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砦の街〈バルグレア〉 01

森を抜けた先に、石造りの砦が姿を現した。


高くそびえる城壁は黒灰色の岩で組まれており、ところどころに魔物の爪痕や焼け焦げた跡が残っていた。 その都市の名は〈バルグレア〉。魔物の森〈グレイフォレスト〉に隣接し、戦う者たちの街として知られている。


彼女は肩に黒猫を乗せ、無言のまま門をくぐった。 黒猫が耳をぴくりと動かす。

「にゃん。空気が違うわね。ここは、剣と魔法が交差する街。」


通りには武具屋、薬屋、素材加工所が並び、石畳の道を荷馬車が行き交っていた。


広場では討伐依頼の掲示板を囲んで、冒険者たちが声を張り上げていた。


「スタンビードの予兆だってよ!」「マジか、あれって群れで来るやつだろ?」 「目撃された場所、森の南端らしい。ギルドが調査隊募ってるぞ!」


黒猫が肩の上で耳をぴくりと動かす。

「スタンビードって、群れ化する魔物よね。原因は毎回違うけど、今回はまだ不明みたい。」


スタンピードの発生には、魔物の異常な繁殖によるものと、高レベルの魔物の縄張りが変わり、低レベルの魔物が縄張りを追われスタンビード化するものと様々あり、今回は原因が分からないらしい。その調査依頼も載っていた。


彼女は無言のまま、掲示板の前を通り過ぎると、広場の奥にある石造りの建物へと向かった。


砦都市の中心に構える冒険者ギルド〈灰の角〉。 重厚な扉には、魔物の角を模した装飾が施されており、扉の両脇には討伐成功者の名が刻まれた銘板が並んでいた。


黒猫が肩の上で尻尾を揺らす。

「にゃ。ギルドって、どこも似たような匂いがするわね。血と酒と、ちょっとした誇り。」


扉を押し開けると、内部は広々としていた。 正面には受付があり、左右には依頼掲示板と報酬カウンター。 奥には酒場と休憩所が併設されており、冒険者たちが談笑しながら装備を整えていた。


彼女は受付へと歩を進める。 黒猫が肩から飛び降り、カウンターの端にぴょんと飛び乗った。


受付にいた魔術師風の男が顔を上げ、彼女を見て口を開いた。


「依頼かい? 今なら“スタンビード調査”が急募だ。 目撃地点の魔力残留を調べて、群れの規模を推定する任務だよ。危険はあるが、報酬は……」


男は引き出しから一枚の紙を取り出し、彼女の前に差し出した。 そこには、そこそこ高額な金額が記されていた。


彼女は紙の金額部分を指さす。 黒猫がすかさず口を開いた。

「こんなに要らないわ。代わりに、ギルドが保管してる魔法書があれば見せて!」


受付の男は目を細めた。


「……魔法書? そんな報酬を選ぶ奴は滅多にいないぞ。 それでいいなら、こちらとしても有り難い。本当にいいのか?」


黒猫は肩をすくめるように尻尾を揺らした。

「この子は、魔法を探して旅してるの。お金より、知識の方が価値があるのよ。」


男はしばらく沈黙した後、ふっと笑った。


「変わった選択だが、まあいい。 調査地点は〈グレイフォレスト〉南端。昨日、スタンビードの群れが一瞬だけ姿を見せたらしい。 魔力の乱れがあった場所を調べて、報告してくれ。 報告が済んだら、書庫の閲覧申請を通してやる。」


彼女は紙を受け取り、懐にしまった。 黒猫が肩に戻りながら、ぽつりと囁く。

「……群れの予兆を術式で探るのはいいけど、スタンビードはじっとしててくれないわ。動き出したら、読み終える前に襲ってくるかもよ。」




翌朝、彼女は砦を出て、森の南端へと向かった。 空は曇りがちで、風は湿っていた。木々の間を抜けるたび、葉のざわめきが耳に残る。


グレイフォレスト。 魔物が生息するこの森は、砦都市〈バルグレア〉にとって脅威であり、同時に資源でもあった。 討伐された魔物の素材は街の経済を支え、冒険者たちの腕試しの場にもなっている。


彼女は森の奥へと進み、目撃情報のあった地点に到着した。 地面には踏み荒らされた痕跡があり、折れた枝や引き裂かれた樹皮が散乱していた。


黒猫が肩から飛び降り、地面に鼻を近づける。

「……魔物の通過痕ね。でも、スタンビードの群れにしては静かすぎる。 魔力の残留も薄い。何かが通ったのは確かだけど、群れの気配はないわ」


彼女は静かに杖を構え、先端に魔力を集めた。 空気に溶け込むように、魔力が周囲へと広がっていく。 術式の構築に紙も詠唱もいらない。彼女の魔力が、杖を通して探知の式を描いていく。


地面の上に、淡い光の紋が浮かび上がった。 魔力の流れを視覚化する術式。痕跡があれば、光がそれを映し出す。


光は一瞬だけ強くなり、すぐに消えた。 残された紋は、断片的な魔力の乱れを示していた。それは群れの動きとは一致しない。


「……これは、単体の魔物が通った痕跡。群れじゃない」

黒猫が尻尾を揺らす。


「スタンビードの中心にいる強者が、縄張りを変えたのかもね。 それに追われて、他の魔物が動き出してる。でも、ここじゃない。群れは別の場所にいる。」


彼女は魔力を収め、紋を消した。 風が吹き抜け、木々がざわめく。遠くで鳥が鳴き、森は静かに呼吸していた。


「……空振りね」

黒猫が肩に戻りながら、ぽつりと呟く。


「でも、何もないってことも、報告にはなる。群れがここにいないなら、どこかにいるってこと。 砦に戻って、報告しましょ。」


彼女は頷き、森を後にした。




砦の門が見えたとき、空はすでに夕暮れに染まり始めていた。 彼女は無言のまま歩き続け、肩の上で黒猫があくびをひとつ。

「にゃーあ。静かすぎるわね。森の中より、こっちの方がよっぽど不気味」


砦都市〈バルグレア〉は、夕刻の喧騒に包まれていた。 冒険者たちは依頼を終え、武具を手入れし、酒場では早くも笑い声が響いている。 だが、そのざわめきの奥に、どこか張り詰めた空気が混じっていた。


彼女はギルド〈灰の角〉に戻り、受付へと向かった。 昨日、依頼を受けた時と同じ男が席にいて、彼女の姿を見るなり軽く顎をしゃくった。


「調査、行ってきたんだな。どうだった?」


彼女は首を横に振る。黒猫が代わりに答える。

「痕跡はあったけど、群れじゃなかった。単体の魔物が通った形跡だけ。 魔力の乱れも薄いし、スタンビードの本体は別の場所にいるわ」


男は眉をひそめ、報告書に何かを書き込んだ。


「なるほどな。空振りか……いや、情報がないよりはマシだ。 約束通り、書庫の閲覧申請は通しておく。明日には使えるようにしておくよ。」


彼女は軽く頭を下げ、踵を返した。


ギルドを出ると、空はすっかり夜の帳に包まれていた。 魔力灯が街路を照らし、橙色の光が石畳に揺れている。 彼女は宿へと向かい、静かに扉を開けた。


部屋は簡素だったが、清潔だった。 窓の外には砦の城壁が見え、その向こうに黒い森の影が沈んでいた。


ベッドに腰を下ろすと、黒猫が隣に飛び乗った。

「……群れは、動いてる。あの痕跡は古くなかった。 今夜、何も起きなければいいけど……」


彼女は黙って窓の外を見つめた。 風が吹き、遠くで犬の遠吠えが聞こえた。 砦の上空には雲が流れ、月はまだ顔を出していない。


静かな夜だった。 だが、その静けさは、何かを孕んでいた。

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