隠し墓には墓守ありき
手持ちの明かり以外に光はなく、こつこつと、小さな足音のみが響く一本道。
ローゼリアが出した魔法の光を頼りにしながら、俺達は慰めの隠し墓を順調に進んでいく。
「……ありませんわね、戦闘。ちょっと拍子抜けです」
ローゼリアは片方の手で俺の手を、そしてもう片方で小さな手で細い木の枝──エルフの魔法使いが使うことの多い木の杖を握りながら、中々にバイオレンスな不満を零してくる。
楽しむのは結構ですが、なんでそんなに好戦的なんでしょうか。
敵なんていないに越したことはないと思うんだが、そこは刺激欲しさに森から出た王女と感性凡人な俺の差なんですかね。
とはいえ残念ながら、ここの道中では王女様が望むような戦闘は望めないだろう。
慰めの隠し墓と呼ばれるこの場所は、GHでも戦闘は奥にいるボスの一回のみしか発生せず、道中で敵が襲ってこない場所だ。
壁に刻まれたよく分からない絵やら読めない文字に、奥にで待ち構えるボスと重要そうなお宝達。
GHにはそこそこある、如何にも考察してくださいとばかりに設置されながら、考察ガチ勢達ですらよく分からないで匙を投げた場所。その一つがこの慰めの隠し墓だ。
ゲームが現実になった今、解像度十割増しな壁画ならいけるかもとチャレンジしたが無駄。
生まれ変わろうが俺は俺。古代文字の解読なんて学者の真似事が出来るようになるわけがない。
せめてあの公式ファンブックを一度でも読めていれば、何か一つくらいは解き明かせたのかもな。
……嗚呼、どうして再販してくれなかったんだ。どうして受注生産でなく限定百部しか世に出さなかったんだ。その件については一度死んでもなお恨み続けるからな、GH公式よ。
「黒き泥は三度世界を呑み込む? 偽りの太陽、隠されし天宝、悪意の先史、始まる前の世界……?」
まあ無学な俺と違って、王女様は何が描いてあるのか理解出来ているっぽい。
けれど残念。節々に呟かれるワードもちんぷんかんぷんで、俺が教えて欲しいくらいだ。
これ、送られてきた通信教材でやったところ! ……なーんて知識無双してみたかったなぁ。
勉強ってのはいつも必要になって初めてやらなかったことを後悔するんだ。
前世でもそうだった。あれは大学の抗議で偶然にも可愛い女子と同じグループになったとき、せっかく振ってもらえた話題をよく分からないで切り上げてしまったのは今でも後悔しかない。
思い返してみると、あの一回以来女子と話す機会なかったな。
バイト先も男ばっかりで出会いなんてなかった。働くならそっちの方が気楽で助かったけどさ。
「あなた様? もしや他の女性のことをお考えになって?」
そ、そんなことないよー?
あ、あの絵メロンみたいな形してるなー。久しぶりにメロン食いたいなぁ。メロンってこの世界にあるのかなぁ。……なんで俺は十歳の娘に言い訳してるんだろうな。
「……ん、この格子は?」
前世でも滅多に食べられなかった高級フルーツに思いを馳せていると、やがて目の前に姿を現わしたのは道を遮る格子戸。
エルフ由来の場所だというのに彼らの愛する木ではなく金属で作られた扉は、こんな場所だというのに錆や劣化はどこにも見られず、他に目立つのは中央に紋章が描かれていることくらいか。
……本当、この場所って何なんだろうな。
「この紋章は……開いて、しまいましたわ」
ローゼリアが俺から手を放し、細い人差し指で紋章を指でなぞるとカチャリと音が鳴り、独りでに扉は開いていく。
別に俺は驚かないよ。ゲームでも仲間にローゼリアがいると独りでに開くとだからね。
よしよし、ひとまずは順調に進んでいるな。
あとは最後にして最大の関門を越えることが出来れば、一発逆転大勝利間違いなしなはずだ。
……何かの間違いで起動しないでくれないかなぁ。
でもRTA勢曰く、あいつの起動フラグはこの格子戸の解錠らしいからなぁ。嫌な予感しかしないなぁ。
不安全開になりながらも、安全を示すべくローゼリアよりも先に格子戸の先へと軽く跳び進む。
格子の境を越えた刹那、一変する周囲。
真っ暗な、天然ものとしか思えないほど荒い壁面だった洞窟は、先を照らす明かりの必要ない、整備された無機質な灰色へ。
……やっぱりすごいね、ファンタジー世界って。こういうの、一生慣れない気がする。
こうなっているという知識こそあったが、改めて体験すると流石に驚かずにはいられない。
ゲームでは扉を抜けるとロードを挟む場所だったが、こんなにもいきなり変貌するとはびっくりだよ。
「これは一体……まさか、今までの内部は偽装?」
俺がポカンと驚いていると、王女様も格子戸をくぐり、同じように驚愕している。
どうだすごいだろう? 思わず声も出ちゃうってものだろう?
くるしゅうないぞ、もっと盛大に驚くがいい。まあ俺の手柄や功績なんて一つもないけどね。
「やはりここは、初代女王の眠る失われた墓。我らエルフが幾年月を費やし、それでも発見出来なかった来たる日のための揺り籠……」
何か深く考察している所悪いんですが、時間も押しているのでそろそろ進みましょう。
マジでこっからが本番なんです。頼みの綱の王女様なんだから頼みますよ、本当に。
二人揃って変貌に驚きながらも、俺が一歩前に出ながら、奥への歩みを再開させる。
一歩先へ進む度、俺の小さな心臓がより早く、より強く騒いでならない。
まさか一丁前に恐れているのか。この期に及んで、この先で死ぬかもしれないという未来を。
……阿呆らしい。死が怖いのなら、宝探しなんてせずに村に引きこもってればいいものを。
「あらあなた様? さては緊張なさって?」
そんなチキってる俺の心を察したのか、王女様は再び俺の手をやさしく握り、からかうように微笑んでくる。
俺のちんけな心の中なんて全部お見通しってわけか。
流石はあのローゼリア・リタリス・コングラシア。たった十ながら、既に俺が出会った中でもトップクラスに良い女だ。
「残念。わたくしのは武者震いですから」
垣間見えた器量に、逃がした魚は大きかったなとほんの少しだけ惜しみながら。
たった十の娘に相手に、人生二度目の俺が正解だと認めるのも癪だし、精一杯の虚勢を張って誤魔化せば、くすくすと優しげな笑みを返してくる王女様。
緊張は拭いきれずとも、今ならあいつ相手でも怖くないと。
穏やかな気持ちでしばらく歩けば、ついに長かった通路の終わりが姿を現わした。
「……ここが、終着点」
立ち止まり、手を放して相棒を構え、懐中時計を取り出して、一度開閉してから懐へしまう。
そして杖を握る王女様と頷き合い、目を瞑って深呼吸で精一杯落ち着いてから、ゆっくりと中へと踏み出す。
通路の先に広がっているのはとても大きく、何もない部屋。
その中央にやつはいた。かつてのGHと同じく、確かにそこへ君臨していた。
「あれは……まさか、古代の遺産?」
ローゼリアが驚き、困惑するのももっとも。
何故ならあれはGHで戦うことになる数多のボス達。その中でも一際異彩を放っていた相手なのだから。
俺が二人いても半分にも満たないほど巨大、金属と歯車にて構成された体躯。
鉄の巨体は所々についた噴気孔から蒸気を噴き出すと、自動車を起動したみたいな激しい音を立てながら、そばに置かれていた大きな鉈を掴んで立ち上がる。
「まさか、あれは巨人……!? 人族の祖……!?」
ローゼリアが霞むような薄さで口に出したのは、正しくありながらも間違いな答え。
見立て通り、あれは確かに巨人。
GHの遠い過去にのみ存在したとされる、女神、星の一族に並ぶ第三の種族。
ただしどこまでいこうが本物ではない、それを模しただけの贋作でしかなく。
巨いなる人に憧れた物好きなドワーフの名工と、そんな男に恋をした変わり者のエルフによって創り出された、最後にして最高とされた合作兵器に過ぎない。
墓守プルーフ。
永久に眠る主のそばにあり、来たるべきその日まで主の亡骸と宝を守り続ける番人。
GHプレイヤーからはPS検定マシンと呼ばれ、多くの自称中級者の自信とプライドをへし折ってきた強敵だ。
「さああなた様。どうぞ騎士として、このわたくしめを守ってくださいな?」
嗚呼、もちろんだよ王女様。
どうぞこの身を盾にして、存分に才を発揮して俺を勝利に導いてくださいな。