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『結婚』  作者: 大輔華子
13/15

ヤマンバルック

 玲華は変装しないとまた同じことになると思った。同じ顔だから、ホテルの中をうろうろしてるとまた誤認逮捕されてしまう。彼女は、通りに面した化粧品店を見つけ、そこでちょっと車を待たせ、化粧品を買い込んだ。

 玲華は、変装よろしくタクシーの中で思いっ切りおかしな化粧を始めた。今はほとんど見ることのなくなった、いわゆるヤマンバギャルのお化粧だ。こげ茶色の顔に真っ青のアイシャドウ、真っ白のアイラインに真っ白の唇。今は絶滅したヤマンバルック。髪の毛は思いっきり逆毛をたてて雄ライオンにした。

「そこのアパートの前で、また一旦停めてちょうだい!」

「はい。は。あれ?……」

 バックミラーで玲華のヤマンバルックを見た運転手は思わず急ブレーキを踏んだ。

「ひいい!」

 玲華の夢の中の華子の人生が少なくとも一つは当たっていることがこの段階で証明された。夢に出てきた『太っちょ』のアパートが夢の通りその場所に存在したのだ。玲華は太っちょがいるはずのアパートの部屋の戸口を叩いた。

「はい」まさに夢のままの『太っちょ』が出てきた。

「ぎゃあ! オバタリアン!」

「オッ、オバタリアン?」

「…………」

「……あのね。オバタリアンじゃなくてね。これ、ヤマンバギャルね。ギャル。ここ間違えると怪我するから」

「…………」

「私、華子のお友達。玲華って名前。華子が今ピンチなのよ。ホテルにいて警察に捕まりそうなの」

「何だとう?!」

「説明は後で。ともかく一緒に来て!」

「わからないけど……。わかった」

 玲華は太っちょをタクシーに乗せ、華子のいる丸丸グランドホテルへ向かった。


 丸丸グランドホテルはやはり高級シティホテルだった。そのロビーを頭ぼさぼさ、服よれよれの太っちょとヤマンバギャルならぬヤマンバ年増女が腕を組んで歩く。

「ひいい!」

「げーーっ」

 明日の国際会議に出席するため各国から集まった要人は二人の姿を見てうろたえ、ロビーは一時騒然とした。

 刑事の信之が、「おい、何が起こったんだ。騒々しいぞ」といらつきながら言う。

「あれじゃあ、皆うろたえますよ」

 若い刑事が二人を指差した。

「なんだありゃあ。よりによって一番大事なときに変な邪魔が入ったな。あのイカレカップル。金を渡して早くつまみ出してこい!」

 若い刑事が五千円札を財布から出して、二人のところへ走って行った。

「これあげるからね。外へ行っててね。もう中へは入らないでね」

「ええっ? それくれるんですか?」と太っちょ。

「あんた何言ってるのよ。そんなもの要りません! 私たちはここの泊り客よ」

「うそでしょ。このホテルは最低でも一泊ツインで五万円はするぞ。よし、じゃあ、これでは……」

 刑事は千円札をもう三枚加えた。

「ダメです。いくら頂いてもダメなものはダメです」

「十万円くらい貰えたら取りあえず飛行機乗ってあいつと外国へ行けるんだけどなあ」と太っちょ。

 玲華は太っちょの背中をつねって口に指をあてた。

 若い刑事は諦めてしょんぼりと信之の方へ戻っていった。

 

「一〇二五の富岡さんの部屋へ連絡取りたいのですが」

 フロント係は露骨に嫌そうな顔をした。

「お客様、富岡様とどのようなご関係でしょうか。富岡様は今ホテルに着かれたばかりで、おそらくくつろいでいらっしゃいます。もう少しあとになさってはいかがかと……」

「あんた何さまのつもり? 何、人に指示してるのよ。私は急いでるの!」

 フロントで例のカップルが何やらもめている光景を遠目に見た刑事は、離れたところから、「もめずに、好きなようにさせておけ」というようにフロントにジェスチャーした。その後、フロント係が、小走りに刑事の方へ来て、「あの、富岡様の部屋へ電話をしていますけど、いいんですか?」と言った。

「何い?」刑事の一人は若い刑事に向かっていらつきながら言った。

「あいつら、とことん邪魔しやがるぜ。まったく……。おい。あのおかしな二人に即座に電話を切らせろ。逆らったら公務執行妨害で即、連行しろ。それから非常口の連中に連絡して、女がそっちから逃亡するかもしれないからしっかり塞ぐように伝えろ。もう待てない。緊急発進だ。これから富岡氏が出るのを待たずに部屋へ一気に踏み込むことにする!」

 玲華は内線電話を呼び続けた。そして遂に部屋の誰かが受話器を取った。しかし、返事がない。おそらく電話口にいるのは富岡ではない。彼はお忍びで女と密会しているのだから簡単に出るわけがない。

 玲華はひそひそ声で、しかしはっきりと言葉を発した。

「華子さん! 逃げて! 早く。警察が大勢いるの」

 玲華の脇に若い刑事が来て怒鳴った。

「警察だ。おい! すぐに電話を切れ!」

「あらひょっとして刑事さん? やっだあ。テレビで見るより何かずっとカッコ悪いよねー」

「何い! おまえ。何と言った。侮辱罪で、た、た、た、逮捕する!」

「あのね。私、富岡さんの愛人よん。華子ちゃんも愛人仲間よん。彼女に電話代わってって言ったら、もうとっくにずっと先のKKプリンスホテルの三六階に移ったってさ。ああめんどくさ」

 若い刑事の脇には既に刑事の信之が来ていた。

「なっ何だと? KKプリンスホテルの三六階だと?」

「もう、声でかすぎ! それとも三七階だったかなあ」

「おい。KKプリンスホテルだ。全員即座に移動しろ」

「はあ?」

「はあ、じゃない! 全速力だ! ホシに逃げられるぞ!」

 そしてロビーには警察関係者は誰も居なくなった。

「ボーイさん。また、一〇二五かけてくれますかあ」

「ぼっ、ボーイ?!」

 今度は女性の声が返ってきた。華子だ。

「あなた、誰?」と華子。

「あなたとおんなじ顔の人よ。早く逃げてって言ってるでしょ。何してるの?」

「私、もう逃げないわ」

 華子が電話口に出たことを知った太っちょは玲華の持っていた受話器を横取りした。

「おい、華子。俺だ太っちょだ」

「あなた……」

「高飛びしよう。どこまででも俺はおまえと一緒だ」

「私もそう思っていたわ。でも、もうそれはできないの」

「何を言っているんだ。何故なんだ」

「もうダメなの。玲華さんが私の人生の続きなの」

「何だかよく意味がわからないよ」

「占いのおじいさんが言ってた。私、今までお金欲しさに悪いことばっかりしてた。とうとう人まで殺しちゃった。だから、私の醜い不幸な人生はリセットさせるんだって。私のいままでの人生はなかったことにして、人生ちょっと前、そう、私がまだ悪いことをする前の高校二年生ころの時代にさかのぼるんだって。そこから玲華って人が代わって今度は悪いこともしない幸せな人生を送ることになるんだって」

「はあ? 何わけのわからないことを言ってるんだ。そんな馬鹿げた話、いったい誰に吹き込まれた。ああ、その占いのじじいか。うさんくさいやつめ。おまえはそいつに騙されてるんだゾ!」


「誰が、うさんくさいじじいだ!」

 そこにはかつて玲華のことを華子と呼び、人のことを太っただの、お尻が大きいだのと失礼なことばかり平気で言ったじじい、いえ、自称占い師の老人がいた。

「おい、じじい! おまえは俺の華子に妙なことを吹き込んで、いったい何をするつもりだ」

「だからね。もう華子の人生は必要がないのじゃよ。わからんかね。おまえら頭弱いのう」

「くそ、もうこんな頭のいかれたじじいに構っている暇はない!」


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