お色直し
「そこまでだ!」
入り口には刑事の信之と数人の男がいた。
何かにすがるように顔をゆがめて華子の顔を見る太っちょ。
「伊東華子だな」
「はい」
「殺人容疑の被疑者として身柄を獲捕、署まで連行する」
「はい」
太っちょの方に顔を向けて寂しそうに口を開く華子。
「太っちょ。一緒に高飛びして逃げるなんてできなかったね。できるはずないもんね。ごめんね太っちょ」
太っちょは笑った。そして泣いた。
「いい。いい。俺の華子。華子がいればいい」
「私も太っちょがいればいい。他に何も要らないよ」
華子は、信之ともう一人の刑事に両脇を抱えられるようにして連れられ、部屋を出た。
「華子!」
立ち停まり振り向く華子。二人の刑事も一緒に足を停める。
「なあに?」
「待ってるぞ」
「太っちょもヘンな女に引っ掛かからないでね」
「馬鹿たれ! おまえの決めた人生だから。俺もそれに付いていくぞ」
「そのセリフおかしいよ。普通女が付いていくものでしょ」
「どっちだっていい」
華子は投げキッスしようとして、腕が刑事から離れないので、おかしなタコみたいな口になった。
それを見て太っちょは腹をかかえて笑った。
一人の刑事が華子の歩行を促すように腕を引いた。
信之は、それを見て「言いたいこと、言わせてやれよ」というように首を横に振った。
「華子……」
「なあに?」もう一度華子は呟くように言う。
「今日は俺とおまえの結婚式だ」
「ええ? 今、何て言ったの?」
「今日が俺とおまえの結婚式……」
「本当? わかった。じゃあ、私、お色直しに行ってくるね!」
「よし! 綺麗になって俺のところへ戻ってこい」
華子の目にも涙が潤んでいた。
丸丸グランドホテルの大きなエントランスの外。
華子は十数年ぶりの再会となる母の待つ警察署へ向けて、警察車両に乗り込んだ。
『了』