イカサマ占い師
翌日の土曜日は普通の会社と同様に玲華の会社も公休だった。玲華はいつも休みの日の遅い朝食をマンション近くのファミレスのモーニングで済ませる。その日も朝十時ちょうどに店に入りトースト・スクランブルエッグセットを注文した。ウィンドウから見える空はよく晴れわたりとても気持ちの良い青空だ。
プレミアムカフェからアセロラのドリンクを持ってきて席に着いた途端、背中合わせの席に座っていた男が耳のうしろから話しかけてきた。
「……太ったな」
「……ん?」
玲華は突然の言葉にまさか自分のことではないと思ったが、あまりに声が近かったため、声の主が見えるよう念のためテーブルを挟んで反対側のシートに座り直した。するとその男は半身になって振り向くように玲華の方を見ていた。
白髪の老人だ。長い眉毛も真っ白、鼻の下の髭もあご髭も全部真っ白で、しわくちゃの赤ら顔である。見たことがない男だ。
――初対面の私に対して、いきなり失礼なやつ!
「華子。トーストは一枚にしておいた方がいいな」
あまり大きな声ではないが老人にしてはよく通る声だ。玲華は少し気分を害されて言葉を返した。
「あの。私、華子という名前ではありません。人違いしていませんか?」
「何を言っておる。おまえは伊東華子じゃ」
――おっ、おまえ? ですって? ますます失礼なやつ!
「人違いです! ぜっんぜっん違います!」玲華は立ち上がり、中腰になって言った。
老人はあご鬚をなでながら、しげしげと玲華を見た。
「ふうむ。尻がでかすぎるな。やっぱり違うかな。はは、冗談冗談。華子……」
「ちょっと! さっきから失礼なことばっかり! あなた、いったいどこのどなた?!」
「そうだな。わしのことは知らんな。その先の商店街で占いをやっとる。しかしおまえのことはよく知っとるぞ」
「占い師? 私、松玲華です。苗字も名前もぜんぜん当たってませんから!」
老人は、急に納得したように言った。
「おう、そうか、そうか。おまえはマツレイカじゃったか。そうじゃなレイカ」
「…………」
――ぶーっ! ごまかしてる。完全なイカサマ占い師だ。しかも頭おかしい。もうかかわり合いになるのはよそう。
その後も自称占い師の老人はぶつぶつと独り言を呟いていたが、玲華は一切無視し黙々と食事をして先に席を立った。
少し買い物をしてマンションに戻ると、時刻は既に正午を回っていた。玲華は母に買ってきたコンビニ弁当をレンジで温め、自分はドリップ式のコーヒーを注いでテーブルに置いた。
母が心配そうな顔をして言った。
「お昼食べないの?」
「ええ! 私、少し太ったみたいだから」
「…………?」
「ねえ。お母さん。私、今日、誰かに似てるって間違えられたんだけど、私に双子の姉妹とかいないよね」
母は呆れたように言った。
「玲華、あんたホントに頭大丈夫かい?」