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魔術都市〈エルゼリア〉 02

少女は、ギルドの中庭に立っていた。風が静かに吹き抜け、肩に乗った小さな精霊がふわりと揺れる。


魔法を使えたあの日から、彼女の中で何かが変わった。


それは、ただ魔法が発動したという事実ではない。 ——“魔法の出口”が見つかったという確信だった。


「……魔力はあるのに、魔法が出ない人。私だけじゃなかったはず。」


少女は、ギルドの記録を調べていた。過去に“魔力はあるが魔法が使えない”とされた者たち。その多くが、才能不足や精神不安定と判断され、魔術師の道を諦めさせられていた。


拳を握りしめながら、少女は呟く。


「違う。出口が違うだけ。私みたいに、精霊の力を借りるタイプだったかもしれない。」


使い魔を得たその日から、少女には魔力の流れが“ぼんやりと”見えるようになっていた。


都市の魔術師たちが使う術式の構造も、以前より少しだけ理解できるようになった。


それは、彼女——沈黙の魔女ほど明瞭ではない。けれど、魔法の“感覚”に触れられるようになったのは確かだった。


少女は、彼女のもとへ向かい、深く頭を下げた。

「弟子にしてください。私、この魔法を、他の人にも伝えたいんです。」


彼女は、静かに首を横に振った。


「...にゃっ、断るの?師匠から“弟子を取れ”って言われてたじゃない。なんでよ。」


彼女は術式の紙を取り出し、少女に手渡す。そして、指先で術式の流れをなぞりながら、魔力の通し方を示した。


「……召喚の術だけは教えるってこと?……あんた、矛盾してない?」

黒猫はあきれたように言った。


少女は、目を輝かせながら、彼女の描いた術式を穴が空くほど見つめていた。


魔力の流れが、紙の上に浮かび上がるように感じられた。それは、彼女の魔力と使い魔の存在が繋がっている証だった。


それからの日々、彼女は都市に滞在しながら、ギルドに集まる“悩める魔術師”たちに術式を見せ、魔力の出口を探す手伝いをした。


黒猫は、彼女の肩でしっぽを揺らしながら、時々口を挟む。

「にゃっ、あんた、無口のくせに教えるの意外に上手なのね。」


少女は、彼女の術式をもとに、精霊との“協力関係”による魔法の使い方を教え始めた。

「使い魔は、命令する相手じゃない。魔力を渡して、魔法の媒体になってもらうの。一緒に魔法を使うのよ」


そんな中、ギルドのお偉いさんたちが、彼女をスカウトしに来ることもあった。

「都市の魔術師として迎えたい」

「研究部門に所属してほしい」

——そんな言葉を並べて。


彼女は、すべて無言で無視した。首を横に振るだけで、相手は言葉を失った。



やがて、嫌がらせも始まった。 魔力供給の妨害、術式の改ざん——


だが、彼女はすぐにそれを見抜き、無詠唱で魔力を流して術式を無効化した。


「にゃっ、ほんとにあんた、都市の魔術師なんて子供みたいに扱ってるわね。」



そしてある日。 ギルド長が彼女のもとを訪れた。


深く頭を下げて言う。

「申し訳ありません。あなたに対する妨害は、私の知らぬところで行われていました。お詫びとして、都市の地下に眠る“古代魔法”をお見せします。」


地下には、巨大な古代遺跡が眠っていた。 都市の魔力網の源——だが、ギルドの中でも限られた者しかその存在を知らない。


少女は、彼女の隣で息を呑んだ。

「...ここに、魔法の始まりがあるんですか?」


彼女は答えなかった。 ただ、静かにその遺跡の奥へと歩き出した。



黒猫は、彼女の肩で目を細める。

「にゃっ...だらだらここで過ごしてると思ってたら、この“時”を待っていたのね。あんたの新しい魔法——ここで見つける気なのね」




ギルドの地下へと続く階段は、冷たい石でできていた。

彼女たちは、ギルド長の案内でその奥へと進んでいった。


少女は緊張した面持ちで、彼女のすぐ後ろを歩いていた。


黒猫は、肩の上で耳を立てながら呟いた。

「にゃん。この空気、魔力が濃い。けど、流れてない。閉じ込められてるわね。」


階段を降りきると、そこには巨大な扉があった。

ギルド長が手をかざすと、扉が静かに開く。


その先に広がっていたのは、古代の魔術文明が眠る遺跡だった。


石造りの柱、崩れかけた円形の祭壇、壁に刻まれた線のような模様—— どれも、今の都市の魔術とはまるで違う。


術式ではなく、魔力の“通り道”が描かれていた。


少女は目を見開いた。

「...これ、術式じゃない。魔力の流れそのもの...」


彼女は、遺跡の中心にある祭壇へと歩いていく。

その足取りは、まるで何かに導かれているようだった。


黒猫は、彼女の肩で目を細める。

「にゃー。この都市でだらだらしてると思ってたけど、違ったのね。あんた、ずっと“流れ”を読んでた。地下に何かあるって、魔力が教えてくれてたんだ。」


彼女は、祭壇の前で立ち止まり、そっと手をかざした。すると、祭壇の模様が淡く光り始める。 空間がわずかに震え、魔力が集まり始めた。


ギルド長が驚いたように言った。

「...反応した...今まで誰も、ここを起動させられなかったのに...」


少女は、彼女の背中を見つめながら呟いた。

「...魔力を読むって、こういうことなんですね。術式じゃなくて、魔力の声を聞く...」


彼女は、祭壇に魔力を流し込む。詠唱も術式もない。ただ、魔力の“流れ”を整え、空間と共鳴させる。


だが、祭壇の光はそこで止まった。 壁に刻まれた模様は沈黙したまま。 空間は、再び静まり返った。


黒猫が眉をひそめる。

「にゃにゃ?魔力を吸収したけど、出口が無いから止まってる? 流れ込んだ魔力が、どこにも行けない?」


彼女は、壁の模様を見つめていた。その瞳に映っていたのは、過去でも未来でもない——“今”の魔法だった。


少女は、そっと壁に手を伸ばす。使い魔がふわりと舞い上がり、少女の魔力を導くように空間に溶け込んでいく。

「見える。少しだけ、魔力の流れが。でも、途中で止まってる...」


彼女は、静かに歩き出す。壁の模様をなぞりながら、魔力の流れを読み取っていく。


そして、何も刻まれていない空間に、指先で新たな“線”を描き始めた。


黒猫は、肩の上で目を細める。

「にゃっ。あんた、出口を作ったのね。魔力が流れる先——それが無いと、魔法は目を覚まさない。」


彼女が描いた線が、祭壇の光と繋がった瞬間—— 空間全体が震え、壁の模様が次々と光を帯びていく。魔力が、遺跡全体に行き渡り始めた。


それは、記録ではなく“構造”だった。この場所に刻まれていたのは、魔法の使い方ではなく、魔力の流れそのもの。そして今、彼女の接続によって、魔法が再び動き始めた。


黒猫は、しっぽを揺らしながら呟いた。

「にゃ-。この遺跡、ただの建物じゃない。魔法そのものよ。あんたが魔力を流して、出口を作ったことで、ここが目を覚ました。」


ギルド長は、しばらく沈黙していた。

祭壇の光が壁へと広がり、空間全体が静かに脈動するのを見つめながら、やがて深く頭を下げた。


「...感謝します。あなたがいなければ、この遺跡は永遠に沈黙したままだった。私たちは、術式で魔法を制御しようとするばかりで、魔力が“どこへ向かうか”を考えていなかった。あなたが教えてくれたのは、魔法の“流れ”そのものです。」


彼女は何も言わなかった。 ただ、祭壇の光が壁の奥へと伸びていくのを見つめていた。



ギルド長は続けた。


「この都市の魔術師たちにとって、これは新しい始まりです。魔法を“繋ぐ”という考え方——それを、私たちは受け継ぎます。」


少女は、彼女の背中を見つめながら、そっと呟いた。

「魔法って、命令じゃないんですね。誰かと、世界と、繋がるためのものなんだ。」


黒猫は、肩の上で目を細める。

「沈黙の魔女。あんたの魔法は、ちゃんと語ってるわよ。」


彼女は、わずかに頷いた。



黒猫が、くるりと跳ねて地面に降りる。

「さて、そろそろ行く?次の“新しい魔法”が、あんたを待ってる。」


彼女は、祭壇に背を向け、静かに歩き出した。

その足取りは、迷いなく、けれどどこか名残惜しげでもあった。



少女は、彼女の背中に向かって深く頭を下げた。

「ありがとうございました。あなたの魔法、私、忘れません。言葉じゃなくても、ちゃんと伝わりましたから。」


彼女は振り返らなかった。 けれど、黒猫が一度だけ、少女の方を見て、にやりと笑った。

「にゃにゃ。あんた、いい目をしてる。その目があれば、きっと“流れ”を見つけられるわよ。」


そして、彼女と黒猫は、静かに都市を後にした。 石畳の道を踏みしめながら、誰にも告げず、誰にも見送られず。 ただ、魔力の流れに導かれるように、次の土地へと歩き出す。


遺跡の奥では、まだ光が脈打っていた。 まるで、長い眠りから覚めた魔法が、静かに呼吸を始めたかのように。

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