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後編

 今日も今日とて、暇を持て余し玉座に座り頬杖をついていたら、1人の勇者が現れた。


「魔王! 貴方を倒しに来たぞ!」

「!」


 勇者は全身に鎧を装備していた。顔や頭まで隠すカブトを被っているので顔は見えない。

 だが、その声で女だと分かった。

 女の勇者とは珍しい。


「ほぉ。吾輩を倒すか。面白い」


 吾輩は玉座から立ち上がった。

 杖を召喚し、女勇者と対峙した。


 女勇者は剣を構え、吾輩に果敢に立ち向かってきた。


※※※※


(なかなかやるな……)


 剣捌きが素早い。レイピアを使い、吾輩の急所目掛けて的確に突き刺している。


 だが、惜しい。お前の動きなど止まって見える。

 吾輩はその攻撃全てをギリギリのところでかわしていた。


 女勇者が吾輩の胸目掛けて思い切りレイピアを突き刺そうとした。それを軽々とかわし、隙だらけになった腹に向けて、思いっきり蹴り上げた。


 女勇者が吹っ飛んでいった。

 壁に背中から激突し、壁には大きなヒビが入った。

 女勇者はズルズルと崩れ落ちていった。

 腹を両手で抱え、うずくまっている。


 気に入った。なかなか楽しめた。


「女勇者、勝敗は決した。楽しかったぞ?」

「っ! ゴホッ! ゴホッ!! っくっそー!!」

「無理して喋るな。殺さないでやろう。――去れ」


 女勇者は腹を片手で押さえながら、もう片方の手でガンガンと悔しそうに床を殴っていた。


 息を整え、暫くすると立ち上がった。

 そして、吾輩に話しかけた。


「魔王。私は明日も来るぞ」

「やめとけやめとけ。お前じゃ吾輩には指一本触れられない」

「……」

「国に戻り、他の事にその力を使え」

「……私は魔王の為に強くなったんだ」

「?」


 女勇者はこちらに近付いてきた。吾輩を恐れる事なく、敗者とは思えない立ち姿で堂々と歩いていた。吾輩の前でスッと脚を止めた。


「魔王。さっき言ったな? 私は貴方には指一本触れられないと」

「あぁ。言った。本当の事だ」

「……では、触れられたらどうする?」

「? どうもしないが?」

「ダメ! ちゃんと考えて!」

「はぁ?」


 女勇者は腰に手を当ててプリプリと怒っていた。


「私が魔王に触れたら、それはもう私の勝ちなの!!」

「何故だ?」

「いいの!」


 何だその勝利条件。無茶苦茶だなコイツ……。


 だが、この無茶苦茶なやり取り……、懐かしさを覚えた。


(そう言えば、よくハナタレも無茶苦茶な事を言っていたな。確か、ハナタレの描いた絵で、吾輩が感動すればハナタレの勝ち……とか)


 吾輩はハナタレを思い出して、フッと笑った。


「あ! 今笑った! カッコいい!」

「な、何だお前……。頭大丈夫か?」

「何で笑ったの? もっと私に笑いかけて!」

「う、うるさい女だな。何故吾輩がお前に笑いかけなければならん」

「昔は笑ってくれた!」

「昔ぃ? お前、前にどこかで会ったか?」


 女勇者は、ハッとして慌てて吾輩から離れた。


「と、兎に角! 指一本でも触れたら私の勝ちだから! 勝ったら私のお願い聞いて!」

「な、何故だ!? 意味が分からん! 何故吾輩がお前の願いを聞かなければいけない! 強引過ぎるわ!」

「いいの!」

「良くないわ!」


 女勇者は、フフンと小馬鹿にしたように吾輩を鼻で笑った。


「魔王。負けそうだから嫌なんでしょう?」

「は?」

「私は次回、貴方に触れるわ! そうしたら貴方の負けだもんね。負けるのが怖いんでしょう」


 こ、この女……!! 吾輩に触れる事が出来ると本気で思っているのか!? 何て自信過剰な奴だ!! えぇーい! 身の程をわきまえさせてやる!

 吾輩は威厳のある立ち姿を取り、ゴホンと咳払いをして怒りを鎮めた。


「いいだろうクソ女。吾輩に触れたらお前の勝ちにしてやる」


 女勇者は身を乗り出して吾輩を見つめた。


「本当!? お願いきいてくれるの!?」

「あぁ。いいだろう。――お前が勝つ事などありえないからな」


 キャー! やったー! と言いながら、女勇者はクルクルと回って踊り出した。


 あぁ、ハナタレを思い出す。

 ハナタレも嬉しいとこうやってクルクルと踊り回っていたな。


――ハナタレは今、18歳か。元気だろうか。

 きっと逞しい青年に成長しているだろう。


 吾輩がハナタレを思い、遠くを見つめていたら女勇者がサッと吾輩に手を伸ばした。吾輩は慌ててその手を避けた。


「コラ! 触れるな!」

「チッ! チャンスだったのにぃ〜!」


 な、何という女だ。勝負はもう始まっていると言うわけか。危ない危ない。


「帰れ! クソ女!」

「クソ女じゃない! クロレラだもん!」

「いいから帰れ!」


 女勇者はプリプリと怒った後、パタパタと走って帰っていったのだった。


※※※※


「魔王様。何か凄いのが来ましたね」

「あぁ……。疲れた」

「そうなんですか? 楽しそうに見えましたよ?」


 ピュールーの軽口を、ギロリと睨みつけた。吾輩の視線に、ピュールーはビクリと身体を縮こませた。

 何が楽しいものか。クロレラとかぬかしたな、あの女勇者。

 明日も来るとか言ってやがった。


「あー面倒臭い。明日もアイツの相手をしなきゃいけないのか」

「あはは。本当は楽しみな癖に。――久しぶりにこんな楽しそうな魔王様を見ました。私、嬉しいです」

「うるさい!」


 吾輩はピュールーの頭をゴチンと殴ったのだった。


※※※※


 宣言通り、クロレラは次の日も魔王城へやって来た。吾輩に触れられないと、また次の日、その次の日……何日も何日も吾輩に挑戦した。


 ぬぅ。粘り強い女だな。


 こんなところもハナタレに似ている。


 クロレラが来る様になって1ヶ月が経過した。


 今日もクロレラはあの装備をつけて、吾輩の前にやってきた。


「魔王! 今日こそ覚悟!」


 クロレラのレイピアが吾輩の身体をかすめる。

 うん。最初より動きが良くなっている。まだまだ成長できるだろう。

 

「……」


 そう言えば、クロレラは何歳位なのだろう。どんな顔をしているのだ?


――何となく興味が湧いた。攻撃を避けながら考える。


 顔をわざと隠しているのだろうか? 気になるな。


 吾輩は顔を見せて戦っているのに、クロレラの素顔を見た事は一度もない。いつもカブトを被っていた。何となく不公平だ。

 カブトを壊せば素顔が見れる。

 ……いや、女性の素顔を無理やり暴くことなど失礼にあたるか? 


「……」


 吾輩はフルフルと首を振った。


――いや、何が失礼だ。これは真剣勝負なのだ。失礼とか言っている場合ではないのだ。


(よし。興味本位だ。クロレラとも1ヶ月戦い続けている。そろそろ顔を見合わせて戦いたい)


 べ、別に深い意味はない。断じてないぞ?


 そんな事を思いながら、右手をカブトに向けた。

 クロレラは驚いて、後ろに飛びずさろうとした。

 だが、吾輩の方が一歩速い。

 爪をカブトに向けて縦に一閃した。

 吾輩の爪の威力はなかなかだ。カブトはパカリとあっさり縦に割れた。

 

 二つに割れたカブトが床に落ち、クロレラの顔が、吾輩の目前に晒された。


「!?」


 ウェーブのかかった肩まで伸ばした空色の髪。パッチリとした猫のような金色の瞳。ツンと上を向いた小さな鼻。陶器のような透き通った白い肌。真っ赤な薔薇を連想させる紅い唇……。


――クロレラは、美しかった。


 吾輩は不覚にも、その美しさに動きを止めてしまった。


「!!」


 後ろに下がろうとしたクロレラの脚がグッと地面を蹴った。

 そして、後ろではなく前に、つまり吾輩へ向かって突進した。


 レイピアを放り投げ、ギュッと抱き着かれる。


「し、しまった……!!」


 クロレラは思いっきり吾輩に抱き付いたので、思わずバランスを失った。

 吾輩としてはありえない事なのだが、脚を滑らせて背中を床に打ち付けてしまった。


 つまり、クロレラに押し倒されたような体勢になってしまったのだ。


 ドサリと音がして、暫く2人とも動かなかった。


「……」

「……」


 クロレラは、吾輩にしがみ付いて離れなかった。

 沈黙を破ったのは……、クロレラだった。


「……やった……」

「お、おい。どけ」

「やった……」

「分かったからどけ」

「やったぁーーー!!!」


 クロレラが吾輩にギュウギュウしがみ付いた。


「捕まえたーーー!!! 魔王に触れたーーー!!! やったぁ!!!」


 な、何と言う事だ……!! ちょっとした好奇心からこんな事態になろうとは……!!

 これは自滅だ……!! 自ら敗北へ向かった様なものだ……!!


 ピュールーが慌てて吾輩達に駆け寄った。

 そして、声高々に言い放った。


「この勝負! クロレラ殿の勝利です!!」


 グワァーー!! 吾輩が負けた!! 吾輩が……!! この吾輩が……!! 世界最強の大魔王の吾輩が!!

 吾輩の心が乱れに乱れている間、ピュールーは呑気にクロレラに手を差し伸べていた。

 クロレラは手を掴み、立ち上がった。


「もう少し魔王に抱き着いていたかったんだけど……」


 そう言って照れたように、吾輩に笑いかけた。

 茫然自失の吾輩は、ただその笑顔を見ている事しか出来なかった……。


※※※※


「何で抱き着く! 離れろ!」

「やだ!」


 クロレラはまた吾輩に抱き着いていた。


「クロレラ殿。やりましたね!」

「ありがとう。ピュールー」


 クロレラとピュールーは笑い合った。

 え? 何だこれ? いつの間に2人はこんな親しげになっているのだ?


「大きくなりましたねぇ。あまりにも美しく成長していたので驚きました」

「えへへ。ありがとう」


 何だこの2人……。知り合いだったのか?


「お前ら、知り合いなのか? ――あ、もしや昔の恋人とか?」

「「……」」


 2人は黙り込んだ。

 ピュールーはタラリと汗を流し、アレアレ? と呟いた。


「魔王様、まだお気づきにならないのですか?」


 クロレラにジトーッと睨まれた。


「? 何だ?」

「魔王のバカ!!」

「な、何だと小娘!! 誰がバカだ!!」

「ピュールーはカブト被ってる時から気付いてたのにぃ!」

「!?」


 クロレラにガクガクと揺さぶられた。


「私だよわ・た・し!! ハナタレ勇者だよ!!」

「!!??」

「忘れちゃったの!? ひどいよう。私はずっと忘れなかったのに!!」

「はぁ!? ハナタレは男だ!! お前は女だろう!?」


 ピュールーが慌てて口を開いた。


「男って……!! 失礼ですよ! ハナタレは昔から女の子だったでしょう!?」

「え!? いやいや! どう見ても小僧だったぞ!! オイラとか言っていたじゃないか!!」

「それは上の兄弟が兄貴ばっかだったから、自然と男口調になっちゃってたの!!」


 えぇ……!? えぇ……!! な、何だこの展開!? 


 状況が理解できない吾輩の頭には、クエスチョンマークが飛び回っていた。


※※※※


「改めて。ハナタレ勇者ことクロレラだよ」


 クロレラは鎧を脱いで軽装になった。シンプルなシャツにスラっとしたズボンを履いていた。見た目の華やかさとは違い、爽やかでボーイッシュな姿だった。


 な、何だハナタレの癖に……! 美少女だと……!?

 い、いや、そんな事はこの際どうでも良い。

 吾輩はピュールーを睨みつけた。


「ピュールー! お前、いつから気付いていた! 何故吾輩にクロレラがハナタレだと明かさなかったのだ!」

「え? 2回目の戦い位から気付いてましたよ? だって立ち振る舞いがまんまハナタレ勇者じゃないですか。……で、ですが自分から正体を明かさないのなら、何かしら理由があるのだろうと思って……」

「何ぃ!? 2回目から!? お前、意外と観察眼に優れているのだな。見直したぞ!」

「え……? そんなの褒められても嬉しくないです。むしろ、何故魔王様が気付かないのか不思議な位で……」


 ピュールーは意外と策士だからな。こういった正体を探る能力に優れているのだろう。普通なら気が付かない。だから、吾輩が鈍い訳では決してないのだ。

 あいも変わらず吾輩に抱き着いているクロレラが、口を開いた。


「私ね、魔王にもうここへは来るなって言われたから、会うのが怖かったの」

「……」

「いきなりハナタレ勇者だって名乗って会いに行ったら、私の事追い返すでしょう?」

「まぁ……な」

「だから私、ハナタレだってバレないように顔を隠したの」


 いや、隠さなくても多分吾輩はクロレラがハナタレだと気付かなかったぞ?

 だって吾輩、ハナタレは男だと思っていたし、まさかこんな成長を遂げるとは思わないからな。


「そして、強くなる事にしたの。魔王、普通の人間は相手にしないけど、勇者は相手にしてくれるから。いっぱいいっぱい修行したんだよ?」


 むぅ……。何でクロレラはそんな吾輩に会いたかったのだろう。

 疑問が膨らむ中、クロレラはウルウルと吾輩を見つめた。


「私ね、人間の世界で頑張ったよ。友達もいっぱいできた。家族とも仲良くやってるし、学校だって通ったんだよ?」

「そうか。偉いじゃないか」


 でも……。と言ってクロレラは俯いた。


「やっぱり魔王に会いたかった……。大好きな人と、ずっと一緒にいたかった……」


 クロレラはそう言いながら、更に吾輩に密着した。

 何なんだクロレラは。吾輩が大好きだと? 


――あぁ、オヤツを与えていたからか。


 子供とは、食い物をくれる者を問答無用で気にいるのだ。


 吾輩はさしずめ、『オヤツおじさん』とでも思われているのだろう。


……仕方のない奴だ。


「分かった。ピュールー、ケーキを持ってきてやれ。――全く、食いしん坊は幾つになっても直らんな」

「!?」

「オヤツおじさんとして、責務を全うしてやろう」

「オヤツおじさん!?」


 クロレラは素っ頓狂な声を上げ、目を大きく見開いた。

 何だその目は。ケーキだけでは不満か?


「仕方がない。プリンもつけてやれ」

「ち、違う! オヤツの内容に驚いてる訳じゃないから!」

「じゃあ何だ。お前は吾輩がオヤツをくれるおじさんだから、もう一度会いたかったのだろう?」

「えぇ……?」


 クロレラは困った様な表情で吾輩を見つめた。

 何だその顔。不満げだな。

 

 吾輩達を見ていたピュールーが、『魔王様、ニブイ……』と呟いた。

 ふざけた事を抜かしたピュールーを叱りつけようと思っていたら、クロレラが吾輩から一回離れた。

 そして、吾輩の顔を怒った様にジーッと睨んでいた。


「魔王。約束覚えてる? 私が勝ったら、私のお願い何でも聞いてくれるって」


 あぁ、そうだった。そんな約束をしたのだった。食いしん坊クロレラの事だ。きっと山盛りのスイーツやらジュースのプールなどをご所望だろう。


「いいぞクロレラ。何でも聞いてやる」

「じゃあ……。私をお嫁さんにして!!!」

「?」

「私は魔王のお嫁さんになる!!!」

「!!??」


 な、何だ!? お嫁さん!? 嫁と言ったのかコイツは!? 聞き間違いか!?


「お、お前、何を言っている!?」

「子供の頃から、魔王のお嫁さんになるのが私の夢だったの!」

「バ、バ、バ、バカかお前!? 幾つ離れてると思ってる!?」

「幾つなの?」

「吾輩は、340歳だぞ!? お前は18だろ!?」


 ピュールーがササっと付け足した。


「人間で言えば、34歳くらいです」

「じゃあ、歳の差16歳ね。大した事ないじゃない」

「変な計算の仕方をするな! 322歳の差だ!」

「むぅー! 歳の差なんてどうでもいいじゃない! 兎に角魔王のお嫁さんにして!」


 な、な、な……!! 本当何を言っている!?


「無理に決まっているだろうが!! お前なんか吾輩から見たら赤ん坊だ!! 赤ん坊など嫁に出来ない!!」

「赤ん坊じゃないもん! 立派なレディーよ! 結婚だってできる年齢なんだから!」

「そ、それに、魔族と人間が結ばれる事などある訳ないだろ!」


 ピュールーがまたササっと口を開いた。


「大丈夫ですよ魔王様。クロレラには魔族になって貰ってもいいし、そのまま人間でもいいじゃないですか。魔族と人間で結ばれる事なんて、珍しくありませんよ?」

「そうよね! 流石はピュールーだわ」

「馬鹿者!! お前どっちの味方だ」

「勿論、クロレラ殿です」

「ぐぬぅ〜〜!! 吾輩の側近の癖に、何たる言い草!!」


 それに……。とピュールーはニコニコと続けた。


「さっき魔王様、クロレラに見惚れてたじゃないですか。それで負けたんでしょう?」

「!? ば、馬鹿者!! そんな訳あるか!!」


 クロレラの顔がパァ〜ッと音がしそうな位明るくなった。


「魔王。私に見惚れてたの? だからさっき動きを止めたの?」

「ち、違う!!」

「違わないもん。やったあ〜〜!! 私の事、意識してくれたんだぁ!!」

「違うー!!」


 マズイ……! マズイぞこれは……!!

 クロレラの奴がこんな願い事をするとは予想外だった。

 吾輩を無視して、クロレラとピュールーが盛り上がっている。ここは吾輩が冷静にならなければ。

 吾輩は大魔王。威厳を取り戻せ!!


 一つ深呼吸をして、背筋を正した。ゴホンッと咳払いをして、静かに口を開いた。


「クロレラ。吾輩はお前を恋愛対象には見れない。悪いが他の願い事にするのだ。ジュースのプールはどうだ? テーブルに乗り切れないスイーツでも良いぞ?」

「……」


 クロレラは無言で吾輩の言葉を聞いていた。

 

 ……かと、思ったらカツカツと吾輩の元へ近付いてきた。背伸びをして、吾輩の顔を両手でガシッと掴んだ。


 そのままブチュッと唇を押し付けた。


「……」

「……」


 思考停止状態の吾輩から唇が離れた。

 クロレラは、照れた様に吾輩にニコッと笑いかけた。


「私の初めて、魔王にあげる」

「……」

「魔王。恋愛対象に見れないなら、これから見れる様に努力して。私、頑張るから」

「……」


 クロレラが吾輩から離れた。そして、徐々に顔が赤くなっていった。

 大胆な事をしたが、ジワジワ恥ずかしくなってきたのだろう。

 そのまま吾輩に背を向けた。


「じゃ、じゃあ今日は帰る!――明日も来るから!」


 そう言ってダッシュで走り去ってしまった。


※※※※


「魔王様。女の子にあそこまでさせたなら、責任を取らなければなりません」

「……」


 ピュールーはクロレラが走り去った方向を見つめながら、そう語りかけた。そして、こちらに顔を向けた。


「……。魔王様?」

「……」

「……お顔、真っ赤ですよ?」

「!!」


 吾輩は、赤面した顔を隠す為、ピュールーに背を向けた。


――――全く。


 本当にクロレラは、吾輩の心を揺り動かす。

 子供の時からそうだ。

 困った娘だ。


 ピュールーが吾輩の背中に向かって話しかけた。


「これからどうするかは、魔王様ご自身でお決めください」

「……」


 これからどうするか?


 そんなの決まってる。


 まずは、クロレラの両親に会いに行かねばなるまい。そこでこう言うだろう。


『お前達の娘は吾輩が貰う。悪いと思うが聞き入れてくれ』


――――クロレラは、吾輩にとって今も昔もかけがえのない存在なのだ……と。

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