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最初の村 02

村の広場の片隅、古い木の下に、年配の村人たちが集まっていた。


彼女はその輪の外に立ち、黙って彼らを見つめている。黒猫は、彼女の肩からひらりと飛び降り、前へと歩み出た。


「さあ、“水を呼ぶ歌”の話を聞かせてちょうだい。昔のこと、歌のこと、なんでもいいわ。魔法の手がかりになるかもしれないから。」


年配の村人たちは、お互いに顔を見合わせながら、ぽつぽつと語り始めた。


「そういえば、子供の頃に一度干ばつの年があった。そのとき、村中が広場に集まって歌ったことがあった。子どもも大人も、みんなで。」


「ああ、そうだそうだ。歌うと、風が変わったんだ。空気が湿って、土が軟らかくなって、水が戻ってくるような気がしたな。」


「歌は、大人の真似をしていたただけで、はっきりと覚えてないが...“水よ、眠りから目覚めよ”って言葉があった気がする。」


やがて、村人たちは「こんな歌だった。」「いやいや、こうじゃった」と、歌詞についてああでもない、こうでもないという言い合いが始まった。


彼女は目を閉じたまま、魔力の流れを感じ取っていた。村人の言葉に反応するように、空気の中で魔力がわずかに揺れる。


黒猫が、彼女の肩に戻りながら言った。

「...歌には“呼びかけ”の構造があるようね。その呼びかけによって魔力の流れを刺激する“音”になる。竜脈に干渉するには、この歌を正しく再現する必要があるわね。」


彼女は、村人たちの話に耳を傾けながら、魔力をもう一度練り上げる。そして、竜脈へと触れた瞬間、何かが流れ込んできた。


黒猫も何か感じたのか、毛を逆立てて周囲をキョロキョロと見渡す。


彼女はなおも竜脈に触れ続ける。すると、微かに聞こえてくる、それは旋律だった。古く、静かで、地の底から響いてくるような音の流れ。


村人たちの記憶の奥に眠っていた“願いのかたち”が、魔力を通して彼女の中に目覚めた。


彼女は、無意識に鼻から息を漏らすように、旋律をなぞった。


それは鼻唄だった。小さく、震えるような音。それは確かに“水を呼ぶ歌”の核をなぞっていた。


黒猫は、肩の上で飛び上がるほど驚いた。

「...ちょ、ちょっと!?あんた、今、歌った!?鼻唄!?あんた、歌えたの!?」


彼女は何も答えない。ただ、目を閉じたまま、鼻唄を続けていた。


その旋律に合わせて、地面の魔力がわずかに震えた。


黒猫は、目を丸くして呟いた。

「...この歌、旋律をなぞるだけじゃ完成しないのね。この旋律と、歌にある“呼びかけ”の構造が合わさることで、魔法式になる。でも、歌詞なんて誰も覚えてないじゃない。」


彼女の鼻唄は、風のように静かに広場を包んでいた。


その旋律は、村人たちの記憶の奥に眠っていた“何か”を揺り起こす。


一人の年配の女性が、目を細めて言った。

「...この歌、昔、両親と手を繋いで広場で歌った...」


彼女の声が、鼻唄に重なるように歌い出す。

その歌に、別の老人が続いた。そしてまた一人、また一人。


声は震えていたが、旋律は確かだった。


願いを込めて歌うことで、魔法が目覚める――そんな記憶が、彼らの中に残っていた。



 水よ 眠りから目覚めよ


 土の奥 静かなる流れ


 風よ 雲を運び来たれ


 光とともに 命を満たせ




 水よ 忘れた道を越え


 我らの声に 応えたまえ


 願いの歌を 聞き届け


 この地に 潤いを戻せ




若い村人たちも、次第に歌に加わっていく。


水のある生活を願って。田畑の実りを願って。我が子の成長を願って。

様々な願いを込めて、村人全員が歌い出した。


彼女は、鼻唄を止めた。だが、村人たちの歌は続いていた。その歌に、地面の魔力が動き出す。


黒猫は、肩の上で目を丸くして呟いた。

「これが、“水を呼ぶ歌”。人の願いが、歌となってひとつの魔法になるのね。」


彼女は静かに目を閉じた。

歌と魔力が、ひとつに重なっていく。竜脈が、遠くで答えるように、かすかに脈打った。



しかし、村人たちの歌は小さく、遠くにある竜脈を動かすほどの力はなかった。


彼女は、魔力を使って村人たちの歌に共鳴させ、それを増幅させ、竜脈へと伸ばし、こちらへ戻って来るように促す。


黒猫は、息を呑んだ。

「竜脈が、動いてる。あんたの魔力の道筋を辿った歌が、竜脈に流れてる!」



村人たちは、歌いながら隣同士で手をつなぎ、自然と輪を作っていた。誰からも指示を受けたわけではない。歌の力が、人々をひとつにまとめたのだ。


竜脈が、歌に導かれるように、ゆっくりと井戸の下へと流れを戻していく。


黒猫は、目を細めた。

「これが、“人の間でしか使えぬ魔法”ってやつなのね。あんた一人じゃ届かない魔法。でも、人の願いと重なり合えば、届く魔法。」


彼女は何も言わない。ただ、杖を握る手に、ほんのわずか力が込められていた。



竜脈が、ゆっくりと井戸の下へと流れを戻していく。そして、井戸の底から、ぽつりと水音が響いた。

それは、魔力で集めた一時の水ではない。地の奥から、確かな水脈が戻ってきた音だった。



村人たちは、歌を止めた。広場に静寂が訪れる。

そして――ごぼごぼ、と井戸の底から水が湧き出した。


歓声が、広場を包み込む。子どもたちは井戸に駆け寄り、水を掬って口に運ぶ。大人たちはそれを見て、手を取り合い、誰もが笑顔を浮かべていた。


黒猫は、嬉しそうに声を弾ませて言った。

「やったわね!あんたの魔力と、村人たちの願いが、竜脈を動かしたのよ。」


彼女は、何も言わない。ただ、井戸の水音を聞きながら、静かに目を閉じていた。


魔法を完成させた高揚感からか、彼女の頬がほんのりと朱に染まる。


黒猫が、彼女の顔を覗き込み、にやりと笑った。

「ふふ、沈黙の魔女さんったら、照れちゃって可愛いわね~」


井戸に水が戻ったあと、村人たちは彼女に感謝を伝えようとしたが、いつものように黙っていた。


黒猫は、自分が褒められたかのように機嫌よく言った。

「はいはい、感謝は十分受け取ったわ!でもね、わたし、お腹空いたの!」


村人たちは笑いながら、彼女と黒猫を囲んだ。


広場の隅に火が焚かれ、煮込み鍋のいい香りが漂い始める。

焼きたてのパン、採れたての野菜、干し肉のスープ――様々な料理が並べられた。


彼女は黙ったまま席につき、黒猫は先ほど村人に貰ったお肉にかぶりついている。

「むむ、このジャーキー、いけるわね!魔法の対価って、こういうのでもありね。」


村人たちは、彼女の沈黙に気にすることなく、穏やかに語りかける。

昔の歌の話、井戸の思い出、村に伝わる不思議な出来事、思い思いに彼女へ言葉を届けていた。


彼女はただ耳を傾けていたが、その目はどこか柔らかかった。


夜が更け、村人たちが眠りについた頃――

彼女は、静かに立ち上がった。


焚き火のそばで丸くなっていた黒猫もすぐに気づき、肩へ飛び乗る。

「もう行くの?...魔力は回復したのね。なら、大丈夫か。魔法バカは、次の魔法を探したくてうずうずしてるもんね。」


彼女は、井戸の方へ一度だけ振り返る。月明かりに照らされた水面が、静かに揺れていた。


黒猫が、小さく呟く。

「ありがとね、村のみんな。ここの竜脈は動きやすいみたいだから、もう歌を途絶えさせちゃダメよ。」


そして、彼女は動き出す。夜の静けさの中、杖の音だけが石畳に響いていた。



次の魔法を探す旅が、また始まる。

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