風の分かれ道
焚き火の煙が空へと細く伸びていた。
風が草を揺らし、遠くで誰かの笑い声が聞こえる。
彼女は肩に黒猫を乗せ、静かにその音へと歩を進めた。
野営地の中央には、三人の旅人が焚き火を囲んでいた。
剣を背負った青年、地図を広げる少女、そして笛を吹く小柄な男。彼らは彼女の姿に気づくと、手を振って招いた。
「おーい、そっちの魔術師さん! こっちで休んでいかないか?」
彼女は少しだけ迷ってから、歩を進めた。 黒猫が肩で丸くなりながら、耳をぴくりと動かす。
「にゃにゃ。にぎやかね。お邪魔するわね。」
焚き火のそばは暖かかった。 旅人たちは食事を分けてくれ、地図を見ながら次の目的地を語り合った。
「俺たち、北の峠を越えて〈星見の湖〉を目指してるんだ。精霊の祭りがあるって聞いてさ」 「道中、魔物も出るけど、三人いればなんとかなるしね。あんたはどこへ?」
黒猫が代わりに答える。
「新しい魔法を探している旅なのよ。……ちょっと、気ままな道中って感じ」
「へえ、魔法探しか。なんかロマンあるな!」
剣の青年が目を輝かせる。
「魔法ってさ、使える人が静かだと、逆にかっこいいよね」
地図の少女が笑いながら言う。
「でも今日は静かにしてる暇ないよー!」
笛吹きの男が立ち上がり、軽快なリズムを奏で始めた。
その音は跳ねるように明るく、焚き火の炎に寄り添うようなものではなかった。
それは踊り出したくなるほど陽気で、空気そのものが弾んでいるようだった。
「さあさあ、夜は長い! 旅の途中で出会ったら、踊るしかないでしょ!」
少女が立ち上がり、くるりと回ってスカートを翻す。青年が剣を背負ったままステップを踏み、笛の音に合わせて足を鳴らす。
そして、黒猫が彼女の肩からひょいと飛び降りた。 焚き火の周りをくるくると回りながら、前足をぴょんと跳ね上げる。 尻尾をふりふり、後ろ足でリズムを刻むように地面を蹴る。
「にゃっ、にゃっ、にゃーん!」 黒猫は音に合わせて跳ね、回り、くるりと一回転。 旅人たちが歓声を上げる。
「猫まで踊るのか! すげえ!」
「この子、リズム感ある!」
少女が笑いながら手拍子を打ち、青年が笛に合わせて足を鳴らす。 焚き火の周りは、まるで祭りの広場のようだった。
彼女は焚き火の向こうでじっと見ていた。 けれど、焚き火の光が頬を照らしたとき、ほんの少しだけ、口元が緩んでいた。
黒猫は一回転して彼女の足元に戻ると、得意げに尻尾を立てて言った。
「...笑ってる。口元、ちょっとだけ上がってる!」
彼女は何も言わない。けれど、焚き火の光が頬を照らしたとき、ほんの少しだけ、口元が緩んでいた。
「踊らないの?」
少女が手を差し出す。
彼女は首を振る。
けれど、その手を拒むような仕草ではなかった。
「じゃあ、見てて! うちのリーダー、踊りだけは一流だから!」
笛の音が跳ねる。地面を踏む音、笑い声、手拍子。
黒猫がぽつりと呟く。
「複数人での旅って、悪くないわね。あんたが黙ってても、誰かが話してくれるし、踊ってくれるし」
彼女は焚き火の揺らぎを見つめていた。その瞳は、少しだけ柔らかくなっていた。
笛吹きの男が、彼女に小さな木片を渡した。それは、精霊の祭りで使う“風の護符”だった。
「これ、湖に着いたら風に投げるんだ。願いが届くって言われてる」
彼女はそれを受け取り、懐にしまった。
黒猫が小さく目を細める。
「...願い、ね。あんた、何を願うの?」
彼女は答えない。けれど、護符をしまう手は、どこか丁寧だった。
朝の光が野営地を照らす。 彼女は旅人たちに別れを告げる。 剣の青年が手を振りながら言った。
「またどこかで会おう! 風の向くまま、道は繋がってる!」
少女が笑いながら叫ぶ。
「次は踊ってもらうからねー!」
笛吹きの男が最後に一節、軽快な旋律を吹いた。
それは別れの音ではなく、再会の約束のようだった。
黒猫が肩で丸くなりながら、ぽつりと呟く。
「にゃん。あんた、ちょっとだけ変わったかもね。魔法より、笑い声の方が効いたのかも」
彼女は歩き出す。 風が背を押すように吹いていた。
その背中は、少しだけ軽くなっていた。




