お手をどうぞ、王女様?
こんなはずじゃなかった。
現実はいつだってそういうことばかりなのがなのだと、どこかで誰かが言っていた気がするけれど。
流石に少し意地悪が過ぎるんじゃないかなーと、運命の神なんてものがいるならつい恨みたくなってしまう。
あっ、でも神ってこの世界にもある概念だし、変なこと言ったら不敬と裁かれそうで怖い。
まああくまでGH内での設定上やら伝承、宗教の話であってゲームにだって登場しなかったし、実在するかは定かではないけどね。
……さて、虚しい現実逃避はそろそろおしまいにしておこう。
考えるべきは今だ。せっかく森から脱出したのってのに思考放棄なんて馬鹿みたいだしな。
「しかし、まさかあのような脱出路があったとは。……流石は幻想大樹、まだまだ神秘に満ちた場所なのですね」
無事森を脱出して、それでも絶賛メンタルブレイクタイムを迎えている俺とは実に対照的。
幼い容姿も相まって、まるで花畑でピクニックしているみたいに前をスキップしている少女は、今の俺が抱く心労の大部分──チートエロリフことローゼリアである。
ローゼリア・リタリス・コングラシア。
ロメルの森の、ひいてはエルフの次の女王にして、主人公と共に世界を救うことになる真の仲間。そんな彼女がどうして付いてきてしまったのか。これがどうしても分からない。
ねえ王女様? もう夜も遅いですし、そろそろお部屋に戻った方がいいのでは?
「いやですわ恩人様。わたくしのことはローゼリアと、妾を褥に呼びつけるくらいの気軽さで、どうぞお呼びくださいな?」
王族相手に無理に決まってるだろ。というか例えが爛れすぎだわこの幼女。
……いや無理、本当に意図が読み取れない。
親へと通報するのでもなく、森に帰るのでもなく、楽しげに付いてきている意味が分からなすぎて逆に怖い。
まずローゼリアが牢から出られていること、それ自体は百歩譲って構わない。
だって相手はチートエロリフ。そしてあの独房は自らの城の中なのだから、鍵の開け方を知っていてもおかしくはない。
隠れ穴についてもそうだ。俺が目の前で開けたのだから、俺より頭がいいローゼリアに開けられない道理なんてない。
けれど付いてくる、そのためにあの穴に飛び込んできた理由がどうしても理解出来ない。
落ちても大丈夫だと知っていた。そんなわけない、驚きからして知らなかったはずだ。
追ってくる理由があった。そんなものはない、あるとすれば俺を手放したくないくらい一目惚れしたとかだが、いくら何でも自意識過剰もいい所だ。
そもそも、どうしてあの先すら見えない穴へ飛び込んでくる気になれる?
俺みたいに、下に安全装置があると知っていたわけでもないのに。
如何にあのローゼリアと言えど、あの高さからでは死を免れることは出来ないはずだろうに。
……うん、深く考えるのやめよう。
自分とは違う、いずれ世界を救う英雄になるほどの特別な少女だ。精神構造から胆力まで、心を作るありとあらゆる部分が凡人の俺とは異なるで片付けないと頭おかしくなりそうだ。
ほら王女様。夜のうちに帰らないと、夜更かし大脱走で女王様に怒られてしまいますよ?
「嫌ですわ。どうせあなた様が森から逃げてしまったのだから、お母様から長いお小言をもらうのは確実ですもの。それならいっそ開き直り、恩人様との逢瀬を楽しむのが最善ではないでしょうか?」
確かに……いや知らんわそんなこと。
こっちはいい迷惑してるんです。ちょっと許したくなっちゃう微笑みを見せないでくださーい。
「で、どちらに向かってるんですあなた様? 当てもなく彷徨っている……というわけではないんでしょう?」
無視ですかそうですか。酷い御方だ、これだからエルフというのは嫌ですわ。
尋ねるというよりは、行き先があると確信しているローゼリアの問い。
流石はあのローゼリアだと感嘆しながらも、そこまで読まれてしまうと、俺の魂胆全てを見抜かれているのではないかと、胸が締め付けられるような感覚を抱いてしまう。
行く先はもう決めている。というより、決まってしまったという方が正しいか。
流れのままにメインシナリオを進めるか。
一度進行の足を止め、ローゼリアの個別シナリオを進めるか。
全部放り捨てて違う場所へ向かうか。
ローゼリアを仲間にしたプレイヤーがする行動を言えば、この三つのどれかだ。
まず前提として、この周辺にはエルフ絡み以外の旨みはない。
エルフの支配圏であるロメルの森周辺には別段村や施設はなく、目立つ場所と言えば数個ある遺跡くらいか。
これは一プレイヤーとしての偏見と考察だが、エルフが排他的すぎるが故に人が近寄らないといった感じの設定が遵守されているのだろう。やっぱりエルフはクソだね。
つまり何が言いたいかと言うと、この状況は大変マズいということ。
どれくらいかといえば、この世界にスマホもネットもないと理解したときくらいのやばさ。つまりは絶体絶命というわけだ。
というか、もうほとんど詰んでるも同然なんだよね。
ローゼリアが付いてきてしまった時点で、俺はただの脱走ではなく王女様誘拐の大罪人にグレードアップ。逃げた人族からエルフの大敵になってしまったわけ、笑えるね。
流石に一国の王女を誘拐ともなれば、半端な追っ手では許されないだろう。
弁明はまず不可能。俺がこれ以上なく真っ白だが、事実として王女がここにいるんだから真っ黒扱いからの極刑不可避だ。
この状況を打破する方法は一つ。
夜が明けてエルフ共が俺を罪人と断定する前に、王女様自ら城へ帰ってもらう。これだけだ。
既にプランは組み終えている。全部が上手くいけば、むしろ俺はこれ以上なく得をするウルトラCビッグプランだ。
正直これも運任せだし、危険に巻き込むことに変わりはないし、仮に成功しても人でなしと誹られるべき最低な行為だとは思う。
まあでもへーきへーき。
何せ相手はあのエルフの王女様で、俺は下賎で野蛮な人族の流れ人。
あの日の言葉は子供の可愛い冗談だったのだと、年月が経てば理解して、黒歴史だと王女様の方からなかったことにしてくれるはずだ。うん。
そんなわけで運良く獣に出くわさず、しばらく二人で歩いていればそら見えてきた。
草原にある、三日月形の小さな湖。
そのそばでゲームでも目印として存在した、月の光に反応し、一際青い葉っぱを輝かせて己を示す一本の木が。
着きましたよ王女様? あれが俺の目指していた場所、その目印ですよー?
「三日月の湖に、青く灯火の木……まさか、ここはエルフの女王が語り継いできた場所……?」
その場所を指差すと、ローゼリアはこてんと首を傾げながら俺へ尋ねてくる。
お、やっぱり知ってるね? 驚いちゃってるね?
まあ当然か。だってここは他ならぬ君の個別ルートで来ることになる、エルフの王族のみが秘密を知っているはずの場所なんだからね。
ぱっと見だけだとただの平地で、いくら見渡そうがこの木以外は何もない大草原。
けれど俺は知っている。この青い木の下に眠る場所こそが、今の俺にとっての起死回生……になってくれると思わなければいけない場所なのだから。
「……あなた様は、どうしてこの場所へ?」
ローゼリアはピクニック気分を捨てたのか、王女様らしい真面目な表情で尋ねてくるがノー問題。
時間はそこそこあったんだし、当然返す言葉くらい既にご用意していますとも。
……ごほん。
旅の最中に偶然見つけたこの美しい木を、是可愛らしいあなたに見せてあげたかったのですよ。キラッ☆
「ま、まあっ!」
俯瞰している理性の俺が心底冷めた顔しているが、そこは気合いで目を背けつつ。
前世でも今世でもさして顔の良くない俺がするべきでもない、ドラマの中のイケメン俳優みたいに気取った態度で口説いてみれば、箱入り王女様は頬を真っ赤にしてくれる。
……あかん、なんか間違えたっぽい。
ここは冷めた感じで流してもらって有耶無耶にするって想定だったんだけど……まあ、話はそらせたんだしひとまずオッケーってことにしよう。うん。
緊張してバックバクな心臓を宥めつつ、固まってしまった王女様をよそに木を探っていく。
えーっと、記憶では確か月を背にした……おっ、あったあった、古代の変なシンボル!
よしよし、ちゃんとシンボルも光ってるね。
これをいけるか不安だったけど、ローゼリアがいるからいけると思ったんだよ。ラッキー。
というわけで……あー手が滑ったー! 木を触ってたら、何かガチャンってなっちゃったなー!
「え、何事です……!?」
突然の、ガガガと周囲に響く、明らかな人工音に慌て出す王女様。
ふはははもう遅い! ここまで来たらもう引き返せない、このまま一緒に宝探しに突入よ!
「青木の下に最愛と眠り、泡への鍵と共に欠けた星の英雄を待つ。まさか、本当に初代女王の……?」
やがて青い木の下にて、封印を解かれて姿を見せた隠し階段。
王女様は目を大きく見開き、口元に手を当てながら驚きを露わにする。
……改めて考えるとエルフってこういう隠し通路系大好きだよね。そういう趣味なんかな。
というわけでようこそ!
ここは慰めの隠し墓! エルフの初代女王とドワーフが眠る、正直よくわからん場所!
ローゼリアが加入していなければ入れないこの場所は、メインシナリオのキーアイテムが存在するため必ず訪れる必要がありながら、俺の求める百財宝の一つすら隠されている。
エルフにとってはすごい大事。
GHプレイヤーにとっても超大事。
だけど考察材料すらほとんどなく、何か特別な目的がありそうだけど二人の墓で結論づけざるを得なかったらしい場所。それがこの慰めの隠し墓なのだ。
正直今の俺ではいける気がしないのだが、ここを逃せば次に挑む機会があるかも分からない。
負けるな俺。頑張ろう俺。
全部取るか死んで屍か。世界に百しかない宝を追い求めるのなら、それくらいのリスクくらい背負えなくてどうするよ。いい加減、覚悟を決めるとしよう。
「まさか、ここを進むつもりで……?」
もちのろん。というか絶対言えないけど、ここが目的地なんだから当然よ。
この中にあるであろうアイテムこそ、王女様に穏便に帰ってもらうためのとっておき。
もしこれで駄目だったらその時は力尽く、エルフの大敵ルートを受け入れようと覚悟していた。
ちなみに、俺が妥協して森に戻るって選択は絶対にない。
戻ったら二度と出てこられないだろうなって、何となくだけどそんな気がしてならないからね。
……で、王女様?
ここが何かは分かりかねますが、まさかここまで来て、怖じ気づいたわけではございませんよね?
「……いいでしょう。疑問は一度置きまして、このわたくしが乗ってあげますわ」
挑発を挑発だと理解した上で覚悟を決めたと、顔を上げて真っ直ぐに見つめてくる王女様。
なら良かった。焚き付けておいてあれだが、一人じゃ絶対攻略出来ないと思ってたからさ。
言質は取ったんであとで駄々捏ねないでくださいね。確実に俺が負けるから。
ともあれ同意を得て、いざ冒険の開始だと。
準備がてらに落ちていた大きめな木の枝を数本拾い、即席の松明でも作ろうと思ったが。
唯一使える魔法で火を付けようとしたその矢先、王女様がこれ見よがしに淡い光の玉を見せつけてくる。
ああどうも、流石は王女様だこと……にゃろうめ。
若干ピキリと来ながらも、大人になりきれなかった大人であるこの俺が我慢してやり。
空に浮かぶ月を仰げば、既に降り始めている。
悠長にしている時間はないのだと気を引き締めながら、王女様へと手を差し伸べる。
──お手をどうぞ、レディ。卑しき宝漁りの身ですが、今宵だけはあなたの騎士になりましょう。
「まあまあ! エスコート、一度されてみたかったのですわ!」
ぱあっと笑顔を花開かせ、声を跳ねさせながら俺の手をぎゅっと握ってくるローゼリア。
……なんか、その場のノリのせいでドツボに嵌まってる気がする。おっかしいーなぁ。
「ほらあなた様! 早く行きますわよ!」
思っていたよりずっと力強く、王女様は俺を引っ張って進み始める。
今世最初の大冒険。
舞台は百財宝と名も知らぬエルフ達が眠る、万人のみが守護する安らかな墓。
まあ冒険というより地獄への一方通行ですが、いやー果たして生きて帰れるんでしょうかねー?
読んでくださった方へ。
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