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熊は花と出会った

 俺たちが出会ったのは中学一年の時だった。

 理子は入学開始直後から、学校でも有名な女だった。とびきりの美少女というわけではないが、男心をくすぐる可愛らしさ、学年トップクラスの成績。入学一ヶ月で当時学校で一番もててた先輩とつきあい始めて話題をさらった。

 その後も進学校で有名な一高の生徒とつきあってるとか、サッカー部のエースとつきあってるとか、大物ばっかりを次々落としていく高嶺の花として、男達の羨望の的だった。

 俺はまだその当時、小学校の延長気分で、男同士でバカやってるのが楽しかったから、恋愛とか興味なかった。だから理子の存在は知ってても、話したこともなかった。


 一年の秋頃、なぜか校舎裏の人気のない辺りをぶらぶらしてた俺の耳に、女の怒り声が聞こえてきた。

 遠目で見たら、女子三人が一人の女子を囲って、汚い言葉を叩きつけていた。囲まれていたのは理子だった。

 ……女の嫉妬とか修羅場ってやつか?平賀って男遊び激しくて女子達に嫌われてるからな。だけどどんな理由があっても群れて弱い物いじめとか、卑怯な事するなんてむかつくな。でも女同士の争いに関係ない男の俺がでしゃばるのもな……。

 俺がそんな風に迷っている間、理子は退屈そうに髪をもてあそびながら、自分への罵声を聞いていた。全然こたえてるように見えないし。案外あいつ図太いんだな。


「それでお話は終わりですか?西野先輩。帰っていいですか?」


 にっこり笑顔でふてぶてしい事を言う理子に、リーダーっぽい真ん中の女がかみついた。


「何、馬鹿な事いってんのよ。人の話を聞けよ!私の弘樹に色目使うなって、わかってんのか!」

「ちょっと挨拶しただけで、色目なんて使ってません。私なんかに構ってる間に他の女にとられるんじゃないですか?例えば……」


 そこで理子は右の女に視線を移して、小悪魔のような笑顔を浮かべた。


「川原先輩とか。この前駅前のマックで弘樹先輩と二人っきりでいましたよね」


 川原とかいう女は、突然話を振られて分かりやすく動揺したが、すぐに反論した。


「嘘よ、嘘!でたらめよ。私が由香の彼氏と二人でいるわけないじゃん」

「でも仲よさそうに、下の名前で呼び合ってましたよね」


「真希……どういう事?私達親友だよね……。親友の男に手を出していいと思ってんの?裏切り者!」


 そこからは仲間割れが始まり、もう一人の女も仲裁しようとおろおろしていた。そんな混乱の中を、理子はゆうぜんと立ち去り俺の方に歩いてきた。


「すげーな。お前。助けなんていらないみたいだったな」


 俺が声をかけると、黒目がちの愛らしい瞳で見上げながら笑った。


「そんなことないわよ。もしあの女達が人の話も聞かないで、暴力振るってきたら勝てないし。そしたら止めてくれたでしょ?」

「まーな。でも俺がたまたま通りかからなかったら、どうするんだよ」


「殴られるしかないんじゃない?」


 あっけらかんと言ってのける理子の姿が、ものすごく危なっかしく見えた。先ほどのふてぶてしい態度や、口先のうまさとは裏腹に、随分危ない端渡ってんだな、こいつ。なんかほっとけねー。


「おい、こういう呼び出しとかよくあるのか?」

「うーん。まあたまに?」


「いつも一人で来るのか?」

「まあね。私友達いないし」


「彼氏いんじゃねーの?助けてもらえばいいじゃん」


 それまで余裕で笑ってた理子は、そこで寂しげな表情を見せた。


「無理よ。彼氏なんて友達以上に信用できないもん」


 なんで彼氏が信用できないのか、恋もした事ない俺には良く分からなかったが、理子が一人で戦っている事だけはわかった。……ほんと、ほっとけねー感じだな、こいつ。


「そうか。じゃあ俺がダチになってやっから、今度から呼び出しされたら俺にも知らせろ」


 理子は大げさに驚いた顔でしばらくとまっていた。しばらくしておずおずと俺に尋ねてきた。


「……いいの?私、貴方の名前も知らないくらいの人間だけど」

「俺は一組の熊井猛。覚えたか。もう知らない人間じゃないだろ」


 その時理子が浮かべたとびきりの笑顔が今でも忘れられない。こうして俺と理子は友達になった。この時はまだこいつを好きになって、こんなに苦労するとは思っても見なかった。



 それから呼び出しのたびにこっそり見張る役をすることになった。理子が口だけで何とかできる相手には、俺は手出ししない。しかし大人数で手を出してきたら俺が止めに入る。

 その頃既に大柄で目つきの悪かった俺は、女達に怖がられ出て行くだけで何とかなった。


 しかし一度女達が男友達を何人か引き連れてきた事があった。俺一人と三人くらいの戦いで、何とか引き分けたが随分痛い目に遭った。

 その後公園のベンチで理子がキズの手当をしてくれた。俺の顔に絆創膏を貼りながら理子は涙を流した。


「ごめんね、タケ。私のせいでこんな痛い思いさせて」


 理子の涙は、最高に綺麗な泣き顔だった。思わず見とれそうになったが、同時にこいつの涙を止めてやりたくなった。

 俺は理子の頭に手をおいて、子供をあやすように撫でた。


「たいしたことないから、気にすんな。それにダチが困ってたら助けるのが、本当のダチだろ。泣いてくれてありがとな」


 俺がそう言ったら、理子はますます泣いて、泣きじゃくった。さっきの綺麗な泣き方じゃなくて、鼻水まで出てくるようなガキみたいな泣き方だった。

 理子が泣き止むのを待つ間俺は気がついた。


 そうか……これが、恋か。こんな汚い泣き方してんのに、まだこいつが可愛く見えるわ。でもさあ、恋ってもっと甘酸っぱいもんじゃねえの?なんか痛いんだけど。

 だってこいつには彼氏がいて、俺のことは友達としか思ってなくて、きっとこの先ずっとそれは変わらねーぜ。

 そう思ったら俺の方が泣きたい気分になってきた。初恋は実らないなんてよく言うけど、初めから終わってるなんて、勘弁してくれ。

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