっかり抱きしめたくなるぐらいに。
そして合格という事実が、現実だとじわじわと実感できてきて、俺はものすごい達成感を感じた。苦労して必至に努力し続けて、それが報われたその感動は半端ない。
もし俺が初めから、余裕で一高受かるような人間だったら、きっとこんな感動しなかった。自分には無理だと思った高みに、必至で食らいついて届いたからこそこれだけ嬉しい。
やばい。はまるかもしれない。
成功という果実は、蜜がたっぷり詰まって熟れて甘かった。
この味を知ったのは理子のお陰だ。理子がいなかったら目指そうと思わなかったし、思っても途中で挫折していた。
理子が今まで以上にかけがえのない存在になっていった。
元々無理して入った高校だったから、最初は勉強がついていけなくて苦労した。それでも受験の時の達成感のような感動を味わいたくて、またこつこつ勉強を続けた。
他の奴らが青春を謳歌しているなか、俺はひたすら勉強を続け、理子のそばで見守っていた。
高校に入った理子は大学生や社会人とも付き合うようになって、中学時代以上に俺の手の届かない女になっていた。
でもよ、高ければ高いハードルほど燃えるよな。
今まで理子の彼氏になるなんて無理だと思ってたけど、その無理に挑戦するのもありじゃないか?
理子が肩書やブランドで男を選ぶ女なら、自分が良い肩書を持つしかない。
だから歯科医を目指した。歯科医だって医者だ。『医者』というブランドが欲しかった。
たかが女一人のために、人生の岐路を選択してしまった俺はバカかもしれない。
苦労して歯科医になったとしても、理子が振り向いてくれるとは限らない。むしろその可能性は低い。でも0じゃないなら挑戦したかった。
いつか理子を自分の物にする。それが俺の新たな目標になった。
そして大学5年もあと半年。後一年半で留年しなけりゃ学生も終わる。国家試験合格すれば免許もとれる。あと一歩だ。それまで理子が誰の物にもなるなと願うしかない。