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魔法を拒む街で

街の門をくぐった瞬間、旅人たちの目に飛び込んできたのは、重厚な石造りの看板だった。 そこには大きく、力強い文字で刻まれている。


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その文字は、ただの注意書きではなかった。鉄の枠で固く固定され、まるで街そのものの誇りを示すように、門をくぐる者すべてに告げていた。


黒猫は立ち止まり、尻尾を揺らしながら首をかしげた。

「にゃ?魔法禁止?どうやって生活出来てるの?」


魔法と共に生きてきた者にとって、それは純粋な疑問だった。 水を汲むのも、火を灯すのも、道具を動かすのも――いつも魔法がそばにあった。 魔法を封じられた街で人々がどう暮らしているのか、想像もつかなかった。


彼女は眉をひそめ、看板を見上げた。 魔法使いにとっては居心地の悪い場所だ。 その瞳には戸惑いが浮かんでいた。


だが少年は、逆に目を輝かせていた。


「へえ…本当に魔法禁止なんだ。面白そうだね!」


街の中へ足を踏み入れると、活気ある音が響いてきた。 川沿いには大きな水車が並び、回転する力で木製の歯車を動かしている。

鍛冶場からは鉄を打つ音が絶え間なく響き、火花が飛び散る。 通りには機械仕掛けの道具が並び、子どもたちが小さな木製のからくりを遊び道具にしていた。


黒猫は目を丸くして呟いた。

「にゃー。魔法なしでも、こんなに動いてるんだ」


少年は笑う。

「水車は川の流れを利用してるんだ。鍛冶場の火も炭と風で保ってるんだよ」


ただ感心したように街を見渡した。


だが、通りを歩く人々の視線は冷ややかだった。

少年には普通に声をかけるのに、彼女には必要以上に近づこうとしない。


「坊や、旅人か?」 「水車を見に来たのかい?……そっちの人は魔法使いか」


言葉に棘はないが、態度には壁があった。

黒猫は首をかしげ、彼女を見上げた。


「にゃー?どうして魔法使いにだけ、こんなによそよそしいんだろう?」


少年も不思議そうに黙り込んだ。二人とも理由を知らない。


――けれど、この街には古い歴史がある。 大昔、近くの魔法使いの街から迫害を受けた魔力無しの人々が、この地へ移り住んだのが始まりだった。 何百年も前の話で、迫害を受けた人々はもういない。 それでも記憶は街に刻まれ、魔法使いに対する警戒心だけが残っていた。


その歴史を知らない彼女たちは、ただ人々の態度に違和感を覚えるだけだった。

彼女は静かに街を見渡した。 魔法を封じられた場所で、人々が築き上げた知恵と工夫―― それは魔法とは違う、もうひとつの生きる力だった。



街の通りを歩いていると、彼女は思わず杖を握りしめた。

荷車が傾き、積まれた木材が崩れそうになった瞬間、反射的に魔法を使おうとしたのだ。


――だが黒猫が鋭く鳴いた。

「にゃー!だめだって、ここは魔法禁止だよ!」


彼女ははっとして手を止めた。 木材は近くの職人たちが慌てて支え、何とか事なきを得る。 人々の視線が一瞬だけ彼女に集まり、すぐに逸らされた。 冷たい空気が流れる。


少年は胸を撫で下ろしながら言った。

「……さっきは危なかったね」


彼はふっと息をつき、街を見渡す。 市場では商人が声を張り上げ、秤で果物を量っている。 井戸では子どもが滑車を回して水を汲み上げ、荷車を馬が引いて通りを行く。 家々の窓には風を通すための小さな仕掛けがあり、店先では油灯が昼間でも揺れていた。 魔術具も魔法も使わず、街は人の工夫と労力で動いていた。


少年の瞳が輝き、声が弾んだ。


「魔法を使わなくても工夫すれば何とかなるんだね! なんだか面白いな、こういう暮らし方!」


黒猫が尻尾を揺らして鳴いた。

「にゃ。確かに面白そうね」


彼女は黙ったまま、街の人々の暮らしをじっと見つめていた。



宿に入ると、彼女の姿が改めて目立った。 黒いローブを頭からすっぽりと被り、杖を手にしている――まさに「魔法使い」の格好だ。


通りでのよそよそしい視線を思い出し、黒猫が小さく呟いた。

「にゃーこのままじゃ、余計に目立つよ。滞在するなら、身なりを変えた方がいいんじゃない?」


少年も頷いた。


「そうだね。服を変えれば、少しは馴染めると思う。僕が古着を探してくるよ」



少年は市場へ出かけ、古着屋を巡った。

――彼の好みが少し反映されている――落ち着いた色合いのワンピースに、柔らかな布地の上着。 飾り気はないが、どこか可愛らしさを感じさせる組み合わせだった。


宿に戻り、袋を差し出す少年。


「これなら街の人たちに馴染めると思う。……着てみて」


彼女は黙って黒いローブを脱ぎ、少年が買ってきた古着に袖を通した。


柔らかな布地のワンピースが、すっきりとした体の線を包み込む。 上着は淡い色合いで、街の人々の服装に自然に馴染むものだった。


長い髪をばっさり切ったばかりの彼女の髪は、首筋が見えるほど短い。そのせいで顔立ちがはっきりと浮かび上がり、瞳の強さが際立っていた。


魔法使いとしての威圧感は薄れ、代わりに素朴で清潔な印象が漂う。


黒猫が目を丸くして鳴いた。

「にゃー!似合ってる!魔法使いっぽさが消えて、街の人にも自然に見えるよ」


少年は思わず息を呑み、顔を真っ赤にして視線を逸らした。


「……すごく、可愛い……」


彼女は無言のまま、少し照れたように視線を落とした。 短い髪が頬にかかり、その仕草はどこか幼さを残していた。 街に馴染むための服――それは彼女にとって新しい一歩だった。



翌朝。 宿を出ると、昨日とは打って変わって街の人々の表情が柔らかかった。

彼女が黒いローブを脱ぎ、短い髪に古着をまとった姿は、もう「魔法使い」には見えない。


街人たちは自然に声をかけ、笑みを向けてくれる。

「おはよう、おでかけかい」

「市場に行くなら、今日は果物が安いよ」


少年は驚きながらも、心が少し温かくなるのを感じた。

昨日の冷たい視線が嘘のようだ。


黒猫は足元を歩き、猫らしく振る舞っていた。 尻尾をゆらりと揺らし、時折「にゃー」と鳴くだけ。

だが、人目のないときには小さな声でこっそり喋る。


「にゃ……昨日と全然違うね。服を変えたおかげね」


彼女は無言のまま、短い髪を揺らして市場の方へ歩いていく。 その横顔はどこか柔らかく、昨日よりも街に馴染んで見えた。


少年はふと気づく。 ――まるで二人でデートしているみたいだ、と。


彼女は無口で、黒猫は猫を演じている。 だから会話はほとんど少年と彼女の間で交わされるように見える。 街人の目には、仲良く並んで歩く二人の姿が映っているのだろう。


少年の胸が少し高鳴った。


「……なんだか、こうして歩いてると新鮮で楽しいね」


黒猫が小さく鳴いた。

「にゃー、デートみたいね」


少年は顔を赤くし、慌てて視線を逸らした。 彼女は何も言わず、ただ短い髪を揺らして歩き続ける。 その沈黙が、かえって心をくすぐるようだった。



市場に足を踏み入れると、果物や布地、香辛料の匂いが漂ってきた。

商人たちは秤で量り、手作業で袋に詰める。魔術具を使わないその様子に、少年は目を輝かせた。


「すごいな……全部人の手でやってるんだ。魔法なしでも、こんなに賑やかなんだね!」


布地を扱う店では、店主が彼女に布を勧めてきた。 「この色なら、短い髪によく似合うよ」 彼女は無言で布を撫で、少年に視線を向ける。 少年は慌てて頷き、さらに顔を赤くした。



街の散策の途中、少年はふと目に留まった店に足を止めた。 木の看板には「薬屋」と書かれている。 魔術具を使わないこの街では、薬屋もまた独特の工夫で成り立っていた。


店内に入ると、棚には乾燥させた草や根、瓶詰めの粉末、油に漬けた薬草が並んでいる。 魔法の調合や魔術具は一切なく、すべて人の手で加工されたものだった。 香りは強く、少し苦みを含んだ草の匂いが漂っている。


店主の老女が笑顔で迎える。


「いらっしゃい。何か入り用かね」


少年は目を輝かせて棚を見渡した。


「すごい……全部手作業なんだ。魔法なしでも、こんなに工夫できるんだね!」


黒猫は足元に座り、「にゃー」と関心したように鳴く。


彼女は黙ったまま、短い髪を揺らして棚の薬草をじっと見つめていた。 その横顔は真剣で、街の人々の暮らしを理解しようとしているように見えた。



薬屋の棚を前に、彼女はじっと立ち尽くしていた。 旅の資金は薬草を売ったりして得ている。

彼女が作る薬草は、魔法で乾燥させたり保存したりしているため、どうしても魔力が幾分か染み込んでしまう。 それが良いのか悪いのか――答えはまだ出ていない。


この街の薬草は違った。 屋根の下で風に晒し、日差しでじっくり乾燥させ、油や塩で保存する。

手間はかかるが、一切魔力が込められていない。 効能がどう変わるのか、彼女は気になって仕方がなかった。


黒猫が足元で尻尾を揺らし、こっそり囁いた。

「にゃにゃ。魔力がない分、効き目が弱いのか、それとも逆に純粋なのか……気になるわね」


少年は目を輝かせて棚を見渡した。


「全部試してみようよ!魔法で作った薬草と比べたら、面白い発見があるかもしれない!」


彼女は黙って頷き、手当たり次第に薬草を買い集めた。 乾燥した葉、瓶詰めの根、粉末にした種――どれも魔力の気配はない。 袋が次々と重くなり、少年は慌てて抱え込んだ。


「うわっ、こんなに?……でも、なんだか研究者みたい!」


少年は笑いながら、彼女の買い物に付き合う。


買い物を終えた彼女は、宿へ戻る道へ歩き出した。


黒猫はひそひそ声で囁く。

「にゃん。宿に戻るの?今日はもうデート終わりみたいね」


と少年の方へ振り向く。


その言葉に、少年は思わず顔を朱に染めた。

胸の奥が少し熱くなると同時に、ほんの少し残念な気持ちが広がる。

――もっと一緒に歩いていたかった。


彼女は無言のまま、宿へ向かう。 その背中を見つめながら、少年は小さく息をついた。

街の人々の優しい視線に包まれた一日が終わり、二人と一匹は静かに宿へ帰っていった。


黒猫は尻尾を揺らし、くすくすと笑うように鳴いた。

「にゃ、また明日もあるわよ」


少年はその言葉に少し救われるように微笑み、宿の灯りへと足を進めた。



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