第1話 追放
この世界は、もう1027回終わっている。
そしてそのすべてを、
俺は覚えている。
ただし誤解しないでほしい。
俺が未来から来たわけじゃない。
終わっているのは――
この世界の方だ。
⸻
「アーカ・メモリア」
呼ばれて、俺は立った。
石造りの広間。
天井が高く、声が上へ吸い込まれる。
この家はいつも、音が冷たい。
正面には父。
左右には叔父たち。
後ろには使用人。
そして机の上に、一枚の紙。
追放状。
「お前は――役に立たない」
父は静かに言った。
怒っているわけでもない。
むしろ丁寧なくらいだ。
「記録も読めない末子など、家に置く意味はない」
叔父が小さく笑う。
「家名に泥を塗る前に出て行け」
俺は反論しなかった。
反論すると、もっと削られる。
この家で学んだのは、それだ。
父が紙に印を押す。
乾いた音。
その瞬間、胸の奥で小さな音が鳴った。
カチ。
何かが決まる音。
俺は知っている。
この追放は、初めてじゃない。
前の世界でも追放された。
その前でも。
その前でも。
この家は毎回、少しずつ言い方を変える。
でも結論は同じだ。
「出ていけ」
俺は頭を下げた。
礼。
歩く。
廊下。
全部、覚えている通り。
……ただ一つだけ、違う。
廊下の曲がり角にあるはずの壁画が、消えていた。
白い壁。
何もない。
初代当主の肖像画があった場所だ。
俺は足を止める。
使用人が俺を追い越していく。
誰も気づいていない。
「……始まったな」
世界は、終わるたびに壊れる。
そして壊れた分だけ、何かが消える。
人が。
建物が。
歴史が。
世界は矛盾を隠すため、少しずつ薄くなる。
⸻
屋敷の外に出る。
冬の空気。
門が閉まる。
俺は外側の人間になった。
石畳の道を歩く。
王都へ向かう。
……パンの匂いがする。
思わず足が止まる。
黒パン。
小さな店。
三年前から、あそこにある。
俺は角を曲がる。
空き地だった。
店はない。
看板もない。
石壁の跡すらない。
最初から何もなかった顔をしている。
「……またか」
通りすがりの男が言う。
「どうした?」
俺は聞いた。
「ここに店があった」
男は笑う。
「ここはずっと空き地だぞ」
俺は何も言えない。
覚えている。
パンの熱。
紙袋の感触。
店主の声。
それが
存在していないことになっている。
世界がまた一枚、削れた。
俺は空き地から目を離す。
そのとき、
ふと違和感に気づいた。
石畳の上に、
俺の影が落ちている。
だが――
少しだけ薄い。
「久しぶり」
背後から声がした。
振り向く。
白い髪の少女が立っていた。
人混みの中で、
彼女だけが静止している。
まるで背景から切り抜かれたみたいに。
「……誰だ」
少女は少し首をかしげる。
「今回は覚えてないんだ」
「何の話だ」
少女は微笑んだ。
「1026回目では、もう少し優しかったのに」
背中が冷える。
「……何を知ってる」
少女は空き地を見る。
「また消えたね」
そして俺を見た。
「アーカ」
その呼び方が、正しい。
正しすぎて怖い。
「あなたのこと」
少女は言う。
「1000回以上見てるもの」
次の瞬間。
少女は人混みに溶けた。
最初からそこにいなかったみたいに。
俺は空き地を見たまま、呟く。
「……これで1027回目だ」
そして、もう一言。
「前の世界では、この街に王城があった」
※本作は完結まで書き切る予定です。




