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エルフィン・グレイド

石畳の路地を抜けた先、蔦の絡まる古い建物が現れた。

看板には、かすれた金文字で「ルクス書房」と記されている。


彼女は黙って扉の前に立ち、そっと手を伸ばした。

鈴の音が静かに響き、紙とインクの匂いが空気に溶ける。


少年が店内を見回しながら声をかける。


「すみません。“エルフィン・グレイド”に入る方法の記録って、ありますか?」


奥から現れた白髪の店主が、しばし黙って彼らを見つめたのち、ゆっくりと頷いた。


「……久しぶりにその名を聞いた。記録は少ないが、あるにはある。ついてきなさい」


階段を下りた先、地下の書庫には、封印されたような古い本が静かに眠っていた。

店主は一冊の革表紙の書物を取り出し、彼女たちの前に置く。


「“妖精の森と贈り物の記憶”――この中に、森に入る“条件”の断片が記されている。 だが、開くには“鍵”が要る。妖精に呼ばれた者、あるいは妖精に纏わる何かが、それを開く。」


彼女は懐から首飾りを取り出した。 その瞬間、本が淡く光り、ページがふわりと開いた。



古代文字が浮かび上がり、淡い光の中で静かに語り始める。


“森は贈り物を求める。

心を映すもの、真実を包むもの。

妖精は甘き香りに誘われ、 扉を開く。”


彼女は黙ってその言葉を見つめていた。 その意味をすぐに理解したわけではない。けれど、胸の奥に何かが静かに沈んでいくのを感じた。


少年がそっと声を落とす。


「……甘い香りって、もしかしてお菓子のことかな。妖精が集まるって書いてあるし。」


黒猫が肩で丸くなりながら、尻尾を揺らす。


「にゃー……この街には菓子屋があるはずよ。そこで妖精が好きそうなものがあるんじゃない?」


店主が棚から一枚の地図を取り出す。


「〈ミエル菓子店〉なら、たくさんの菓子を扱っている。そこに行ってみるといい。」


彼女は地図を受け取り、静かに懐へとしまった。 その手に、迷いはなかった。


外では、朝霧がすっかり晴れていた。 石畳の路地が、贈り物を探す旅が始まる。



〈ミエル菓子店〉は、表通りに面した小さな店だった。

木製の扉には蜂蜜の紋章が刻まれ、窓辺には金色の花が飾られている。


彼女は黙って扉を押した。 鈴の音が鳴り、甘い香りがふわりと広がる。


棚には、月蜜のタルト、星砂の飴、夢果のパイなど、見たこともない菓子が並んでいた。

どれも、ただの菓子ではない。魔素を含み、香りに記憶を宿すものばかりだった。


店員の女性が微笑みながら声をかけてきた。


「贈り物ですか?」


彼女は黙って頷いた。 少年が代わりに答える。


「妖精への贈り物を探していて……何か、喜ばれそうなものってありますか?」


店員は少し考えたあと、棚の奥から一つの菓子を取り出した。


「“月蜜のタルト”がいいかもしれません。月の香りは妖精を引き寄せると、昔から言われています。 それに、甘い物は妖精たちの集いのきっかけになることもあるそうです。」


彼女は静かにタルトを指さした。 店員がそれを包みながら、ふと呟く。


「そういえば、妖精は音楽にも惹かれると聞いたことがあります。 贈り物に添えるなら、オルゴールなんかもいいかもしれませんね。 この通りの先に〈ノクターン工房〉という楽器屋がありますよ。」


少年が目を輝かせる。


「行ってみましょう!音の贈り物も探さないと」


彼女は包みを受け取り、そっと鞄にしまった。

それはただの菓子ではない。 “誰かのために選んだもの”



外に出ると、風が少しだけ春の匂いを運んできた。



楽器屋の看板が、通りの先に見えていた。


通りの先に見えていた看板は、古びた木に銀の文字で「ノクターン工房」と刻まれていた。

窓辺には小さな鈴が吊るされ、風に揺れるたび、かすかな音が響く。


彼女は黙って扉を押した。

店内には、オルゴール、笛、弦楽器、音の魔具などが並び、空気そのものが静かに震えていた。


店主は背の高い男性で、音の気配に敏感な目をしていた。

彼女たちが入ると、すぐに声をかけてきた。


「贈り物を探しているのかい?」


彼女は頷いた。 少年がまた口を開く。


「妖精への贈り物です。音楽が好きだって聞いて……何か、いいものはありますか?」


店主はしばらく考え、棚の奥から小さなオルゴールを取り出した。

蓋には月の模様が彫られていて、回すと、静かな旋律が流れ出す。


「これは“月の調べ”。妖精の森に由来する音素をもとに、かつて森に入った音楽師が残した記録から再現された旋律だ。 音に惹かれる妖精には、よく届くはずだよ」


彼女はオルゴールを見つめ、そっと手を伸ばした。

その指先は、迷いなく蓋を閉じる。


店主が包みながら言った。


「音は記憶を呼び起こす。贈る者の心が、音に宿る。 それを感じ取るのが、妖精という存在なんだ。 それと――妖精は香りにも敏感だ。香りの贈り物を添えると、より深く届くかもしれない。 この通りの先に〈ルーナ薬香堂〉という香油の店がある。行ってみるといい。」


彼女は黙って包みを受け取り、鞄にしまった。

その手に、確かな重みがあった。


外に出ると、通りには香草の匂いが漂っていた。 少年が地図を見ながら言う。


「次は〈ルーナ薬香堂〉ですね。香りの贈り物……探しに行きましょう。」


彼女は頷き、歩き出した。 音と香り――贈り物は少しずつ、形になっていく。



通りを進むと、石造りの建物の一角に、淡い紫の看板が見えてきた。 〈ルーナ薬香堂〉――月の花を模した紋章が扉に刻まれている。


彼女は黙って扉を押した。

店内には、乾いた花、香油、薬草が並び、空気が静かに揺れていた。


香りは、言葉よりも深く届く。

それは記憶を呼び起こし、心の奥に触れるものだった。


店主は白衣をまとった女性で、棚の瓶を丁寧に磨いていた。

彼女たちの姿を見ると、ふと微笑みながら声をかける。


「贈り物ですか?」


彼女は頷いた。 少年が答える。


「妖精への贈り物を探していて……音楽とお菓子はもう見つけたんです。 次は香りがいいって聞いて。」


店主は棚の奥から小さな瓶を取り出した。

中には、淡い金色の香油が揺れている。


「妖精は香りを好むの。特に“月花の香油”は、森の扉を開く鍵になることもあるわ。 香りは、心の輪郭を映すもの。誰かのために選んだ香りは、ただの香油ではなくなる。 妖精は、それを感じ取るのよ」


彼女は瓶を見つめ、そっと手を伸ばし、静かに香油の包みを鞄にしまった。


外に出ると、風が少しだけ甘くなっていた。 通りの先には、古い時計塔が見えている。



少年が地図を見ながら言う。


「贈り物は揃ってきましたね。あとは……どうやって森に入るか。」


黒猫が尻尾を揺らす。


「なんだか、いいようにお使いをされてるみたい。妖精のいたずらってやつかしら。」


彼女は黙って歩き出した。 鞄の中には、甘い菓子、静かな音、そして香りの記憶が揃っていた。


森は、もうすぐそこだった。


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