呪われた海図
〈アスレイ号〉は、地図に示された小島の沖に停泊した。 島は霧に包まれ、岩肌がむき出しの荒れた地形。木々はまばらで、どこか人の気配を拒むような空気が漂っていた。
船長が甲板で声を張る。
「上陸は任意だ。だが、財宝があるなら、見つけた者に分け前を約束する!」
少年は剣を背負い、黒猫を肩に乗せて飛び降りた。
「行きましょう! 宝探しなんて、夢みたいです!」
彼女は静かに船を降りた。 足元はしっかりしている。船酔いの気配はもうない。 杖を握る手に、微かな魔力の光が戻っていた。
島に上陸した一行は、崩れかけた石造りの建物を発見した。 かつての海賊の隠れ家らしい。内部は静まり返り、埃と潮の匂いが混じっていた。
黒猫が耳を立てる。
「にゃ……なんか、嫌な感じ。魔力が……死んでるのに、動いてる。」
少年が扉を押し開けると、内部は薄暗く、壁には古びた地図や武器が並んでいた。 その中央に、宝箱がひとつ。 だが、近づいた瞬間、空気が変わった。
壁の影から、ぼんやりと人影が浮かび上がる。 海賊の亡霊――かつてこの島を守っていた者たち。
「侵入者……我らの宝に触れるな……」
声は低く、風のように耳元を撫でる。
少年が剣を構える。
「来ます! 黒猫さん、援護を!」
黒猫が跳ねる。
「にゃー! その宝物、わたしが頂くわ!」
彼女は杖をゆっくりと持ち上げた。 魔力が安定している。船の上では揺れていた力が、今は静かに集中していた。
彼女が杖を振ると、光の輪が亡霊たちの足元に広がる。 封印の魔法――亡霊の動きを止める術。
船員たちは連携して攻撃を仕掛け、乗客の魔法使いが光の矢を放つ。 少年が一体に斬りかかり、黒猫がもう一体の足元を引っかく。彼女の魔法が、亡霊の動きを封じていく。
やがて、最後の亡霊が霧のように消えた。
静寂が戻る。
船員たちは息を整え、乗客のひとりが宝箱にそっと近づいた。 中には金銀財宝がぎっしりと詰まっていた。宝石、金貨、装飾品――その中に、ひときわ異質な輝きを放つ銀と青の首飾りがあった。
黒猫が耳を立てる。
「んにゃー、ただの宝じゃない。……なんだか怒ってるみたい。」
彼女が首飾りに手を伸ばすと、空気がわずかに震えた。 その瞬間、建物の奥に残っていた魔力の残滓が、淡く揺らいだ。
乗客の魔法使いが首飾りを覗き込む。
「これは……妖精の魔力だ。封印されてる。いや、違う……呪われてる。」
船長が眉をひそめる。
「海賊どもが、これを持っていたせいで……亡霊になったのか?」
黒猫が首飾りに鼻を近づけて言った。
「にゃ……盗まれたものだと思う。持ってるだけで、呪いがかかる。 海賊たちは、それを守るために死んでも縛られたのよ」
彼女は何も言わず、首飾りを懐にしまった。 その動きは、迷いなく、静かだった。
少年が不安そうに言う。
「それ、呪われてるんですよね……?」
黒猫はため息をついた。
「にゃー……たぶん、持ち主に返せば呪いは解ける。妖精に返しに行くしかないわね。」
彼女は黙って頷いた。
その夜、〈アスレイ号〉は島を離れ、再び海へと出た。
船に戻った彼女は、静かに船室を歩いていた。 その足元は、わずかに浮いている。 甲板に触れず、数センチだけ宙に浮いていた。
黒猫が目を細めて見上げる。
「にゃん?亡霊の真似?」
彼女は何も言わず、浮いたまま船室の奥へと消えていった。 その背中は、船酔いの苦しみから解放された者の静かな勝利に満ちていた。
少年が黒猫に囁く。
「でも、酔ってないみたいですよ。すごい……」
黒猫はため息をついた。
「にゃー...魔法の無駄遣いね。」
船は波を越え、次の目的地へと進んでいく。 彼女の懐には、まだあの呪われた首飾りが静かに眠っていた。




