それをご褒美とは呼びません
無限ループの圧力に敗北したことで、食客としての歓迎、またの名を軟禁生活が始まった。
とはいっても、別に手荒な真似をされたわけではない。
城内に勤務しているエルフ共の冷たい視線を受けながら、与えられた部屋でゴロゴロし、結構な頻度で来る女王様と雑談したり膝枕してもらったりするだけの好待遇。
……思い返せば、結構どころか非常に幸せだった気がする。
美味しい食事、広くてサウナ付きな大浴場に女王と二人で入り、天蓋付きのふかふかベッドで就寝。
謎に距離感の近い女王様だけは疑問でしかないが、それでもやってることは金持ちニートのそれ。
衣食住と極上の女。
かつて家賃四万のエアコンすらなかった一室で、枕を濡らしながら妄想した全てを与えられ、至福と思わない人間がいるだろうか。いやいない。
この数日ほど、まだ勃起しない未発達ボディでよかったと安堵した日はない。
どれほど甘やかされようが、流石に女王様に勃ってしまったら処刑から逃げることは出来ない。
たまに全身撫でてきたり、一緒に寝ようとか行ってきたり距離感おかしくて本当にエッ……怖かったしね。
そんなわけで。
今日も一日職務を終え、ふかふかのベッドに戻ってきたわけで、このまま目を閉じれば一日は終わるのだが、そうは問屋が卸さないのが今日の俺だ。
いくら馬鹿で阿呆な俺とて流石に理解している。
女王様はこれ一生帰す気なんてなく、飽きるまで俺をペットみたいに飼い続けるのだろうと。
貰う宝を決めたいから宝物庫を見たいと頼んでも誤魔化されるし、部屋にある高そうな物でいいといったらそれでは足りないと拒否されるのだから、このままでは寿命尽きるまでいたちごっこだ。
というわけで、思い立ったら吉日の精神に従って。
これより一世一代の大勝負。幻想大樹、夜の大脱走チャレンジを開始したいと思いまーす。いえーい。
……え、やる気はともかく、こんな城からどうやって逃げるかだって?
そうだなぁ。ま、上手くいくかは未知数だけど当てはあるので問題ない。
何せここは幻想大樹。
来たことはないけど何度だって攻略したことのある、GHではお馴染みの城なのだから。
ただ今日の変わる丁度の頃、成長期の子供は寝ているべき時間。
母の形見の懐中時計を開いては閉じ、何度も繰り返して気を落ち着かせ。
相棒と鞄を手に取り、流石に不義理すぎると思うので、一応の弁明にお礼の書き置きを残して。
──さて、これでやるべきことは完了。いよいよ脱走開始といこうじゃないか。
まずは部屋の扉の右に置かれた鍵の役割を果たす青い石に触れ、魔力をゆっくりと扉をオープン。
特定の波長で魔力を流さなければ開かず、一度でも失敗すれば即通報される仕様で、何も知らない者にとっては厳重な壁ではある。
だがGHで何度も攻略してきた俺にとって、このピッキングは何てことのない作業でしかない。宝物庫と謁見の間以外は同じ波長で開くのだから、むしろ穴みたいなものだ。
しめしめ。やっぱりゲームと同じ波長、それでいて見張りはなし。
そういうとこは一緒で助かるよ。ゲームでは鬱陶しくなるほどピッキングのミニゲームをやらされたから、魔法の使えない俺の魔力操作でもどうにか開けられる。
……まあ流石にゲームの中じゃないんだし、一度でも逃げられたらちゃんと対策されるはず。
だからチャンスはこの一度きりだと思って、しっかり逃げ果せさないとね。
第一関門の部屋からの脱出を完了し、そろりそろりと泥棒のように廊下を歩いていく。
明かり一つなく、足音一つでさえ響いてしまうほどの静けさの城内は、昼間とは別の場所とさえ思えてしまうほど異なる雰囲気だが、俺的にはさして警戒する理由はない。
実は城内の警備はたまに巡回で兵士が来る程度で、監視システムなんてほとんどないも同然。
不用心だとは思うが、そもそもこの城に誰かは招待されることの方が稀なので当然とも言える。
これはGHに限らずファンタジーのお馴染みなのだが、種族単位で強大な力を持つ国はそういった面を疎かにしがちな傾向がある。
幻想大樹はその最たるもの。そもそもクソ長ロープウェイを経由しなければ入ることさえ不可能に近いのだから、わざわざ警戒する必要もないって単純な寸法だ。
ま、ゲームになかっただけで実はちゃんとしていたらおじゃんだけどそこは気にしない。
もしそうだったらそもそも詰みだし、泳がせる必要のない相手に警備が駆けつけないんだからその可能性は低いで片付けていい。違ったら自分の運がなかったで終わりな話だ。
はてさて、後は俺の記憶とこの世界がどこまでGHなのかを祈るばかり。
この階段を降りて、確かこの通路を進んでからまた階段を降りると……お、あの鷲の金蝋燭はゲームでも見覚えあるから目的地には近づいているはず。ひとまずよしっ!
なるべく歩調は速めつつ。
幻想大樹ガイドなしナイトツアーを、なるべく楽しみながら進んでいく。
恐らくというか間違いなく、ここに来られるのは最後のはず。
招かれる理由がないのは当然として、このまま脱走が成功すれば、晴れて女王様の意に背いた無礼者の仲間入り。捕まったら処刑待ったなしだし、ロメルの森は愚かその周辺にすら来ることはないだろう。
だから心残りがないよう今を噛み締め、それはもうじっくりと城内を見学していくべきだ。
どうせなら宝物庫とローゼリアを一目見たかったが、流石に多くは望めない。
金も水もアイテムボックスも貰えなかったけど、ローゼリアの年齢が分かっただけで俺にとっては大収穫だ。
ま、正式に罪人扱いされたとしても、本腰で追われることもないやろうしへーきへーき。
俺はただ城から出ていくだけで、別に宝物庫から物を盗んだり女王様を暗殺したわけではない。
出来るだけ畏まった書き置きも残したんだし、女王様は優しかったから穏便に済むはずだ。多分。
一瞬マジモードの女王様を思い出してちびりそうになったが、頑張って頭を振って思考を放棄。
ついに幻想大樹ナイトツアーご一行様は、目的地である部屋へと辿り着く。
いくつもあった他の扉と異なり冷たい雰囲気を醸す、妙に古く色の褪せた木の扉。
この中は独房。罪人を閉じ込めるだけに使われる、出入り口からはもっとも離れた場所だ。
というわけで鍵を開け、いざ突入。
とはいっても、こんな所に人なんていないだろうから、特に警戒する必要なし──。
「……あらっ?」
完走した感想でも考えながら扉を開けば、こんな場所には合わない愛らしい音が発される。
木の格子の奥、檻の中。
照らされた簡素ベッドの上に座りながら、僅かに空いた光の差し込む穴を眺めていた彼女は、無遠慮に扉を開けた俺へと振り向いてくる。
僅かに差し込む月光で輝くのは、女王様と同じ色の、綿毛のようにふわふわとした金の髪。
身に纏うのは独房には相応しくない、華やかな翡翠のドレス。
そして俺が来た瞬間に姿を消したのは、彼女の周囲に漂っていた赤、青、黄色の淡い光。
……えーっと、あなたは一体どちら様で、どうしてあなたは独房へ?
「まあまあ? その出で立ち、丸い耳、魂の色……もしや貴方様は噂の恩人様ですか?」
立ち上がることはなく、頬に手を当て、小首を傾げる愛らしき少女。
じっくりと、俺を覗き込んでくるのは女王様と同じ翡翠の瞳。
柔らかき垂れ目の、精巧な人形が動いていると思えてしまうほど造形の整った少女と認識した瞬間、記憶にあったある人物を合致してしまう。
まさか、まさかあなたは女王様の娘……王女様でいらっしゃいます感じ?
「はい。わたくしはローゼリア、ローゼリア・リタリス・コングラシア。女王シヨルルが大樹より授かった一人娘にて、次にこの国の玉座に収まるエルフですわ」
ゆらりとベッドから立ち上がり、小さな歩幅でこちらへ近づいてくる少女──ローゼリア。
ローゼリア・リタリス・コングラシア。
GH内での異名は神樹の寵児。言わずと知れた魔法系最強であり、誰が呼んだかチートエロリフ。
本編では十五歳ながらロメルの森の女王として君臨する若き才女にして、GHのメインシナリオで絶対に仲間入りしてくる二人の片方。通称、真の仲間の一人だ。
しかしローゼリアローゼリアうっせえなこいつ。そういや一人称が自分の名前のタイプだったな。
で、当然のように俺については知らされていると……あれ、ならこの状況ってまずくね?
「ああ、安心なさって? わたくしは貴方様のことを通報いたしませんわ」
……さいですか。それはそれはどうも、配慮していただけてまことにありがたいです。
「ええ、もちろん分かっていますわ。あなた様はわたくしに会いに来たわけでも、ましてや物語のように攫いに来たわけでもない。この小さな別荘で眠るわたくしの姿に驚きを浮かべましたものね?」
ええまあはい、その通りです。
えっと……すごいよく見てるね。確かに驚きはしたけどさ、結構一瞬で取り繕ったはずですぜ?
「不思議ですわね。仮にあなた様がこのお城から逃げるつもりだったとしても、こんな場所に訪れる理由はないはずです。……ああもしかして、本当にわたくしを攫いに来てくださったとか?」
くつくつと、焦る俺をよそに、言葉遊びでも楽しむかのように微笑むローゼリア。
木格子から手を伸ばされた少女の手は、一回りほど大きい背丈の俺の頬に軽く触れ、優しく撫でてくる。
ひんやりとしていた女王様のとは正反対の、春の日差しみたいに温かい手。
まあ可愛いお手々……違う違う、そうじゃない!
こんな所で美幼女に現を抜かしている場合じゃない! あくまでここからなんだから!
「あら? あらあら? 放置は寂しいですわ。あんまりにも無視されてしまうとこのわたくし、ついついはしたなく泣いてしまいそうですわ?」
というわけでと切り替えて、ローゼリアの視線そっちのけで床を調査を開始する。
実にわざとらしい、あざとさ全開の声で妨害してくるローゼリア。
うーん非常に子供らしい。二十の大学生とかがやってたらイラッとくるが十歳ならむしろご褒美です。
GHでは固有ルートに入るまでは年相応の幼さなど見せず、手を結んだエルフの女王としての顔しか見せてくれないローゼリア。
そんな彼女も即位する前の、少女ですらない頃は年相応の態度なんだなって逆に安心してしまう。
ちなみにこの娘、相当に幼女だが一体いくつなんだろう。
女性に歳を聞くのはどんな世界でもタブーだが、ローゼリアの歳から本編開始時期を逆算出来る……あっ、でも残念。目当ての場所を見つけたから時間切れだね。
格子前の通路を進んで壁ギリギリ、付近の床に見つけたのは異なる木目の床。
一見普通の床ででしかない一枚だが、違うと気付いてしまえば違和感を感じて仕方ない一角だ。
床に手を当てて強く押すと、床は形を変え始める。
見つからないか不安になるくらいガタガタと、歯車が回るような音を独房に響かせながら、押した部分を中心に瞬く間に形を変えていき穴が開かれていく。
よっしゃビンゴ!
ゲームでも大定番! この城の忘れられた脱出路の一つ、あってくれてマジ助かったぁ。
「な、何ですの……? そんな仕掛け、見たことありませんわ……?」
さっきまでの余裕を失い、口に手を当てながら驚くローゼリア。
まあ当然だろう。だってこれ、他ならぬローゼリアの個別シナリオにて、城から抜け出すために一度懸け使える隠し通路だからな。
しかし高えなぁ。穴の先は真っ黒、高すぎて底がまったく見えないのは救いかもな。
……さて、そろそろ行こうか。
姫様も呆気にとられてるし、正気に戻られる前におさらばしないと本当に見つかっちゃう。
気分は泥棒の去り際と、お別れにお姫様に軽く手だけ振ってから、勢い任せに穴へと飛び込む。
こういうのは勢いが肝心。一回躊躇ったら二度と跳べないもの、前世で死にたくなったときにやってみたバンジージャンプで経験済みよ。
落ち行く中。穴の塞がる音が遠ざかると同時に、生じた風が全身をぶつかってくる。
開いた入り口はあくまでも入り口で、穴は両の壁が視認できないほど広大な空洞。
──あばば、あばばばばッ!! あかん、風が、超痛いッ!!
声も出せず。思考もままならず。ただ落ちていくことしか出来ない永劫の間。
落ちると決めて飛び込んだのは自分だが、それでも怖いものは怖い。だって紐なしバンジーなんてただの自殺同然だもん。
落ちれど落ちれど地面は見えず。
何せこの穴、幻想大樹最下部まで続いているのだからそれも当然。ざっくりすぎる計算でも、ロープウェイで上がった高さ分は落ちなければならないのだから。
ドンドンと空を落ち続け、空洞は両の壁を視認できるほど狭まってきて。
けれど、例え底があると知っていても、このままいつまでも落ち続けてしまうのではと。
多少は落下に適応してきた心が、ほんの少しの余裕と共に嫌な想像を生み出し始めたその時──ようやく小粒ほどではあるが、ようやく終点である青い光が姿を現してくれる。
……さて、いよいよここが第二関門最大の難所もといギャンブル。
止まれるよね? ちゃんと止まれるよねこれ? あれ、起動しなかったらどうしよう……!?
勢いのまま地面が目前まで迫り、恐怖から目を瞑ってしまった瞬間だった。
地面に叩き付けられ、真っ赤な血花の絵を咲かせながら絶命──なんて悲劇は訪れず。
ゆっくりと目を開ければ、俺の体は青い光に囲まれて、地面スレスレでふわりふわりと漂っている。
……あー怖かったぁ。死ぬかと思った、心臓飛び出るかと思ったぁ。
俺がスプラッタでグロテスクにならなかったのは、壁際に複数置かれた青い結晶のおかげだ。
水晶玉ほどの大きさ水晶はずっと昔──エルフがロメルの森に移り住んだ頃に備え付けられた物らしく、勢いを完全に殺し、安全に地面へと着地させてくれるらしいとゲーム内で説明されていた。
実際ゲームでもここからの落下はノーダメージ。
演出としてこんな感じでしっかり浮き、そして数秒経ったら……この通り、ポスリと優しく落とされるってわけだ。
とはいえだ、別に心や疲労を癒やしてくれる仕様ってわけでもない。
しばらくは立てないやこれ。全身が爆笑ってくらいガクガク、碌に体に力が入ってくれない。
いやー、紐なしバンジーは二度とごめんだ。というかもう頑張っても無理だと思う。
一度自殺に失敗した人間が二度目を行えないのは、死への恐怖が脳裏に焼き付いてしまうからと前世で耳にしたことがあるが、こうして飛び降りてみるとそうかもなって実感してしまう。
ほんと、バンジージャンプやスカイダイビングを趣味にしているやつって化け物だわ。
金原って死の危険を感じたいだなんてスリルジャンキー、頭の捻子抜けてるよ。
「きゃー!!!」
きゃあ? ……きゃあ!?
生の実感を堪能しつつ、数分寝転んで続け、ようやく調子も戻って立ち上がろうとした時だった。
俺以外人なんていないはずの空間に、段々と大きくなりながら響く叫び声。
聞こえてしまったそれに反応し、咄嗟に首を上に向けてみれば、次の瞬間には小粒な緑の光と、人影が急速に大きくなっていく。
……っていうかやばっ、この軌道だと俺に当たっ──。
一瞬の計算で命の危機を察し、どうにか回避しようとしたが体は思うように動いてくれず。
落ちてきたそれは寝転がっていた俺の顔面寸前で、青い光によって静止させられて、けれどやっぱり俺の顔面は圧し潰されてしまう。
「あー面白かった! まさか城にこのような穴があろうとは……って、あら?」
ギブギブギブ!! どいてどいて、死んじゃう! マジで死んじゃうから!!
バシバシ地面を叩きながら降伏を訴えていると、俺を潰していた何かがゆっくりと離れていく。
ぐへぇ死ぬ、落ちたときより死ぬかと思った。
まずは呼吸、それから
首の骨がイカれちまうよこれ。というか前世のもやしボディだったら即死だったんじゃないか?
「まあ失礼。大丈夫ですか、あなた様?」
立ち上がり、埃を払ってから、頬を赤くしてこちらを覗き込んでくる少女。
その正体を目にした瞬間、今まで感じた呼吸や痛みはどこへやら。
だってそうだ。目の前にいる彼女は今格子の中のはず。鉄よりも頑丈な木の格子の先にいて、あれは原始的な鍵でしか開閉できないから、中から出てこられるはずなんてないはずなんだ。
……いや、出来るのか?
ここがゲームの中でないただの異世界ならば、物理的な鍵なんて簡単に開けられるのか?
「大丈夫ですかあなた様? どうぞわたくしの手を握り、立ち上がってくださいな?」
手を差し伸べて、にこりと咲いた花みたいに笑みを浮かべる彼女の名前はローゼリア。
チートエロリフ。グランドホライゾン、魔法系最強キャラ。人気ランキング第十位。──俺が絶対に欲しくない、森からの脱出劇の同行者だった。