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魔物を呼ぶ声

山道を進む三人の旅人。 先頭を歩くのは、沈黙の魔女。


その肩に乗る黒猫が、突然耳をピクピクと動かした。

「……にゃ? 何か聞こえない」


黒猫が首をかしげる。 少年は立ち止まり、耳を澄ますが、何も聞こえない。


「僕には……何も」


黒猫はしばらく耳を動かしていたが、目を見開いた。

「にゃ! 村が魔物に襲われてる!!」


三人は駆け出す。視界の先に村が見えてくる。

空気は異様だった。空が重く、地面が震えている。


村の外れでは、バルクホッグが咆哮を上げていた。 イノシシのような巨体、岩のように硬い皮膚。

突進すれば家屋など簡単に吹き飛ばされる。


黒猫が少年に向き直る。

「アンタは村人たちと一緒に隠れてなさい。行くわよ、沈黙の魔女!」


彼女は無言で頷き、杖を握りしめる。 バルクホッグの咆哮が空気を裂き、地面が揺れる。



バルクホッグは、地を揺らす咆哮とともに突進してくる。

その巨体は、木々をなぎ倒し、地面に深い爪痕を残す。

皮膚は鉄のように硬く、魔力の矢も氷の刃も、表面で弾かれて砕け散った。


彼女は何も言わない。 ただ、静かに杖を構え、魔力の流れを読み取る。


黒猫が跳び回りながら叫ぶ。

「にゃにゃ、あの突進、やっかいね!なら、誘導するしかない!」


黒猫は魔物の視界に入り、挑発するように尻尾を振る。

バルクホッグが怒りに任せて黒猫を追いかけると、 その足元に、彼女が密かに仕掛けた“重力の罠”が発動した。


一瞬、バルクホッグの動きが鈍る。 その隙を逃さず、彼女は杖を高く掲げる。


詠唱はない。 けれど、空気が震え、光が収束する。


光の槍が放たれ、魔物の首元の柔らかい部分へと一直線に突き刺さった。


バルクホッグが咆哮を上げ、地面を踏み鳴らす。

だが、次の瞬間――その巨体が、ゆっくりと崩れ落ちた。


土煙が舞い、静寂が戻る。


彼女は杖を下ろし、黒猫は肩に飛び乗る。 少年が物陰から駆け寄ってくる。


「……すごい……あんな魔物を……」


黒猫が得意げに尻尾を揺らす。

「にゃあ。疲れた。」


彼女は何も言わない。




村人たちは三人に感謝を述べながら、事情を語る。


「最近、魔物の襲撃が相次いでいて……」


「今までは小さな魔物だったから、なんとか対処できたんです。」


「でも、今日のは……終わりだと思いました。」


黒猫が首をかしげる。

「スタンピード……? でも、なんか違う気がするわね。」


そのとき、彼女がふと一点を見つめた。 黒猫が気づいて、視線を追う。

「何? 子ども? まだ生後間もない赤ちゃんね。」


母親に抱かれて、すやすやと眠る赤子。 母親が言う。


「この子は、3ヶ月前に生まれたばかりです。」


彼女は頷き、首をかしげる。 黒猫が彼女の表情を読み取る。

「にゃー。この子が気になるの? でも分からないって?」


少年が尋ねる。


「どういうことですか?」


黒猫はしっぽを揺らしながら答える。

「にゃー? わからないわ。でも、最近この村が魔物に襲われるのが多くなってるのは、何かしら原因があるのかもね。森にあるのか、村にあるのか……とりあえず、森に行って確かめてみる?」


彼女は静かに頷いた。




森は静かだった。 爽やかな風が木々を通り抜け、鳥の声が遠くに響く。


けれど、黒猫の耳は再びピクピクと動いた。

「……にゃー? また何か聞こえる」


少年は耳を澄ますが、首を振る。


「……僕には何も聞こえません」


彼女も、静かに首を横に振った。


そのとき、小さな魔物が茂みから現れた。

だが、三人には目もくれず、森を抜けて村の方へ向かっていく。


「にゃにゃ。魔物の様子がおかしい。普通ならこっちに気づくはずなのに……」


三人は魔物のあとを追う。 やがて、再び村が見えてくる。


魔物は村の外れで立ち止まり、しばらく空気を嗅いだあと、 何かに惹かれるように、ゆっくりと村へ向かって歩き出す。


黒猫が低く呟く。


「村に原因が? 魔物が引き寄せられてる……?」




村に戻ると、赤子が泣いていた。 その泣き声は、人間には普通に聞こえる。 けれど、黒猫の耳は再びピクピクと動いた。


「……にゃ。これだわ。魔物が反応してる。」


彼女は静かに目を閉じ、空気の揺らぎを感じ取る。 少年は耳を澄ますが、ただの赤子の泣き声にしか聞こえない。


黒猫が低く呟く。

「この子の泣き声、人間には普通に聞こえるけど――魔物には“呼び声”に聞こえるのよ。 まるで仲間の声か、餌の気配か……とにかく、引き寄せられてる。」


少年が息を呑む。


「この子の泣き声……魔物には“呼ぶ声”に聞こえてる?」


黒猫が頷く。

「そう。森にいる魔物たちは、この声に引き寄せられてる。 泣き止めば目的を失って、森に戻るか、近くにいれば村を襲う。」


母親は赤子を抱きしめ、顔を青ざめさせる。


「そんな……この子が、原因だったなんて……」


彼女は赤子を見つめたまま、ゆっくりと首をかしげる。 その瞳には、怒りも恐れもなく、ただ静かな探究心が宿っていた。


「この力は、珍しいけどこの子の特性。個性。 殺すも、生かすも――この子次第ね。」


黒猫の言葉に、少年は息を呑む。


「じゃあ……この子が成長すれば、魔物を退ける力にもなる?」


黒猫は頷いた。


「にゃ。今は未成熟な魔力の波長。 でも、導き方次第で、守る力にも変わる。 そのためには、まずこの“呼び声”を制御しないとね」



彼女は無言のまま、紙に設計図を描き始める。

赤子の泣き声から発される魔力の波長を中和する魔具――小さなチョーカー。


黒猫が図面を覗き込みながら言う。

「にゃー。材料は……魔物の素材ね。手持ちにはないわ。 しばらくこの村に滞在して、彼女が森で集めるしかない。」


彼女は頷き、村の周囲に結界を張る。

赤子の声が外に漏れないように。 しかしその結界は、彼女の魔力で出来ているため、彼女が村にいる間だけ有効だった。


ー翌日

彼女が森へ向かう朝、少年は同行を願う。


だが、黒猫が首を振る。

「アンタは足手まといになるだけよ。留守番してなさい。」


少年は悔しさに拳を握る。

自分は何もできない――その現実が、胸を刺す。


その日から、少年は村一番の剣士に弟子入りする。 朝から晩まで、剣を振り続けた。


「筋がいいな」と村人に褒められる。 それが社交辞令でも、少年は嬉しかった。


彼女が森で戦っている間、少年は自分の弱さと向き合っていた。



彼女が森で集めた素材は、魔物の希少部位だった。


バルクホッグの“咽喉核”:魔物の咆哮を制御する器官。波長の源に近い性質を持つ。


ミリガストの“耳殻”:音に敏感な魔物の聴覚器官。魔力の共鳴を遮断する性質がある。


エンサボアの“心膜”:感情に反応する魔物の核。魔力の揺らぎを安定させる。


彼女は素材を集め、加工し、魔力を込めた。


二週間後―― 赤子の首に、小さなチョーカーがかけられた。


それは、泣き声から発される波長を中和する魔具。 魔物は、もう村に引き寄せられることはなかった。



朝霧が村を包む頃、彼女は静かに荷をまとめていた。 黒猫は肩の上で丸くなり、少年は村人に貰った剣を背負って立っている。


赤子は母親の腕の中で眠っていた。 首には、彼女が作った小さなチョーカーが光を帯びている。 それは、泣き声に宿る魔力の波長を中和する魔具。 魔物を呼ぶ“声”は、もう村を脅かすことはない。


母親は深く頭を下げる。 その目には、感謝と、ほんの少しの不安が滲んでいた。


彼女は無言で地図を広げ、ある一点を指さす。


黒猫が代わりに答える。

「ここ。もしこの子が大きくなって、自分の力を持て余したら――ここに行くといいわ。 “沈黙の魔女から紹介された”って言えば、力になってもらえるわ。 この場所には、この子の師匠になる人がいるの。」


母親は地図を受け取り、胸に抱きしめる。


彼女は赤子の額にそっと手を添える。 言葉はない。けれど、その仕草には、確かな祈りが込められていた。


そして、三人は村を後にする。




丘を越え、森を抜ける道すがら。 黒猫がぽつりと呟いた。

「……あんた、あの村に残っても良かったのよ。楽しそうにしてたじゃない。」


少年は前を向いたまま、静かに答える。


「僕は、彼女と一緒に旅をしたいんです。 いつか、彼女の隣に立てるように。」


黒猫は目を細め、肩の上で尻尾を揺らす。


「……にゃ。なら、ちゃんと覚悟しなさいよ。 沈黙の魔女の隣は、そう簡単じゃないんだから。」


彼女は何も言わない。 けれど、その歩みは、確かに少年の言葉を受け入れていた。


そして、一行はまた、新たな旅へと歩き出す。

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