まぐろ(Vt)
0:本編
0:シマの部屋。電話がかかってくる。
シマ:「――もしもし」
ユズ:「もしもーし、シマ、起きてる?」
シマ:「まあ、起きてるけど」
ユズ:「だよね〜。寝てたら、じゃあなんで電話に出れてるんだよ! ってなるもんね」
シマ:「うん、まあ……、で? 何の用だよ」
ユズ:「用がなきゃ電話しちゃだめなの?」
シマ:「あー……、ユズ。今何時だ?」
ユズ:「え? 十二時だけど」
シマ:「午前? 午後?」
ユズ:「午前」
シマ:「だよな。外は真っ暗。もうみんな寝る時間なんだ」
ユズ:「そうだね」
シマ:「おれもそろそろ寝ようかなと思ってたところだったんだ」
ユズ:「ふむふむ」
シマ:「じゃ、そういうわけだから」
ユズ:「ちょいちょい! 切らないでよ!」
シマ:「あぁ……? だって用もねぇんだろ?」
ユズ:「あるよ! だから電話したんじゃん!」
シマ:「じゃあそう言え。面倒なやり取りを挟ますな」
ユズ:「えぇ〜、いいじゃん、減るもんでもないし」
シマ:「減るんだよ、おれの睡眠時間が」
ユズ:「シマ、明日何時から?」
シマ:「十時から」
ユズ:「じゃあ全然余裕じゃん!」
シマ:「準備とかあるんだよ。それに、課題がまだ残ってる」
ユズ:「え、じゃあ寝たらダメじゃん」
シマ:「逆だよ。明日の朝やるんだ」
ユズ:「え、うそ。シマってそっちのタイプ? ていうか、それ、出来る人いるんだ」
シマ:「よく言われる。まあ、そういうわけだから、明日は七時には起きたいんだよ。正直、これでも遅い方だ」
ユズ:「でもさぁ、それってシマの都合じゃん? っていうか、自業自得じゃん? 私、悪くないじゃん?」
シマ:「そうだな。だから、おれの意思を汲んでくれると助かるんだが?」
ユズ:「いやだ」
シマ:「知るか。切りゃ済む話だ」
ユズ:「インターホン連打してやる」
シマ:「迷惑にも程があるぞ」
シマ:「……っていうか、用ってなんなんだよ。今じゃなきゃだめなのか?」
ユズ:「ん〜。いや、そういうわけじゃないんだけど……」
シマ:「じゃあ、明日でいいだろ。明日っつか、今日か。おれ、明日の予定はそれだけだから、昼以降は空いてるし。ユズは?」
ユズ:「うん? 明日は休みだよ」
シマ:「そうか。じゃあまた明日。終わったら連絡するから、その時に教えてくれ。じゃあな」
ユズ:「あー! ちょっとちょっと!」
シマ:「……なんだよ」
ユズ:「落ち着きたまえよ、嶋敷くん〜」
シマ:「うわぁ、もうめんどくさい」
ユズ:「まあまあ。――あのさ、今、シマの家の前にいるんだけど、入っていい?」
シマ:「あぁ? ……そういや、インターホン連打するとか言ってたな……。わりと現実的な話だったわけか……」
ユズ:「そゆこと。で、いい?」
シマ:「……はぁ。どうせだめっつっても押し通ってくるんだろ? インターホン連打されても面倒だし、わかったよ」
ユズ:「へへ。さんきゅー」
0:ユズ、入室後
シマ:「――なんか飲むか?」
ユズ:「あー、うん。何がある?」
シマ:「牛乳に、お茶、リンゴジュースと……、あとは酒ばっかりだな」
ユズ:「じゃあ酒で」
シマ:「却下」
ユズ:「えぇ〜、なんでぇ」
シマ:「酔うとめんどくさいからだよ。おれはさっさと寝たいの。酔っ払いの相手なんかしてられるか」
ユズ:「ひどいなぁ」
シマ:「で、いい加減教えろよ。お前の用件。わざわざここまでしたんだ。それ相応のものなんだろうな?」
ユズ:「まあ? これはきっと? ご期待に添えると? 思いますけど」
シマ:「別に期待はしてねぇけどな」
ユズ:「えぇ〜、でもなぁ、なんかなぁ」
シマ:「なんだよ」
ユズ:「いやぁ、雰囲気がさー、足りないよね。フインキ」
シマ:「フインキ?」
ユズ:「そ。せっかくだからさ、出したいじゃん」
シマ:「いや……、なんの話かさっぱりわからん。なんなんだよ」
ユズ:「まあまあまあまあ。そう急ぐでない。お主の悪い癖じゃぞ」
シマ:「お前マジでなんなの? もしかしてもう酔ってるのか?」
ユズ:「ううん、全然シラフー」
シマ:「……はぁ。用件は?」
ユズ:「うーん……。ま、いっか。これでグダグダになっても、本末転倒だしね」
シマ:「もうだいぶグタグタな気もするけどな……」
ユズ:「じゃあ、ほい」
シマ:「ん……。なんだよ、これ」
ユズ:「開けてみんさい」
シマ:「はあ……。ラッピングまでして……、別に今日、誕生日とかでもないよな……」
ユズ:「…………」
シマ:「……これって……」
ユズ:「……ふふ。――ハッピーバレンタイン、シマ」
シマ:「……お前」
ユズ:「あ、言っとくけど、あたし、手作りとかできる甲斐性はないから。全然デパートで買ったやつだから。そこ、勘違いはしないように」
シマ:「いや、そりゃ箱見ればわかるけどさ……。にしたって……まあ、そうか。バレンタインか、今日……」
ユズ:「そ。バレンタイン。二月十四日。日付はもう変わってるからね」
シマ:「……でも、いや……、もらっといてこんなこと言うのもあれだけど……、今じゃなきゃだめだったのか? それこそ、明日、つか今日の昼以降でも充分……」
ユズ:「うん、まあ、だからそれでもよかったんだけどさ。ん〜、なんていうかな……」
ユズ:「――ま、ノリだよ、ノリ! そういう気分になったってだけ! シマ起きてるかなぁ、起きてるだろうなぁ、じゃあ渡しに行っちゃうか! びっくりさせてやろう! って、そんな感じ」
シマ:「…………」
ユズ:「明日になったらさ……あー、今日か。めんどくさいね、いちいち言い直すの。まあ、今日のさ、朝になって、昼になってって……、そうこうしてたら、シマも勘付きそうじゃん。でも、日付変わった瞬間なら、いい感じに誤魔化せるかなって」
シマ:「……そっ、か……。いや、驚かされたよ。それこそ、まったく想定してなかった。えっと……、ありがとな。これは、純粋に嬉しい」
ユズ:「……うん。なら、よかった! いやぁ、結構悩んだんだよ? 普通のチョコがいいのか、クッキーとかの方がいいのか。はたまた、いっそケーキとかにしてみるか?! って。……まあ、でも、やっぱりバレンタインといえばチョコだからさ。箱も可愛いし、サイズも大きすぎないしで、ちょうどいいかなって」
シマ:「あぁ。デザインも凝ってるし、種類も……全部違うのか。どれから食べればいいか、悩むな……」
ユズ:「ふふ。いっぱい悩むといいよ! それでこそ、選んだ価値もあるというものさ!」
ユズ:「…………」
ユズ:「……ねぇ、シマ」
シマ:「うん?」
ユズ:「シマ、ってさ。今、彼女とか、いないの?」
シマ:「いねぇよ? いたら言うし。さすがに、彼女いる状態で家に女子は上げないって」
ユズ:「……そっ、か……」
シマ:「……なんだよ、急に。しおらしくなって、お前らしくもない。そっちこそ、彼氏はいないのか? 嫌だぞ、知らないまま、人の彼氏に背後から刺されるとか」
ユズ:「はは、ないよ、大丈夫」
シマ:「なら、いいけどさ」
ユズ:「…………」
ユズ:「……ねぇ、シマ」
シマ:「ん?」
ユズ:「明日さ、昼から暇なんだよね?」
シマ:「まあ、そうだな。今んとこ、予定はない」
ユズ:「じゃあ、さ。買い物、付き合ってよ」
シマ:「えぇ……、荷物持ちか? 今度は何買うんだよ」
ユズ:「服とか。春物とか、まだちょっと足りないなって思うし。あとは、日用品の、諸々」
シマ:「ったく……、おれは便利屋じゃねぇんだぞ」
ユズ:「わかってるよ。でも、シマはきっと手伝ってくれるって、知ってるから」
シマ:「たまには断ってやるのも一興かなって思ってるよ」
ユズ:「そしたらあたしは泣く。シマん家の前でわんわん泣く。もうさながらDVを受けた彼女のように泣く」
シマ:「最悪だなお前……」
ユズ:「ふふん、いじわる言うシマが悪いんだよ〜」
シマ:「……はぁ。わかったよ。ただし、昼飯は奢れよ」
ユズ:「おっけー。あ、じゃあ晩ご飯よろしくね?」
シマ:「じゃあってなんだ、じゃあって。成り立たねぇだろ」
ユズ:「え、そう?」
シマ:「おれの負担が増しただけじゃねぇか。なんでプラマイゼロからマイナスにしてくるんだよ」
ユズ:「まあまあ。つまみはあたしの提供じゃん」
シマ:「絶対釣り合い取れてねぇ気がするんだよなぁ……」
ユズ:「ほら、難しいこと考えない! お酒飲んだら楽しい! ね! 楽しいことだけ考えようよ!」
シマ:「うわぁ、わかりやすく話逸らそうとしてきやがる……」
ユズ:「逸らしてないよ! お酒は楽しいでしょ! ね? だからほら、飲もう、今から!」
シマ:「はぁ?! いや、それはない! 言っただろ! 明日早いんだって!」
ユズ:「大丈夫大丈夫! 腹八分目ならぬ酔い八分目なら大丈夫!」
シマ:「どういう理屈だそりゃ! おい! 勝手に冷蔵庫を開けるな、酒をとるな! フタを開けるなあ!」
ユズ:「んぐんぐんぐ――ぷはぁっ!」
シマ:「あぁ……」
ユズ:「――シマ!」
シマ:「あ……? 急になんだよ……」
ユズ:「お前はクズだ! ばーか!」
シマ:「はぁ……?! え、なに、もう酔ってんのお前。やっぱり飲んできただろ!」
ユズ:「うるせぇ! 今日はやけ酒じゃい!」
シマ:「八分目はどうした! おい、やめろ! 片っ端から開けるな! ユズ! 聞いてんのか!」
ユズ:「るっせぇ! てめぇも飲むんだよ!」
シマ:「んぐっ?! ……っはぁ……! ったく……悪酔いが過ぎるぞ……」
ユズ:「…………」
シマ:「……? ユズ?」
ユズ:「……シマ、ホワイトデー、楽しみにしてるから」
シマ:「……あ、あぁ……。そりゃ、ちゃんと返すけど……」
ユズ:「絶対! 楽しみにしてるからな!」
シマ:「……? まあ、期待に応えられるよう、頑張るよ……」
ユズ:「うむ! よし!」
シマ:「……お前……、ほんとに大丈夫か……?」
ユズ:「うーん……、いや、たぶんだめだと思う……」
シマ:「あー、自覚はあるのか」
ユズ:「うん……、というか、ちょっと冷静になってきたかも……。うわぁ……、やっちゃったなぁ……」
シマ:「……ユズ?」
ユズ:「……シマ!」
シマ:「え、あ、はい」
ユズ:「あたしは寝る! 明日、シマが学校行く時に起こして!」
シマ:「え、は、はぁ? って、おい、ベッドに飛び込むな!」
ユズ:「うるさい! 今日はもうそっとしといて! じゃあ、おやすみ!」
シマ:「えぇ……」
シマ:「…………」
シマ:「……はぁ。こうなったら聞かねぇもんな。わかったよ……、ったく、いつにも増してどうしたんだよ……」
シマ:「…………」
シマ:「……勘違い、しない方がいいよな……」
シマ:「…………」
シマ:「……なぁ、ユズ」
ユズ:「すぅ……、すぅ……」
シマ:「……そういや、寝落ちすんのは早かったっけか」
シマ:「…………」
シマ:「……お返し、ちゃんと考えとかないとな」




