魔力の花
草むらを抜けた瞬間、私の体は吹き飛ばされ、岩に叩きつけられた。
猛スピードで野獣が体当たりしてきたのだ。
2歳に満たない私の体はひどくダメージを受け、立ち上がることができない。
目の前に立っていたのはベアウルフだった。
私の体よりもずっと大きく、リディアと同じ程のサイズ感であろうか。
『レヴィ!血が、血が出てるわ。どうしましょう。あぁごめんなさい!レヴィ!』
リディアは大声で叫びながら私のそばに来て抱きしめた。
小さな私の体は動くことすらできなくなった。
しかし意識はある。思ったよりも冷静な自分に驚いたくらいだ。
戦いの経験は十分にあり、戦闘中のヒリついた空気も慣れている。
『お母さん…逃げて…』
『バカ言わないで!レヴィを置いていくはずないじゃない。大丈夫よ。お母さんがついているから。』
ベアウルフはリディアを警戒しつつもジリジリと距離を詰めて来る。
『こないで!あっちへ行って!誰か!誰か助けてください!』
リディアが大きな声を出した瞬間、ベアウルフがリディアに向かい猛スピードで突進してきた。
突き飛ばされたリディアはすぐさま私の元に駆け寄りまた抱きしめる。
『レヴィ、大丈夫よ。きっとすぐにゼクロがきてくれるわ。もう少し我慢しましょうね。』
リディアの肩は震えているが、いつもの優しい笑顔で私を見つめる。
嫌だ。自分の母親が傷つく姿を見るのは気分の良いものではない。大切な人を傷つけられる感覚は、魔眼として生きてきた私の常識を書き換えた。
ベアウルフはリディアの背中に覆い被さり、肩に噛み付いた。
リディアは必死で私を抱きしめる。
やめてくれ。
『あ゛ぁああ!っ…大丈夫!お母さんが守るから!』
やめろ。いい加減にしろ。
『がぁっ…だれかぁぁぁー』
リディアの悲痛な叫びが耳に入った瞬間、私はとてつもない怒りに包まれた。
『やめろーーーーーー!!』
私の声と共にベアウルフは吹き飛んだ。
『レヴィ…?』
『氷結は意を放ち、汝の輝きを描く無数の刃とならん。』
『レヴィ…花が…花がこんなに…』
私とリディアを包む様に、幾千の花が光を放ち開花し始めた。
『冷たき吐息を吐き捨て、慈悲深く冷徹な力を我に与えたまえ』
リディアの髪は風に攫われていく。
『これは…マギアル…?レヴィ…あなた一体…』
『アイスフィアグランデ!』
伸ばした私の右手から大木の様に太く鋭い氷の塊が現れ、ベアウルフの体に突き刺さった。
ものすごい音がした。
『おーい、何があった!?これは…ベアウルフじゃねぇか』
駆けつけたゼクロはベアウルフを見て不思議そうな表情を浮かべていた。
『レヴィ…一体どうやって…』
今まで数々の魔術師と共に歩んできた私の魔術知識量は異常なものであったが、魔力を持たぬ身としては何も意味がないものであった。
リディアを助ける為に無我夢中で口にした詠唱は、かつて共に歩んだ氷結の魔術師が私に言い聞かせていたものであった。
『リディア!何があった?レヴィは無事なのか!?』
ゼクロの声を聞いた途端に、私の意識は途絶えた。
『んっ…ここは…?』
気がつくと私は真っ青な空間にいた。
雲ひとつない空の様な場所だ。
ここには何もなく、だだっ広いことがわかる。
目を凝らすと人らしきものがあぐらを描いて座っている。後ろ姿でよくわからないが、白髪の人がそこにはいた。
私は少しずつ近付き、そのものに声をかけた。
『ここはどこですか?他に人はいますか?』
その者は私の問いかけに静かに答える。
『どんな気分じゃ?』
『えっ…気分…?』
『魔力じゃよ。身体中に魔力が巡る感覚は人それぞれじゃが、お前の魔力は他のそれとは別物じゃろう。』
ゆっくりと振り向いて私を見つめてきたのは白髪の老人であった。
『おじいさん、魔力に詳しいの?』
『お前の魔力は強大すぎての。周囲に悪影響を及ぼすんじゃよ。そうならん様に私がいるのじゃ。』
『おじいさんは一体…僕を監視してるの?』
『ここはお前の心の中じゃ。今はまだ気にせんでいい。じゃがな、体に馴染ませる様にしっかりと魔力と戯れるんじゃぞ。さすれば翡翠の記憶を全て我がものにできるじゃろう…。』
そう言い放つと、老人は私から遠ざかっていく。
『待って!ここはなんなの!?おじいさんはだれなの?』
『焦るでない。まだ旅は日じまったばかりじゃて。』
眩しい。目が開けられない。
『…ヴィ…レヴィ!』
リディアの声!?私は一体…
『レヴィ!目が覚めたのね!ゼクロ!レヴィが目を覚ましたわ。』
夢を見ていたのか?
あの老人…どこかで見たことが…。
思い出せない。
まぁいい。とにかくみんなが無事でよかった。
リディアもゼクロも私を見守ってくれていた様だ。
いつものベッドで私は眠っていた。
魔力が発現したこと。おびただしい数のマギアルが開花したこと。古き懐かしい呪文を覚えていたこと。
色々ありすぎて頭が追いつかないが、初めての冒険はこうして幕を閉じた。




